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キキと言うらしい少女は、少年の目の前に来ると、優雅にお辞儀をした。なんとなくつられて、少年もぎこちなくお辞儀をする。
「あ、ぼく、は」
「あなたはセイという名前なんですって。さっき、外の人達がそう呼んでいたわ」
「え?」
生まれた時から檻の中にいた少年には、名前などない。隣の檻の青年から、外の世界ではあらゆるものに「名前」というものが付けられ、それを呼び合うのだと聞いたことがあった。しかし──。
「僕は、セイじゃ、ないよ。僕には、僕には、名前はない」
「そうよ、名前は無かった。でもここへ来て、名前が付けられたのよ」
何がどうなっているのだろうか。状況が全く掴めなくて、頭が混乱している。ここはどこで、自分はどうなったのか、どうしてここにいるのか。思考だけがグルグルと巡る。
「ここは、どこ?」
やっとの思いで、一番の疑問を声に出す。少年は確かに檻の中で生きてきたはずだ。──いや、ここも檻の中だが、あまりにも違う。檻の外の景色も、見たことのないものが広がっている。他の檻も見当たらない。とにかく、今の状況を説明して欲しい。
「ここはね、きっと、あなたがいた場所と大差ないところよ。変わったのは、檻の中に私がいるということだけ」
ああ、やはり。外に出られたわけではなかったのか。別の檻に移ったという、それだけ。夢見た美しい世界は、届かないのか──。
「ねえ、そんなに落ち込まないで?」
キキという少女は、そっと少年の肩に手を添える。そして、少し寂しげに微笑んだ。
「私、ずっとここで独りだった。だからあなたが来てくれてとっても嬉しいの」