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第2章:最適化されたお相手選び

 ある金曜の夕方、緒方かず美は高級ホテルの宴会場の入り口に立っていた。「ツガァイ婚活パーティー」と書かれた看板が目に入る。先週ショッピングモールで購入した服装に身を包んだ彼女の手には、いつものタブレットが握られている。深呼吸を一つすると、かず美は決意に満ちた表情で会場に足を踏み入れた。


 受付で、かず美は参加者のプロフィールシートを受け取った。周りの参加者たちが軽く目を通して机に置く中、彼女はタブレットを取り出し、プロフィールシートを一枚ずつ撮影し始めた。文字認識アプリでデータを取り込んでいるのだ。


 主催者の女性が説明を始めた。


「本日は10名の男性と10名の女性にご参加いただいています。まず前半は、5分間ずつのローテーションで全員と会話をしていただきます。その後、後半は自由に交流していただくフリータイムとなります」


 パーティーの前半が始まり、かず美は順番に男性参加者と会話を交わしていった。しかし、彼女の行動は他の参加者とは明らかに違っていた。5分間の会話の間、かず美は相手の話を聞きながら、絶えずタブレットに何かを入力していたのだ。


「ご趣味は読書なんですね。どんな本がお好きですか?」


 会話しながら、かず美は「知的好奇心:高」とタブレットをタップする。


 相手の男性は少し困惑した表情を浮かべつつも、話を続けた。


「最近は歴史小説にはまっていて、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』を……」


「面白いですよね。私、今日の婚活パーティー、鴻門の会になったらどうしようって」


 かず美の突然の冗談に男性は一瞬驚いたが、すぐに笑みを浮かべて応じた。


「ご安心を。あなたを垓下の歌で悲しませるつもりはないですよ」


 評価項目が次々と入力されていった。「知性:高」「話術:要注意」「信用:低」


 このような調子で、かず美は10人全員との会話を終えた。他の参加者たちが和やかに話を楽しむ中、かず美の話し方と行動は明らかに浮いていた。


***


 パーティーの後半。フリータイムに入ると、かず美は静かな会場の隅に移動した。彼女は今日のために、独自の戦略を準備してきた。彼女が開発した「最適マッチングシステム」は、理想の相手を見つけ出すための画期的な方法だった。一般的な価値観ではなく、彼女は自分にとって本当に重要な要素に焦点を当てる。


 かず美はタブレットに表示された各参加者のデータを見ながら、つぶやいた。眼鏡の奥の瞳が左右に素早く動き、指先がスクリーン上を忙しく動いている。


「身だしなみのセンスが良くない人もいるけど、服なんて私が選んであげればいいんだし、大した問題じゃないわ」


 服装のセンスの悪さは、一般的には印象を大きく左右するマイナス要素だ。しかし、かず美のシステムではこれを「解消容易」かつ「重要度低」と分類する。


 次に、かず美は口数の少なかった男性のデータを見つめた。


「社交的ではなさそう……でも、それって私にとってはむしろ良いかも。教養があれば静かに深い話ができるかも」


 社交性の低さは、一般的にはネガティブに評価されるかもしれない。しかし、かず美のシステムではこれを「解消困難」だが「重要度低」と分類する。彼女自身が静かな環境を好むこともあり、場合によってはポジティブに捉えられるからだ。


 フリータイムでは、かず美は参加者たちと最小限の会話を交わしながら、常にタブレットを操作し、データを更新していった。彼女の奇妙な行動は、他の参加者たちの注目を集めていたが、かず美はまったく気にしていなかった。


「さっき話した人は、高収入でかっこいいけど……」


 おそらく人気No.1だろうが、かず美にとって収入はそれほど重要ではない。一般的な評価は高くても、自分が狙うべき相手ではないと彼女は判断した。


 かず美の「最適マッチングシステム」は、競争の少ないニッチな候補者を見つけ出そうとするものだった。収入・学歴・外見などの一般的に重視される要素と、かず美自身の価値観に基づく要素を比較し、その差が大きい人物に注目する。それは、他の女性との競争に必ずしも勝てるわけではないという、彼女の冷静な自己評価に基づいた戦略である。


 フリータイムも終盤に差し掛かる頃、かず美の計算が完了した。彼女の目が、会場の隅で一人佇む男性に止まった。


「あの人が最適解ね。服装はあまりおしゃれじゃないけど、穏やかで、知的好奇心が高い」


 かず美は満足げな表情で最後の確認を行い、立ち上がった。そして、自信に満ちた足取りで一直線にその男性に近づいていった。足音に気づいた周囲の参加者たちが、彼女の真剣な表情と手にしたタブレット、そして躊躇のない歩みを不思議そうに見つめていた。


「日野さん、先ほどはありがとうございます。緒方かず美です」


 日野はタブレットを脇に抱えたかず美に、少し自信なさげに、でも礼儀正しく答えた。彼の表情には、先ほどの奇妙な会話の記憶と、まっしぐらに自分のところへ向かってきた彼女への疑問が浮かんでいた。


「こちらこそ、ありがとうございます。でも、どうして僕のところに? なんだか、今日は場違いなところに来てしまったのかなって」


 かず美は少し照れくさそうに、しかし自信を持って説明を始めた。その姿は、まるで重大な研究成果を発表する科学者のようだった。


「実は、私なりの方法であなたが最も相性の良いパートナーだと判断したんです。一般的な基準では見過ごされがちかもしれませんが、私の基準では最高点なんです」


 日野は困惑しながらも、興味を示した。彼の目には、「この人は一体何を言っているんだ」という戸惑いと、「でも、なんだか面白そうだ」という好奇心が混ざっていた。


「それは……興味深いですね。具体的にはどういうことですか?」


 日野が生徒の話を聞こうとする教師のような姿勢を見せると、かず美は息を弾ませながら、興奮した様子で説明を始めた。かず美は息を弾ませながら、興奮した様子で説明を始めた。


「例えば、あなたの服装は一般的には評価が低いかもしれません。このスーツの着こなしはあまりよいとは言えず、サイズも合っていません。でも、私にとってはそれほど重要ではないんです。むしろ、あなたの話し方から感じられる教養の方が大切だと思いました」


 日野は一瞬、驚きとほんの少しの不快感を顔に表した。しかし、すぐにそれは苦笑いに変わった。


「いやあ、僕はおしゃれには疎いんです。でも、こんな風に率直に指摘されたのは初めてかもしれません」


 その声音には意外にも面白がっているような調子が感じられた。かず美は相手の反応に気づかないまま、さらに続けた。


「それに、あなたの声の基本周波数は442Hzで、私の好む音域にぴったりなんです」


 日野は再び驚きの表情を浮かべた。


「え? 声の周波数って……測定でもしていたんですか?」


 かず美はタブレットに周波数特性のスペクトルグラフを表示させ、得意げに続けた。


「もちろんです。あなたの声の高さはピアノのラの音に近くて、私にとっては長時間聞いていても疲れない理想的な音色なんです。これは身長などと同じで、努力しても変えられない特徴です」


 波形のピークを指し示しながら説明するかず美を見て、日野は興味深そうな笑みを浮かべた。


「具体的なことはよくわかりませんが……、そんな細かいところまで分析するなんて、面白いですね。もっと聞かせてください」


 かず美は、相手の興味に気づいたようで、さらに熱を帯びた口調で説明を始めた。


「私の計算では、私たちの相性は97.8%で、将来の幸福度予測は85.3%なんですよ」


 日野は笑いながら言った。


「それは……えーと、なんともすごいですね。でも、ちょっとワクワクしてきました。この先どんな分析結果が出てくるのか、楽しみです」


 だが、かず美は真剣な表情で返した。


「いいえ、これは科学的アプローチです。ワクワクや楽しみなどという感情や直感だけでは、最適な相手を見つけることはできません」


 漏れ聞こえてくるかず美の自信に満ちた言葉に、周囲の参加者たちは呆れと驚きの入り混じった視線を向けた。小声で苦笑いしながら囁き合う者もいた。しかし日野は、周囲の反応も気にせず、かず美の話に引き込まれていった。


「それで、他にどんな指標を使っているんですか? 僕の瞬きの回数とか、会話の沈黙の間とか……もしかして、それも測定済みだったりします?」


 かず美の目が輝いた。


「さすがですね! 実は……」


 二人の会話は、他の参加者たちの驚きの眼差しの中、さらに深まっていった。



 フリータイムの残り僅かになると、かず美は確信に満ちた表情で締めくくった。


「私たちの組み合わせは、一般的な基準では見逃されがちかもしれません。でも、それこそが私たちの強みになるんです。特別な関係を築けるチャンスなんです!」


 彼女が言い終わると同時に、パーティの主催者が再び前に立った。


「それでは、マッチングの投票時間です。皆様、第3希望まで投票用紙にご記入ください。結果は後日、個別にお知らせいたします」


 かず美は迷うことなく、第1希望に日野の名前を記入した。期待と希望に満ちた瞳で用紙を見つめると、小さく深呼吸をして会場を後にした。


***


 翌日、かず美のもとにマッチング結果が届いた。彼女は計算の答え合わせをするような緊張感で、結果を開いた。


「やった! 日野さんとマッチングできた!」


 かず美の顔に、大きな笑みが広がった。彼女の独特な方法は、予想以上の成功を収めたのだった。かず美は心の中でつぶやいた。


「お相手選びはうまくいった。次は、どうやって素敵な関係を築いていくか、新しい計画を立てなくちゃ」


 実在する数学的な「お相手選び」の方法では、「秘書問題」や「安定結婚問題」が有名です。


 秘書問題は、複数の候補者から最良の一人を選ぶ最適な戦略を考える問題です。これをお見合いに適用すると、例えば10人の候補者と順番にお見合いをする場合、最初の4人はお断りし、その後は1人目から直前までの候補者よりも良いと思える候補者が現れるのを待つと、ベストな相手とペアになれる可能性が最も高くなります。ただし、この理論では相手が自分を選ぶかどうかは考慮されていません。また、この戦略は一度見送った候補者と再度会う機会がないことが前提で、パーティのように各参加者が第1希望から第3希望を決めてマッチングする方式には適用できません。


 安定結婚問題は、複数の男女を互いの好みに基づいて最適にペアリングする方法です。ただし、これは参加者全員の総合的な安定が目的であり、参加者個人の立場では必ずしも最適な状態になるとは限りません。あえて希望順位の低い相手とのペアにされる可能性があります。例えば、第1希望どうしをマッチングさせて誰もが羨むペアを1組作るよりも、第1希望と第2希望のペアを2組作る方がペアの総数が多くなるからです。


 実際のお見合いパーティやマッチングアプリが、どんな風にペアを作っているのか興味あります。利用する予定はありませんが。


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}「例えば、あなたの服装は一般的には評価が低いかもしれません。このスーツの着こなしはあまりよいとは言えず、サイズも合っていません… この部分、AIチャットみたいだと思ってしまった。 今のパートナー(…
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