10 『Ambitious』
いつかはなりたいと思っていた。そしていつかはなるものだと思っていた。でもそれが今だとは思っていなかった。そうなることを望んでいたはずだったのにいざそうなるとどうしていいかわからなかった。
心が落ち着かない。けど不思議なことに体は落ち着いていた。僕はいつもより仕事に集中できた。とにかく一円でも多くお金を稼ごうと思った。子どもができたら今より確実にお金がかかる。今でも生活はぎりぎりなのだ。それを考えると体が突き動かされる。僕は一件でも多く契約を取ろうと必死になった。タケウチさんの分まで奪い取るような勢いだった。
それはさすがに申し訳ないと思ったのだが『俺が楽できるからもっとやれ』と言ってもらえたので遠慮はなくなった。
「頑張れよ、パパ」
家に帰ると眠った。ただ眠った。夢を見る暇なんかない日々がしばらく続いた。
そんなある日、話があるからまた飲もうとリョウに言われた。断りたかったが、電話じゃ駄目なんだと言われて渋々了解した。
僕たちは前と同じ店に入った。そこで気づいたがリョウの服は前に着てたのとまったく同じだった。リョウは席に着くなり二人分のビールと枝豆と唐揚げとフライドポテトを注文した。勝手に注文されたことに少し引っかかったが、疲れてたので突っ込む気にもなれなかった。店内が絶妙に暖かいので気を抜いたら寝てしまいそうだった。
「疲れてるみたいだな」
「うん、まあね」
僕は妻が妊娠したこと、そして今まで以上に働いてることを話した。
「そっか。それは、おめでとう」
リョウはぎこちなく言った。
「なら、ネットのニュースなんかは見てないよな」
僕はうなずく。最近はネットどころかテレビも見ていない。
「じゃあ単刀直入に言うぞ。ヤスが見つかった」
店員がビールを持ってきた。けど僕たちは乾杯なんかせず、それぞれ飲んだ。僕はひと口だけだったがリョウは半分近く飲んだ。
リョウが携帯を見せてきた。それはネットのニュース記事だった。《車中で男性一人死亡。練炭自殺か》。それは数日前、K県の河川敷で男性が車中から遺体で見つかったというものだった。車内では練炭が燃やされた跡があり、警察は自殺の線で捜査をしてるらしい。実名も出ていた。死んだのは確かにヤスだった。僕はもうひと口ビールを飲んだ。これで五人のうち二人が死んだことになる。これで終わりなのか、それともまだ続くのか。
「でな、このヤスが死んだ河川敷なんだが、あそこなんだ」
言い方で僕は察した。僕たちのあいだで河川敷といえば一つしかない。ノリオを殺したあの場所だ。
「懐かしいね」
「懐かしくなんかあるかよ」リョウは残りのビールを飲んだ。「何であんなとこで」
罪の意識があったからじゃないだろうか。直感的にそう思った。罪を償う最も良い方法は死ぬことだからだ。
「次は、俺だな」リョウの手が震えていた。「次は俺が殺されるんだ」
「何言ってんだよ。二人は殺されたわけじゃない」
「いや殺されたんだ! ノリオに!」
リョウがテーブルを叩いた。その衝撃は通りがかった店員を驚かせたようだ。リョウは店員に追加のビールを注文した。
「すまん」
リョウは小さく言った。
「俺、死にたくないよ」
その言葉は何だか滑稽だった。ノリオが聞いたらどう思うだろうか。フライドポテトを一本食べた。塩がきいてて美味しかった。