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キキは、それからも毎日歌った。時々、セイと一緒にも歌った。しかし、キキの美しく澄んだ声が、日毎にか細くなっていくのを、セイは感じていた。
「ねえキキ、無理しないで。もう、声を出すの辛いんでしょ……?」
キキは苦しそうに微笑むばかりで、歌うことをやめなかった。
「キキ、お願いだから」
どんなにセイが懇願しても、キキは歌い続けた。高い音が出なくなっても、途切れ途切れになっても、歌うことをやめない。セイはもうキキを止めようとはしなかった。歌っている時のキキは、とても穏やかな表情をしているから──。
キキはどんな時も、歌を途中でやめなかった。しかし、その日、キキの歌声は途切れた──。
「キキ!キキ!」
「セ、イ……」
キキの瞳は虚ろだった。キキの横たわる身体の傍らで、セイは彼女の手を両手で握りしめる。嫌だ。こんなのは、嫌だ。
「セイ、あたた、かい、ね」
キキの手は冷たくなっていく。自分の体温を分け与えようと、ぎゅっと彼女の手を握りこむが、温度は失われるばかりだった。
「キキ、どこに行くの。僕を置いて行くの。嫌だ、嫌だよ、行かないで」
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。しかし、それを拭うことはせず、頑なにキキの手を離そうとしなかった。
「セ、イ……」
「なに、なにキキ」
キキがかすれた声でセイに語りかける。それが最後の言葉に思えて、セイは必死で耳を傾けた。
「泣かないで、セイ。私は、今から、大空へ、行くの」
「大空へ……?」
聞き返すと、キキは儚く微笑んだ。
「大空へ行く方法、私ね、もう一つだけ、知ってるの」
「え?」
「私は、大空へ羽ばたくの。何にも阻まれず、自由に、飛ぶの。やっと、ずっと夢見た世界へ、行ける……。だから、泣かないで……」
「無理だよ、泣くな、なんて……」
キキの手を握りながら、涙は溢れ出てくるばかり。すると、キキはかすれた声で歌をうたい始めた。
「キキ……?」
「ねえ、セイ……一緒に、うたって……」
キキはそれきり目を閉じて、ただただ歌った。セイも目を閉じ、それに合わせて声を重ねる。不思議なことに、セイにはこの歌が過去のどの歌よりも美しく感じた。
やがてキキは歌をやめ、セイを真っ直ぐに見つめた。
「私、ここでセイに会えて、良かった」
「キキ、待って、キキ」
「セイ、行ってきます──」
キキはゆっくりと目を閉じ、それきり何も言わなかった。セイはただ歌い続けた。彼女を追いかけ、彼女に、音を重ねていった──。