4 『タマシイレボリューション』
今日も今日とて何だかんだ忙しい一日を送った。繁忙期は終わりつつあるが駆け込み需要というのだろうか、大手の店でいい物件を見つけられなかった人が一縷の望みをかけて小さな不動産屋を訪ねるというのはよくあるのだ。
僕もタケウチさんもずっとお客様の対応に追われることになった。今日は弁当を食べる暇もなかった。だからカノコが作ってくれた弁当が夜になっても鞄のなかで熟成されていた。
「もう何もしたくなーい。疲れたー。このまま死にたーい」
タケウチさんが長いあくびをした。
「くっそー。昨日ちゃんと寝とけばよかったー」
訊くと昨日は仕事が終わったあと一人でキャバクラへ行って、ラストまで、つまり明け方まで飲んでいたようだ。お気に入りの子がいるとかで何としても落としたいと思ってるらしかった。そして帰宅し、わずかな睡眠を取っただけで出勤し今に至ると。
なるほどタケウチさんのテンションがおかしかったわけだ。いや大体いつもおかしいけど今日は特におかしかった。
「まあ今日も行くけどな! 絶対ヒメコちゃんを俺の女にしてやる!」
タケウチさんはぐっと拳を握った。
「どうだ、サトーも一緒に行くか?」
「お誘いありがとうございます。でも遠慮しておきます」
「そっかー」タケウチさんは煙を吐いた。「お前さ、嫁さん以外の女と遊びたいとか思わんの?」
「いえ、全然」
これっぽっちも思わない。第一そういう店はお金がかかる。ただでさえ少ない給料をそんなとこに使えるわけがない。まあタケウチさんは独身だから大丈夫なんだろうけど。
「お熱いねえ。まあお前夜遊びとかできなさそうだよな。危険な橋は渡らないタイプだ」
「そうですね。そうかもしれません」
実際は危険な橋を渡ろうとして転落するタイプだが、それを訂正したりはしない。
「じゃあ今日の結果教えてくださいね」
「おお、絶対ヒメコちゃんとアフターしてやるよ。そしたら明日は休むからお前一人で頑張れよ」
タケウチさんは言うが、しかしそうなることはないだろう。なぜならタケウチさんがそう言って成功したのを聞いたことがないからだ。そのヒメコちゃんの前はユリカちゃんという子にアタックしていたし、その前は確かマイちゃんという子にアタックしていた。今回も同じような結末になるだろう。
「じゃあ俺は行くぜ。楽園という名のエデンへな!」
タケウチさんは疲れた様子はどこへやら、さっさと出ていった。まったく面白い人だ。僕は小さく笑った。店の前を車が通った。その音がなぜかよく響いた。そうだ、シャッターを下ろしたら弁当を食べよう。
外に出てシャッターに手をかけた。すると電柱の陰に男が立っているのに気づいた。男はじっとこちらを見ていた。
「アキラ? アキラだよな?」
男が近づいてきて言った。いきなり名前を呼ばれて驚いた。僕を知っている? こいつは誰だ?
しかし見覚えがあった。忘れられるはずがなかった。
「もしかして、リョウ?」
「そうだよ、久しぶり。リョウだよ、シミズリョウ」
僕は昔、人を殺した。
そのことは当時、世間を少しだけ驚かせた。
五人の少年がクラスメイトを惨たらしく殺した事件だ。その五人のうちの二人が僕とリョウだった。
もう十年も前のことだ。過去がやってきた、と思った。
「このあと時間あるか? 話したいことがあるんだ」とリョウが言った。僕は「弁当が食べられるなら」と言った。リョウは首を傾げた。