表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

5  『Ashes』


《Y市中二男子生徒殺害事件》。

 僕たちが起こした事件はそういう名前で記録されている。ネットで調べれば僕が語る以上に詳しく当時のことを知ることができる。だから多くは語らない。僕が、僕たちがどんなことをして、最終的に彼を殺すまでに至ったのかを。


 僕たちは当然のように逮捕され、裁判を受け、少年刑務所へ送られた。


 少刑では本ばかり読んで過ごした。更生プログラムも受けた。他の部屋ではひどいいじめがあったらしいが、僕がいた部屋は静かでことを荒立てようとする人は誰もいなかった。そして二十歳になったとき出所を言い渡された。僕はとても平和に十代の後半を生きた。


 だからだろうか、すごく申し訳なかった。あんなにひどいことをしたのに一つもひどい目に遭ってないだなんて。出所してからの人生も罪を犯した人間とは思えないほど恵まれていた。


 これまでの人間関係はぜんぶ壊れたけど、自分を雇ってくれる人に出会い、自分に優しくしてくれる先輩に出会い、そして自分を支えてくれるパートナーに出会えた。


「あれから十年か」


 リョウがグラスを置き、大きく息を吐いた。時間の長さを痛感しているようだった。吐いた息が少し臭かった。


「そうだね、もう十年だ」


 僕も箸を動かすのをやめて同じように言った。


「というか何でアキラは弁当食ってるんだよ」

「だってここで食べなきゃ食べる時間ないし」


 僕たちは駅前の居酒屋の一番奥の席にいた。店員の目が届きにくいので弁当を食べるにはよかった。リョウは何か言おうとしたようだが「そういうマイペースなとこ、全然変わってないな」と焼き鳥のももを口に入れた。


 僕は変わってないのだろうか。むしろかなり変わったと思っているのだけど。


「それ、自分で?」

「いや、嫁さんが」

「へえ、結婚したのか」

「うん」

「子どもは?」

「まだ、だけど、いつかは」


 いつかはと考えている。自分が子どもを持つことを。つまり親になることを。

 なれるだろうか。なってもいいのだろうか。わからない。その先はあまり考えないようにしている。


「でも何で今なんだよ」

「今日忙しくて食べられなかったんだ。だから帰るまでに食べておきたくて」

「ふうん。俺だったら捨てちゃうけどなあ」

「そんなことできないよ。せっかく作ってくれたんだから」


 僕たちは近況を語り合った。リョウは少刑を出た後、いくつかアルバイトを転々とし、今はパン工場で働いてるそうだ。毎日大変ではあるけど何とか生きているようだった。


「でも何で僕の職場がわかったの?」

 僕は出所してからほとんど人付き合いをしていない。なので僕の職場を知っている人間はほぼいない。絶縁状態の親ですら知らないだろう。その単純な質問にリョウは「ああ、まあ、その、ちょっと、人から聞いてな」と答えた。それは誰だろう。どこにいるどんな人だろう。


 リョウは視線を外し酒を飲んだ。そういえばリョウは嘘が下手だった。変わってないのはお互い様ということか。問い詰めたところで誤魔化すだろうからそれ以上訊くのはやめた。リョウが僕の職場を誰から聞いたか、あるいはどうやって突き止めたかはもうどうでもいい。リョウが僕の職場を訪ねてきたという事実は変わらないからだ。


 僕もビールを飲んだ。久しぶりのアルコールだった。


「みんな、何してるのかな」


 けどリョウは何も答えなかった。僕としては普通に気になったので口にしてみたくらいのニュアンスだったのだが、どうやらリョウにとっては違うらしい。リョウは唸り、遠くにいた店員さんに「お姉さん、生中もう一つ」と声をかけ、グラスを空にした。


「アキラ、お前さ、最近誰かに付きまとわれてるような感覚ってないか?」

「ないよ」


 散々引っ張ったあげく出てきた言葉は想像と違った。僕は他の三人が今どこでどんな風に生きてるのかを訊いただけなのに、何でそんな話になるんだろう。


「そうか? ならいいんだが……」


 お互い無言になると店内の音がよく聞こえた。どこかの席で誰かが暴れてるらしい。皿やグラスが割れる音がした。安い居酒屋なんてそんなもんだろうと納得し、僕は弁当に戻った。作られて時間が経とうがカノコの弁当は世界で一番美味しかった。


 店員がビールを持ってきた。そのとき店員と目が合った。さすがにこんな堂々と弁当を食べてたら注意されるかなと身構えたが、特に何も言われなかった。「ごゆっくりどうぞ」と店員は僕のことなどどうでもいいというように笑みを浮かべて去った。リョウは新しくやってきたビールを飲むと「実はお前に会いにきたのはそれが理由なんだ」と言った。


「どういうこと?」

 意味がわからない。リョウは何を言おうとしている?


「やっぱり知らないよな」

「だから、どういうこと?」

「ヒロトが死んだ」

「え?」

「首を吊って死んだ。自殺したんだ」


 いきなりそんなことを言われてもすぐには信じられなかった。


「嘘じゃ、ないんだよね?」

「本当だ」

 リョウは小声で言った。


 サカガミヒロト。漫画が好きでよく学校に漫画を持ってきてはその漫画の技をクラスメイトに試していた。おかげでクラスでの評判は芳しくなかったっけ。


 でも僕はヒロトと仲がよかった。話した時間ならきっとヒロトが一番長い。それは僕も漫画が好きだったからというのが大きかった。


 乱暴者だったが漫画の話をしてるときだけはヒロトは年相応の少年だった。

『なあアキラ、今週のワンピースすげえ面白いぞ。ほら、読んでみろよ』

 とジャンプを渡してきたときの笑顔を僕はまだ覚えていた。


 ヒロトはマモルくんとの相性もよかった。二人とも短気で暴力的なところが共通していたが、意外とわかりあっていたように思う。一つ大きな違いがあるとすれば、ヒロトは女の子には絶対に手を出さなかったが(まさにワンピースのサンジのように)、マモルくんは女の子だろうが容赦がなかったところだろうか。


 そっか。ヒロト、死んだのか。天井を見上げた。天井では大きな扇風機のような三枚の羽がゆっくり回っていた。明かりが眩しかった。


 少刑を出てからみんなとは連絡を取っていなかった。もしヒロトと繋がりがあったら僕はヒロトの自殺を止められていただろうか。わからない。わからないもしもを妄想しても仕方ない。


 そこで僕ははっとなる。もしかして死んだのはヒロトだけじゃない?


「じゃあ、マモルくんとヤスは?」

 まだ生きてるの? とまでは訊けなかった。


「マモルくんは生きてるよ。あのクソ野郎がそう簡単に死ぬわけない」

 リョウは唾を吐くように言った。確かリョウはマモルくんを嫌ってたっけ。


 全員が全員と仲がよかったかというとそれは違う。人が五人集まれば合わない人も当然出てくる。リョウとマモルくんの関係もそうだった。


 キシモトマモル。マモルくんがまだ生きてると聞いてちょっと安心した。僕もマモルくんのことは苦手だったけど嫌いだったというわけじゃない。僕たちのなかで度を超したクズがマモルくんだった。僕はそんな彼をそこまで嫌いにはなれなかった。何事も突き抜ければ魅力になる、みたいな感じだろうか。


「でもヤスは少し前から行方不明になってるんだ」


 ミツイヤスアキ。一言でいえばマモルくんのしもべだった。マモルくんの暴力的な強さにいち早く服従し、自分がいじめの対象になることを上手く回避していた。ヤスはマモルくんの言うことなら何でも聞いた。マモルくんが女の子を殴ってこいと言えば殴り、職員室でエアガンを乱射してこいと言えば乱射し、猫の目をナイフで抉れと言えば抉った。ヒロトはヤスを毛嫌いしていた。『ああいう奴が一番許せねえ。マモルの陰に隠れてることしかできない卑怯者が』と。僕はそんなどこまでも小物なヤスを、やはり嫌いにはなれなかったが。


 円満なグループとは言えなかった。決して仲良しこよしじゃなかった。でも僕たちはグループだった。誰が欠けても成立しない、奇跡のような集まりだった。一人のクラスメイトを追い詰めるという共通の目的があったからだ。その目的において僕たちは強く団結していた。


「それでな、ここからが本題なんだ」

 リョウはグラスを置いた。飲むペースが速くなっていた。グラスをあっという間に空にしてしまった。


「俺はヒロトとヤス、どっちともちょくちょくやりとりをしてたんだ」

 出所してからリョウが最初にしたことは、他のメンバーと繋がることだった。リョウはヒロト、ヤス、マモルくんの行方を調べ、連絡先を交換した。僕はいくら探しても見つからないから諦めてたそうだ。しかしヒロトの自殺とヤスの行方不明をきっかけにもう一度僕を探すことにしたらしい。僕はうなずく。うなずくことしかできない。


「二人とも色々大変だったみたいだけど、普通に元気だったよ」

 ヒロトはとび職を、ヤスは車の整備士をしていたようだ。それぞれ立派に社会復帰をしていたわけだ。


「それがある日、おかしなことを言うようになったんだ」


 初めはヒロトだった。

『リョウ、お前さ、最近誰かに付きまとわれてるような感覚ってないか?』

 それはリョウがさっき僕に訊いたこととまったく同じだった。


「俺もアキラと同じようにないって返したんだ。でもヒロトは本気で悩んでるみたいだった」

 僕は箸を動かすのをやめていた。弁当箱には小さなミートボールが残っていた。


「俺は『勘違いだろ、ただの気のせいだろ』ってヒロトを安心させようとしたんだが、届かなかった」

 ヒロトはとても怯えた様子だったらしい。あの気が強かったヒロトがそんな風になるなんて想像ができない。


「道を歩いてても周りの人間がぜんぶあいつに見えるって言ってた。あいつがいつも見てる、俺がいつ死ぬか見張ってるってな。ノイローゼみたいだったよ」

 あとひと口で完食できる。けどそのひと口になかなか手がつけられない。


「で、死ぬ直前、ヒロトはこう言ったんだ」

 ノリオに殺される、と。


 マナベノリオ。僕たちが十年前に殺したクラスメイト。


 ヤスに関しても同じらしかった。ヒロトが死んで少ししてヤスも同じようなことを言い始めた。『あいつが僕を見てるんだ。部屋にいるときもある。夜寝てたら枕元に立ってるんだ』と。それから程なくヤスは行方不明になった。


「だからお前を探したんだ」

 リョウの声は震えていた。


「アキラ、お前は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ」

「ヒロトが死んで、ヤスも行方不明。それでもしアキラまでどうにかなっちゃったら、俺は……」


 気弱なところも相変わらずだった。そんなリョウだから少刑を出てすぐにしたことがみんなと繋がることだったんだろう。昔から一人じゃ何もできない奴だった。


「ノリオの呪いかもね」

「や、やめろよそういうの。思い出すだろ。俺はもう昔のことなんか思い出したくないんだ」


 僕だって思い出したいわけじゃない。できることなら過去は過去のままでいてほしい。リョウは「何でこんなことに」と涙目で言った。


 ヒロトとヤス。二人の友達のことを思う。でも僕は自業自得としか思えなかった。悲しいがそれ以上の感情が出てこない。


 何でこんなことに、と今リョウは言った。確かに不気味といえば不気味だし、不思議といえば不思議だ。昔殺した相手が自分に付きまとってるというのは。


 でも生き返ったわけじゃあるまい。ノリオは僕たちが殺し、川に死体を捨てまでしたのだ。取り調べで川から引き揚げられた死体の写真も見た。ノリオは間違いなく死んでいるのだ。


 ヒロトとヤスは残念ながら妄想に取りつかれて心を病ませてしまったのだ。僕は現実的に、どこまでも現実的にそう思った。


 それに僕たちは人の命を奪ったのだ。だったら覚悟をしていなきゃいけない。自分の命を奪われる覚悟を。


「大丈夫だよ」


 僕はもう一度言った。言って最後のひと口を食べた。冷たいミートボールが何ともいえぬ美味だった。


「そうか、それなら、いいんだけど」

 リョウはおしぼりで顔を拭いた。

「とにかく俺たち五人に何かが起こってるのは間違いないんだ。それでさ、一応マモルくんにも声をかけたほうがいいと思うんだ。マモルくんも二人がこんなことになったって知らないだろうし」


 別に構わない。リョウがそうしたいならお好きにという感じだった。


「でも俺、できればマモルくんとは話したくないんだ」

 じゃあどうするつもりなんだ。僕がそう思ってると、

「頼むアキラ。マモルくんに話してくれないか。連絡先は教えるから」

 と言われた。


 自分でやれよと言いそうになったが吞み込んだ。リョウは昔から自分がしたくないことは他人まかせにしていた。そのたびに周りの人間が迷惑をこうむっていた。それは十年経っても変わってなかった。僕は「わかったよ」と昔のように答えた。


「ありがとう! さすがアキラだな、頼りになるよ!」

 その嘘臭い喜び方も昔のようだった。


 僕はリョウと、そしてマモルくんの連絡先を教えてもらい店を出た。ほとんどリョウが飲み食いした分なのになぜか僕持ちだった。『悪い、今手持ちがなくてさ。今度埋め合わせするから』とリョウが言うのを聞いて僕はやるせない気持ちになった。


 リョウと別れて家路につく。少し足がふらふらする。携帯を出して、マモルくんの連絡先を選ぶ。体よく面倒事を押し付けられてしまった。でも僕はリョウと違ってマモルくんのことが嫌いなわけじゃない。それに久しぶりにマモルくんと話してみたい気持ちがないわけじゃなかった。


 電話をかける。後ろからやってきた自転車が腕をかすめた。等間隔に並んだ街灯を見ると小さな虫がたかっていた。何度めかのコールの後、不機嫌そうな声がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ