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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第2章 エルツェン
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日暮れの店内

「ありがとうございましたー。」


ダウリンが最後の客を送り出し、店の入り口のドアを閉めると、店内は急に静かになった。

窓からはオレンジ色の光が差し込み、夕暮れが近いことを知らせている。

ダウリンは掃除をしようと掃除用具を取りに行こうとしたところで、呼び止められた。


「あ、あの。」


その声に振り向くと、目の前に制服の帽子を両手に持って立っているヒナトの姿があった。


「はい?」

「さ、さっきはありがとう。」

「さっき?あぁ。会計を1つし忘れてた話ですか?」

「いや、そうじゃなくって・・・まぁ、あれも教えてくれてありがとうなんだけど、違くて。」

「?」

「あの、リュヒトさんの件の話。」

「ああ。あの男の事ですか。ほんと、いい身なりしてお金持ちなんでしょうけど、パンの一つも買わないというのはどうかと思いますよね。」

「変なことに巻き込んじゃって、本当にごめんさない。」


ヒナトが深々と頭を下げたので、ダウリンは驚いて慌てた。


「え?え??なんで謝るんですか。ヒナトさんが謝ることなんて無いですよ。」

「だって、このままだとダウリンさんが危ない目にあうと思うから。」

「危ない目というのは?」

「わからないけど、あの人に楯突いた人は職を失ったり家を失ったりして、この街にいられなくなるって言われていて。」

「それなら心配しなくても大丈夫ですよ。ほら。私は家もないし、なんなら金もない。失うものなんて何もないですから。それに私はこう見えても、長い間いろんな国を旅しているんで。こういったいざこざには慣れてるんですよ。」

「でも。」

「どちらかというと、私のことよりヒナトさんの方が心配ですけどね。前からあの男は通ってるように見えましたけど、店長には相談したんですか?」


ダウリンの質問にヒナトは小さく首を横に振る。


「言えないよ。店長はいつも忙しいし。それに部屋もお店の2階を無料で借してくれて、仕事も満足にできていない時からお給料も出してくれていて。これ以上、店長に迷惑なんてかけられない。」

「そうですか。ところであの男は何者なんですか?」

「それは・・・その。」


ダウリンの質問に、ヒナトはダウリンから視線を逸らして言い淀む。


「聞いたら後悔すると思うけど、いい?」

「ええ。聞かない方がもっと後悔しそうなので。」

「・・・わかった。じゃあ言うね。」


ヒナトは意を決した様子で、ダウリンの方を向く。

身長差があって、ヒナトがダウリンを少し見上げる格好になる。


「あの人はリュヒト・ホムランツさんって言って、シュラーの創業者のお孫さんなんだよね。」


ヒナトがまるで重大事項を明かすかのように力を込めて言ったが、ダウリンにはその重大さがよくわからなかった。


「どう?後悔したでしょ。」

「いいえ?何が後悔になるんですか?」


ダウリンが全く驚いていない事に、ヒナトは何を言っているのかわからないという顔をした。


「え!?だって、あのシュラーだよ?世界中で誰でも知ってる大企業の創業家の人だよ?」

「あぁ。お金持ちだからという事ですか。」

「違うの。それだけじゃなくて、世界中にいっぱい社員も抱えてて、権力もあるの。特にこの街はシュラーのお陰で大きくなったって言うから、街の人達は創業家には逆らえないんだって。」

「なるほど。だから、さっきのお客さん達も遠巻きに見て、黙っていたんですね。」


ヒナトが小さく頷き、寂しく笑った。


「逆らったら、自分の仕事や住む場所がなくなっちゃうかもしれないから。昔、酔っ払って創業家に絡んだ人がいて。その人は次の日に会社に行くとクビになって、帰ったら家が燃えていて、最後には一家が散り散りになったって話もあるし。他にも事故や自殺に見せかけて殺されたって人もいるって噂だし。」

「・・・それは酷い話ですね。」

「だから、だからね。」


ヒナトの肩が震えた。


「本当にごめんなさい。変な事に巻き込んでしまって。私が最初にダウリンに説明しておけばよかったんだ。」


そう言う、ヒナトの声は途中から震えて涙声になった。


(どうも、この街は自分が訪れない間に少し歪な形で発展したようだな。)


確かに普通の人であれば、金と権力を使ってやりたい放題する男に目をつけられたら、慌ててこの街を去るだろう。

誰だって自分の命は大事だ。

しかし、普通の人どころか、よもや人間からもほど遠い所にいるダウリンにとってみれば、人はいつの時代も変わらないのだなと、そう思うだけだった。

むしろ、そういった横暴な輩がどういった最後を迎えるかも見てきているので、そんな地獄への道とも知らずに傲慢に歩んでいるあの男に不憫すら感じるほどだ。


ダウリンは声を殺しながら泣いている目の前の少女を穏やかな目で見つめる。


(ほんとうに優しい子だ。)


目の前で、自分の所為では無いのに、自分が悪いのだと責任を感じて泣いている女の子。

その綺麗で透明な宝石みたいに眩い心に触れ、ダウリンは思わず微笑んだ。

小さい泣き声も透き通った歌のように聞こえる。


(この子は。・・・そうか。)


ダウリンはヒナトに一歩近づくと、ヒナトの小さい頭に手の平を当てて何かを呟く。

ヒナトは頭がほんのりあったかくなるのを感じて、顔を上げて頭を押さえた。


「ダウリンさん、今のは?」

「すいません、つい。さっきのは古くから伝わる、暗い気持ちを晴らすおまじないです。少しは気分が軽くなったんじゃないですか?」

「・・・確かに、ちょっと気持ちが軽くなったかも。」


ダウリンはヒナトに目線を合わせるように、膝をつく。


「いいですか、ヒナトさん。私はあんな男に負けるほど弱くはありません。安心してください。」


ダウリンはヒナトの涙で赤くなった目を見て、不安を和らげるようにゆっくりと言った。


「ほんとに?」


ヒナトは手で頬に伝った涙を拭いながら聞いた。


「ほんとです。」

「強いの?」

「強いですよ。」

「でも、財布盗られてるし。」

「そ、それは、それです。他の事なら負けませんよ。」

「嘘。だって敬語なんだもん。それに仕事の途中からまた私の事さんづけで呼んでるし。」

「ええ?それって関係あります?」

「あるよ。おおあり。それじゃあ安心できない。」

「それじゃあ、どうすればいいんですか。」

「安心しろって言って。」

「え?」

「ヒナト、安心しろって。」

「えぇっ!?」

「ほら。早く!」

「あー、っと。えー・・・。・・・ヒナト、安心しろ。」

「声小さい。60点。やり直し。」

「厳しくないですか。」

「そんな事ない。ほら、もう一回。」

「じゃ、じゃあ・・・。ヒナト、安心しろ。」

「んー。75点。」

「これでも頑張って言ったんですよ。」

「なんか惜しいんだよね。でも、いいや!なんか元気出た!」


ヒナトが顔を上げると、さっきの公園で会ったような澄んだ笑顔になっていた。


「それなら良かったです。」

「あ。でもなぁ、ダウリンさんすぐに敬語になるんだよなぁ。残念だなぁ。」

「いや、そんな事言われても。まだ会って間もないですし。そもそも職場の先輩ですし。」

「ふーん。私はダウリンさんと仲良くなろうと思っているのに。ダウリンさんって冷たいよね。あーなんかまた元気なくなってきたなぁ。」


コロコロと表情を変えながら最後にはまた落ち込んだ様子になるヒナトに、ダウリンは慌てる。


「なんだかなぁ。寂しいなぁ。」

「わかりました!そうしたら敬語は使いませんよ!」

「ほんとに?」

「ほんとです。」

「あ、敬語。」

「くっ!違う。ほんと。」

「ふーん?」

「ほんと。これで元気出た?」

「うん。じゃあ元気出た。」

「よかった。これで一安心で・・だ。」


ダウリンが必死に言い直している姿にヒナトが思わず吹き出す。

それを見てダウリンもつられて笑う。

先ほどまでの重い空気はどこへ行ったのか。

2人の笑い声が広がり、和やかな雰囲気が店内を包む。

ひとしきり笑った後、ダウリンはふと視線を感じて、厨房の入り口の方を向いた。


厨房への入り口から半分だけ顔を出した筋肉の塊が鬼の形相でダウリンのことを睨みつけていた。


「うぉ!?て、てんちょう!?」

「お前。さっきからヒナトに近づき過ぎだよな。おい。」

店長はその巨体から信じられないスピードでダウリンへ突っ込んでくる。


「やっぱりお前がこの店に来たのはヒナト目当てだったのか。そうか、そうか。なら黙っちゃいられねぇ。丁度、明日の限定メニューはミートパイにしようと思っていたんだ。早速材料を仕込まないといけないな。まずは息の根を止めてから血抜きをして」

「て、店長!誤解!誤解です!あ、ちょっと包丁出すのやめましょ!?店長!?」

「誤解?ははは。そんなことはどうでもいいんだよ、君。ヒナトにあそこまで近づいているだけで既に法は侵していると知れ。」

「法って!?なんの法律ですか!?」

「俺の法律だよ。ヒナトに半径1メトル以上近づくな。近づいたら即極刑。」

「そんな無茶苦茶な!?」

「店を持つと一国一城の主とかいうだろ?この店は俺の国で、俺が法律なんだよ。」

「この店、独裁国家すぎる!?」


店長が完全にキマッた顔でうすら笑顔で、ダウリンに襲い掛かろうとする。

包丁を逆手に持っているところに本気が現れる。


(あ、これ死んだわ。)


ダウリンが己の死を覚悟した瞬間である。

ゴツという鈍い音がした。

すると、店長は白目を剥き、手に持っていた包丁を落とすと、そのままゆっくりと膝から崩れ落ちた。


店長の後ろには重そうな木製トレイを持って、肩で息をしているヒナトがいた。

どうやら店長の後頭部を、あのトレイで叩いたようだ。


「店長!いい加減にしてください!私も怒りますよ!ダウリンさんはそんな人じゃありません!」


床に転がっている店長に向かってヒナトが叫ぶ。


「もういくらなんでも過保護すぎです!私はもう立派な大人なんで」

「ちょ、ちょっと待って、ヒナト。店長、動いてない。」

「え?」


白目を剥いてうっすら口を開けて笑っているような店長の表情にヒナトも気がつく。


「えー!?どうしよう!?」

「店長!?しっかりしてください、店長!」


その後、ダウリンが介抱しつつこっそりと回復魔術を施したこともあり、店長は意識を取り戻した。

ただ、直前の記憶は忘れているようで、店長の中では明日の仕込みをし終わった後に売り場に行こうとしたところで、気絶していたことになっていた。

働きすぎかなと首を傾げる店長に2人は全力で首を縦に振って肯定しつつ、お互いに目配せをしてこの事は絶対に口にしてはいけないと誓ったのだった。

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