心配性の店長
「あ!ヒナトちゃん帰ってきた!」
「え!?ほんと!?」
「おーい!ヒナトちゃん、帰ってきたってよ。」
「ヒナトちゃん!よかった無事で!」
「よかったー!これでパンが買えるわ。」
2人が小型浮遊艇を押しながら通りに出て、坂道を少し下った所で街の人々が次々とヒナトに声をかけてきた。
顔見知りなのか、ヒナトも挨拶をして軽い会話をする。
その様子からすると、ヒナトはどうやらこの辺りの有名人のようである。
「なんか店長、店を閉めちゃってるみたい。」
ヒナトがこちらを向いて困った顔をする。
街の人の話だと、店長はヒナトを配達に出したはいいが、あまりに心配し過ぎて、パン作りが手につかないと店を閉めてしまったらしい。
「店長さんって、ヒナトさ・・・ヒナトのお兄さんか何か?」
「ううん。全然違うよ。でも、私に凄い良くしてくれるんだよね。あ。」
少し左に曲がった下り坂の通りを言ったところに人集りができていた。
ヒナトの反応からするに、あそこが目的地のパン屋のようだ。
「あ!ヒナトちゃん!」
人集りの1人がこちらを向いて大声を上げる。
すると、周りの人も皆振り返ってヒナトの姿を確認する。
「いたー!」
「やっぱり無事だったじゃねぇか!」
「早く店の中に!」
「店長さんに顔を見せてあげて!」
人集りの何名かがヒナトとダウリンに駆け寄り、小型浮遊艇を奪うように取ると、これは移動しておくから早く店に行ってあげてくれと懇願された。
ヒナトとダウリンはみんなに言われるがまま、小型浮遊艇を置いて、そのままパン屋の入り口に向かう。
店の前にできていた人集りは2人に道を開けるように2つに分かれ、2人はそのまま入り口のドアの前に立つと、ヒナトがポケットから出した鍵を鍵穴に入れて鍵を開けた。
ドアを開けると、ヒナトがダウリンを見て中に入れと目で合図をしたので、ダウリンはそのまま中に入った。
店内は食欲を刺激するパンの良い香りがした。
思わず目を瞑ってしまうほどだ。
ただそんな香ばしい匂いと対照的に店内は薄暗く静かだった。
普段はパンが置いてあるだろう棚には何もなく、カウンターの奥にある恐らく厨房へと続く入り口から、照明の光が漏れているだけである。
「店長ー!今戻りましたー!」
ヒナトがその入り口に向かって声をかけると、何かが床に転がる音と、こちらに近づいてくる大きな足音がした。
次の瞬間、厨房の入り口から筋肉の塊が飛び出してきた。
筋肉の塊はカウンターを回りつつヒナトの元まで高速で近づくと、ヒナトの両手をガッと掴んだ。
「ヒナトぉぉぉ!よかった!無事で!」
「は、はい。すいません、店長。心配かけてしまったみたいで。」
どうやらこの筋肉の塊が店長らしい。
確かによく見ると筋肉の塊は調理服に身を包んでいる男の姿をしていた。
「ほんと、ヒナトが出かけて行った時から心配で心配で。配達に行かせるんじゃなかったって死ぬほど後悔してたんだよ。」
「そんな大袈裟ですよ。」
「だって、店を出て通りを曲がるまで左右にフラフラ運転して何人か轢きそうになってたでしょ。」
それなら心配するのは当たり前である。
どうやらヒナトの運転は最初から下手だったようだ。
「そ、それは、ほら。最初だったからですよ。すぐに慣れて配達はほとんどできましたから。」
「そうなの?」
「はい!あ。でもすいません。途中、公園でちょっとぶつけちゃって。」
「え!?嘘!?大丈夫?怪我はないの!?」
「それは大丈夫なんですけど。でも、そのちょっと小型浮遊艇が凹んで、パンも潰れちゃって。店長に謝らないといけなくて。本当にごめんなさい。」
「全然問題ないから!ヒナトが無事であればそれでいいから!」
「ありがとうございます。」
小型浮遊艇を見たらわかるが、凹み具合はちょっとどころの話ではない。
それに蹴った衝撃でミラーやアンテナも折れて、ボディも傷だらけで全体的に修理が必要だ。
果たしてあの小型浮遊艇を見ても、この店長は許してくれるだろうか。
「ところで、君は誰かな?」
店長とヒナトの会話を後ろで聞きながらぼーっと考え事をしていてダウリンは、急に店長に話を振られた事に驚き、咄嗟に反応できなかった。
「あ、この人は公園で困ってた私を助けてくれた人で、ダウリンさんって言うんです。」
「あぁ、どうも。はじめまして。」
「へぇ。そうなんだ。」
ダウリンよりも背が高く、筋肉質な身体をして、顔のほりが深い店長は、ものすごい眼光でダウリンを凝視し、そのまま近づいてくる。
さながら獲物を狙う狼、いや、闘牛のようである。
ダウリンは店長の気配に押されて思わず一歩引いた。
店長がダウリンの前に立つ。
そして先ほどの表情とはまるで真逆の和かな笑顔を浮かべる。
「ヒナトを助けてくれてありがとう。もうお帰り頂いて大丈夫ですよ。お礼にパンを差し上げましょう。ほらこれを持って行ってください。ありがとうございました。出口はあちらです。」
店長は有無を言わせぬ速度で喋りながら、パンが入った紙袋をダウリンに渡して、そのままダウリンの背中をごつい腕と手で押しながら出口へと誘導する。
ダウリンは店長のなすがまま店の外へ出されるところで、ヒナトが止めに入ってくれた。
「待って!待って店長!聞いて!ダウリンさん、今日この街に来たばっかりで、お金を盗まれちゃって。それでここで働きたいって言ってたから、私が連れてきたんです。」
店長はの出入口のドアのノブを回していた手を止める。
「なるほど。そうか。そうだったんだね。ごめん、ごめん。」
店長はヒナトの方に振り返ると、優しい顔と声で答える。
そして、ダウリンの方を振り返った時には怒れる牛の如く、驚く程険しい顔つきになっていた。
えー二重人格かな、この人。
店長はヒナトに聞こえないように小さく、そしてドスの効いた声で、ダウリンを問い詰める。
「おい、あんた。ヒナトの言った事は本当か?あ?ヒナトに付け入ろうとして嘘ついてるんじゃないだろうな?おい。」
超至近距離でガン飛ばしてくる店長に、ダウリンは愛想笑いを浮かべて弁明するしかなかった。
「そ、そんな。嘘じゃないですよ。本当に財布の中身を盗まれてしまって。」
「財布見せろ。」
「はい?」
「財布見せろっつってんだよ。」
「は、はい!」
ダウリンは慌ててポケットから財布を出す。
店長はダウリンの手から奪うように財布を取ると中身をチェックする。
「ダウリン・フージ?どっかで聞いた事のある名だな?」
財布に入っていたダウリンの身分証カードを見て、店長は首を傾げる。
「東の方では良くある名前ですからね。よく言われますよ。」
ダウリンはそう言って誤魔化した。
店長は特にその言葉に頷くこともなく、財布の中身を物色する。
「ちっ!なんだよ。小銭もねーじゃねーか。」
「いやぁ。お札だけ入れてて、まだ何も買わないまま、全部盗まれたので。」
「ふん。そりゃ災難だったな。ほらよ。」
店長は財布をダウリンに返すと、何も言わず厨房の入口へと戻っていく。
「あ、ありがとうございます。あの、それで。」
「エプロンはそこ。手洗い場はそこだ。後はヒナトに仕事を教えてもらえ。準備が整ったら開店だ。客が大勢待ってるから気を引きしめろよ。」
店長はそのまま厨房に入って行った。
どうやらこれからパン作りの準備に入るようだ。
ダウリンが戸惑っていると、ヒナトが満面の笑顔で、ダウリンにエプロンを渡しに来た。
「ほら!店長って、いい人でしょ!」
「そ、そうだね。見た目はともかく、思ったよりはいい人そうだね。」
「でしょ!それじゃ、簡単なところから教えるね。」
そう言って、ヒナトは店内の照明をつけた。




