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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第2章 エルツェン
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朝焼けと帝国の魔術令嬢

都会は常に喧騒に包まれている。

行き交う艇の音、人々の声、緊急のサイレン、遠くから響く工場の音。

様々な音が混ざり濁り広がり響き、それが都会特有の音楽を奏でている。

そんなエルツェンの街も朝日が昇るこの時間だけは、その演奏を止め束の間の眠りについていた。

エルツェン西側の湖畔エリアにある富裕層向けの高級デパートの屋上には、そんな静寂の時間を楽しみながら、何かを持つように両手を胸元の高さまで上げながら目を閉じて立っているリダレアの姿があった。

リダレアは時折何かを呟きながらも暫くそのままの姿勢でいたが、ふと目を開けた。


「今日もお早いですね。」


リダレアの後方にいつの間にか老紳士が立っていた。


「あなたもじゃない。レグルト。」


リダレアはそれまでの姿勢を解いて、レグルトの方へ振り向く。


「何、私は年のせいですよ。嫌でも明け方に起きてしまいます。しかし、シュジアルト家のご令嬢がこんな辺鄙なところまで来て下さるだなんて。3日経ちましたが、未だに信じられません。」


レグルトはまるで孫娘を見るかのように眩しそうに目を細めながらリダレアを見る。


「言ったでしょ、買い被りすぎだって。私は家の中でも落ちこぼれなの。お姉様達の方が私の何十倍も強いわ。」

「何を仰います。監視魔術をあれほどの数配置しておいて、不出来とは。優秀な一握りの者しかできない技です。」


レグルトの言葉にリダレアは少し恥ずかしそうに視線を外して風景を眺める。

ここからだと湖の穏やかな水面と、エルツェンの直角的なビル群の両方が見える。


「あなたはいつも優しいわね。」

「事実を言ったまでです。シュジアルト家といえば魔法を齧ったものなら誰もが耳にする御三家の一つ。その家の本家に生まれ確かな実力もありながら、何故に自信がないのか。私には不思議でなりません。」


レグルトの言葉に、リダレアは苦笑する。


「不思議なことなんてないわ。あそこには私よりも優秀、いえ天才がゴロゴロいるんだもの。生まれてからずっと自信が湧いた事なんて一度もない。常に追いつくので精一杯だった。」

「ふむ。一流の家だからこそ生じる問題ですか。」

「だから、私がもっと強くなるには魔力だけでなく経験が必要だと思ったの。経験を多く積めば、例えお姉様達に魔力は負けていても勝機はある。だからあの方にお願いして帝国外の任務に参加させてもらっているのよ。」

「なるほど。だから今回のような作戦にも参加されているのですか。」

「そういう事。」


リダレアは小さく息を吐くと、街を眺める。

朝焼けに照らされオレンジ色に染まるビル群は、まるで西の砂漠にあると言われる砂塔をイメージさせる。


「でも、ほんとうに帝国から出てよかったわ。こんな景色に出会う事もなかったし。」

「そうですな。無駄に歳をとった私の学びの一つは、人が美しいと思うものに国や人種は関係ないという事ですな。例え敵国のものであっても、美しいものは美しい。」


レグルトの言葉にリダレアは思わず苦笑する。


「ふふふ。その意見には同意するけど。それ、帝国で言ったら捕まるわよ。」

「なに、帝国に戻る予定はもうありませんからな。私は色々と知りすぎました。敵国で動く分には使い道がありますが、帝国にいたら厄介者ですからな。もしも戻ったら私は3日も生きていられないでしょう。」

「そう・・・かもね。」

「ふふ。リダレア様はお優しい。あなたがそんな顔になる必要はありません。もとより私は帝国に拾われなかったら死ぬ運命だったのです。ここまで生かしてくれたことにむしろ感謝しかありません。それに、例え最後が惨たらしい事になっても私は文句を言える立場にはありませんしな。ところで、ハニーの方はいかがですか?」


この話はこれでお終いだとばかりにレグルトは話題を変えた。

どうしても顔に出てしまう自分への恨めしさと同時にレグルトに気を使わせてしまった申し訳なさの両方を感じながらリダレアは答える。


「動きはないわ。波も感知していない。」

「そうですか。そうなるとこれまで通り地道に探すしかありませんね。」

「そうね。けれど素人があなたたちの捜査網を掻い潜って潜伏し続けているなんて、俄かに信じ難いのだけど。」

「それは我々も同意です。しかも平時より人の出入りを警戒していたのに、この街への潜伏を許したことにショックを受けた者も少なくありません。」

「やはり、魔術がかかっているのかもしれないわね。」

「その可能性は否定はしませんが。しかし、そんな長期間多くの人間に影響を及ぼす魔術等聞いたことがありません。」

「そうね。現代の魔術ならね。」

「!?。まさか古代魔術、ですか?」

「そう。スタンピード以前からある古代魔術なら、長期間効果を持続することも可能かも。」

「それは確かに可能性としてはありますが、いや信じ難い。スタンピード以降、これまで多くの魔術家系が古代魔術復興を悲願として研究を続けてきましたが、これまで解析できたのはほんのわずかな魔術のみ。しかも解き明かした者はいずれも伝説と言われた魔術師達です。そのような難解な古代魔術を解き明かし扱える無名の魔術師がいるとは思えません。」

「そうね、私も最初は同じ意見だった。でも、現代魔術で魔力の痕跡を残さない事なんてほぼ不可能だわ。それがここまで綺麗に反応がないと、そう考えた方が自然としか思えなくなってくるのよ。」

「それは、そうですが。」

「それか、もしかしたら月光の魔女が気まぐれでハニーに魔術をかけたのかもしれないわ。」


有名な絵本に出てくる満月の夜に現れる魔女。

乱暴で気難しく悪戯好きな魔女だが、月が沈み夜が明けるまでその横暴に耐えつつ一緒にいると、最後には機嫌が直り、何でも願いを一つ叶えてくれるという。

突拍子もないリダレアの答えに思わずレグルトは思わず笑う。


「ははは。いいですな。確かにあの気まぐれな月光の魔女ならありえます。」

「そうでしょ。」


レグルトの反応にリダレアは満足気な顔をする。

さらにレグルトは悪戯っぽい表情を浮かべる。


「しかし、それを言うならリダレア様。クマキラーの方がまだ可能性はありそうですよ。」

「あぁ、神出鬼没な熊狩りの神ね。50年に一度現れるんだっけ?」

「ええ。何でも次に現れる年と場所を賭けている者もいるだとか。」

「物好きな人もいるのね。でも私、クマキラーは嫌いなのよね。」

「ほう?それはまた何故?」

「小さい頃、従兄弟に会う度にクマキラーごっこに付き合わされていたのよ。しかも、いつも熊役をやらされておもちゃの剣で叩かれていたから、本当に嫌だったわ。」

「ははは。それは確かに嫌いにもなりますな。何、男は小さい頃に一度はクマキラーごっこをやりますから。かく言う私も、小さい頃は緑色に塗った木刀をよく振り回していましたよ。」

「なんで男の子って、あんなおじさんに憧れるのかしら。」

「それはなんと言っても強いからでしょう。国を破壊する熊を倒す正義の味方。子供は強ければ年齢など気になりませんからな。クマキラーの絵本で読んで憧れない男はおりますまい。」

「よくわからないわ。」

「ははは。まぁ、クマキラーごっこは、女子に大体そう言われると相場は決まっておりますから。リダレア様がわからないのは当然です。」


リダレアはそう言われて、子供の頃の嫌な思い出を振り払うように首を振った。

一方のレグルトはふと何かを思い出したかのような顔をする。


「そういえば、ジディ殿はどうされました?ここ2日ほど見かけておりませんが。」

「あぁ。あいつなら放っておいて大丈夫よ。あいつは動いて情報を探るのが得意だから。」

「しかし、何の当てもなく動き回っても意味がないのでは・・・」

「そこは心配しなくて大丈夫よ。どう言う仕組みかわからないけれど、当てもない所から本命の近くまで辿り着くのがあいつの得意技だから。」

「はぁ。」

「しばらくすればわかるわ。」


そう言って、リダレアがレグルトに微笑を浮かべた時だった。

突如、リダレアは嫌な気配を感じて、全身に鳥肌が立った。


(何!?)


殺気が混じった魔力の波が押し寄せてきた感覚。

思わず、湖畔とは反対側。波が来た西側の樹海の方へと視線を向ける。

しかし、そこには鳥の声と静かな樹海の風景しかなかった。


「リダレア様?どうされましたか?」


レグルトがリダレアの不意の動きに疑問を向ける。

リダレアはそれを無視してしばらく樹海の方を注視するが、先程の事が幻だったかのように何も変化は起きなかった。


(嫌な魔力の波。レグルトが気がついていないと言うことはかなり小さいけれど。一体あれは何?)


「レグルト。一つお願いしたい事があるのだけど。」


リダレアはそう言って、レグルトに依頼内容を話した。

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