失踪癖の団長
ダウリンの説明を聞いている間、リリはずっと正面だけを見続けていた。
おそらく耳から入ってくる情報を頭の中で整理して、高速に考えを検討しているのだろう。
ダウリンの説明が終わると同時に、リリは小さく頷いた。
「いいんじゃない?前にアレを回収したのが、えっと・・・4年くらい前か。それだけ経ってるから、私もそういう話がそろそろ出てくると思ってたんだよね。だから、この依頼は受けて正解だと思う。」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。まぁ、ハズレの可能性もゼロではないけどね。」
「その時はその時でしょ。もし当てが外れても、何か情報を得られるかもしれないじゃん。それに団長の決定したことに反対する奴はいないでしょ。」
リリはそう言いながら、眉間に皺を寄せて苦い表情をする。
「あぁ、でも文句をいう奴らはいるか・・・。」
リリが頭の中に思い描いたであろう団員がダウリンにも容易に想像ついて、思わず笑ってしまう。
「ははは。まぁ、彼女達のはいつものことだから。」
「ほら。団長がそうやって甘いから、あいつらがつけ上がるの。ほんとにあいつら、絶対団長のこと舐めてるから。もっと厳しく言わなきゃだめだって。」
リリはダウリンを指さして、責めた口調になる。
「そうは言ってもな。俺にとってはみんな子供みたいなもんだからさ。あまり強く言えなくてさ。」
「でた!それ!そのさ、俺はみんなのパパです、見たいな感じになっちゃうのがダメなんだって!」
「えぇ・・・」
「団長がさ、あいつら見る時の顔。たまに遊んでる子供を見守っている父親の表情になってるから。」
「え。俺ってそんな顔してたか?」
ダウリンは思わず両手を顔に当てる。
「してる、してる。自覚がないってことは重症だね。」
「でもさ。そんなこと言われたって。どういう風に接すればいいんだい?」
「それは。この前見た、帝国の隊長みたいに厳しく部下を指導して・・・」
リリが言葉に詰まり、急に吹いた。
「え、何。なんで急に笑った?」
「ふふふ。いや、ははは。なんか自分で言っておいてなんだけど。団長が私達に厳しい姿が全然想像できないなって思ったら、ちょっと面白くなっちゃって。ははは。」
「なにそれ。」
ダウリンは意味がわからないとばかりに肩をすくめる。
リリはひとしきり笑い、笑いの波がさまると、目にできた涙を手で拭う。
「あー面白かった。団長はさ、もう根っからのパパ気質かもね。」
「そうなのかなぁ。まぁ、みんなよりは生きている年数は長いけど。」
ダウリンはリリの言葉に首を傾げながら答える。
過去に父親の様に子供の世話をした事はあるが、実際に父親になった事はないから、正直よくわからない。
「で、話は戻るんだけど。依頼の件で、一個だけ問題があるんだよね。」
リリは笑って喉が渇いたのか、お茶を一口飲んでから言った。
「問題?」
「そう。実はさ、タイミング悪くさっきアルビーを寝かせちゃったんだよね。」
「おっと。そうなのか。」
「ほら、しばらく依頼が絶え間なく続いてたでしょ。だから、戦闘データが結構溜まってて。アルビーからは、休みに入ったら片付けたい、情報分析したいって前から言われててさ。ここには一週間くらいはいるだろうと思ってたから、さっき寝かせたんだよね。」
この艦船の頭脳であるアルビーは、一度寝てしまうと最低でも3日間は目覚めない。
戦闘データが溜まっているのであれば、睡眠期間は長くなるだろうから、正直いつ目覚めるかは読めない。
ダウリンはリリの話を聞きながら、この作戦のリスクを考えた。
「RBの運転については全然問題ないし、今回の目的は船の捜索だから、RBはほとんど出番ないと思うんだ。ただ、万が一艦隊戦が起きた場合にね。ちょっとみんなのフォローがいつもより難しいかなって思って。」
ダウリンはリリの言葉に頷く。
アルビーのサポートが一番欲しいのはRBも加わるような大規模戦闘時の分析と、RBに積まれている主砲や副砲の操作だが、今回はそういう依頼ではない。
だから、アルビーが寝ていてもリリがいれば基本は問題ないのだが、こうした一見小さく見えるリスクが後々になって命取りになる可能性はある。
実際にリスクを過小評価して、樹海に沈んだ熊狩団をダウリンもリリも何度か見てきた。
熊狩団の艦長としては当然の懸念である。
「というわけで、不本意ではあるんだけどさ。今回は何かあったらお願いね、団長。」
リリがダウリンの方に顔を向ける。少し口を下に曲げていて不満気な表情だ。
「えー。なんで不満そうな顔なの。もっと頼ってくれてもいいのに。」
「前にも言ったでしょ。団長の力を借りちゃうのは、甘えだって。」
「それは言ってたけどさ。皆、今のやり方に慣れて、ここ2年くらいは俺、ほんと何もしてないんだよ。これだと、どっかの熊狩団みたいに、ただのお飾りの団長になっちゃうよ。」
ダウリンは悲しそうにリリに訴える。
「いいの!団長がお飾りってことは、それってつまり平和って事だし、私達でなんとかなってるって事の証明なんだから。」
「そんなぁ。」
「なるべく、自分達で対処できるようにしておかないと後が怖いから。いつまでも団長がここにいるって保証もないし。」
リリはダウリンの訴えを一蹴する。
「それだと、俺がいつか黙って失踪するみたいじゃないか。皆のことを見捨てるような、そんな薄情な奴じゃないぞ。」
ダウリンの言葉に、リリの目が急に刺すような鋭い目つきになる。
「へぇー。じゃあ聞くけど。私と会った時、まだ百人旅団は活動してたよね。」
「え。」
「あれはどういう事なの?百人旅団の元・団長さん。」
リリはダウリンの顔をじっと見つめる。
ダウリンは気圧されて、思わず身を後ろに引いた。
「そ、それは・・・。」
「どういう事?」
「それは、その、俺の力がもう必要なくなったっていうか。みんなでも頑張れる組織になったから、もう俺がいなくてもいいかって思って抜けたっていうか・・・」
「それ、旅団の人にちゃんと説明して抜けた?」
「え。い、いや。どうだったかな。」
「説明してないよね。手紙だけ置いて逃げたよね。」
「あー・・・はい。そうです。って、え?待って。何でそれ知ってるの?」
「だって、旅団の団長に直接聞いたから。」
「え。いつの間に?どうやって?」
「秘密。それで忠告されたの。いつまでもあると思うな親と団長って。」
「あいつ、変なこと言いやがって。」
「団長が文句言う資格無いと思いますけど?」
リリの殺気だった目線にダウリンは思わず身を小さくして、すいませんと小声で謝る。
「ほんと、そうやってすぐに失踪する癖がある困った団長がいるから、私は団長がいなくてもこの団が回るようにしてるの。」
「はい。」
「ちなみに言っとくけど、俺が教える事はもう何も無いとか理由つけて失踪するの、自分が勝手に気持ちよくなってるだけだからね。」
「はい。」
「ほんと、捨てられた側の気持ちなんて、全然知らないんだから!」
そういうとリリは膨れっ面で、プイと顔を背ける。
完全にご機嫌斜めである。
さてどうしたものか。
こういう時はダウリンが何を言っても逆効果でしかないことは、過去の経験から痛いほどわかっている。
その為、基本的にはリリの不満が収まるまで待つという戦法を取るしかない。
今日は長期戦かな、とダウリンが思い悩んでいると、ブリッジの入口が開く音がした。
「お。いい匂いがする。」
入ってきたのは整備担当のレネだった。