緑桜の木の下
「実は私は今日この街に来たんです。ですが、降り立った駅でどうやらスリに合ってしまったようで。ホテルで財布を出したら、中のお金が全てなくなっていたんですよ。」
「えぇ!?」
ダウリンの言葉に女性が驚く。
「それで途方に暮れて、どうしようかと考えながら歩いていたらこの公園に辿りついていたんです。」
「そうだったんですね。」
「お金を稼がないといけないし、どこかで働くしかないかと思ったところ、あなたが現れたというわけです。」
ダウリンが事情を説明している間、女性はまるで自分のことのように驚いたり悲しんだりしていた。
さっきも思ったが、この人はわかりやすく表情がコロコロとよく変わる。
今も彼女の様子から、ダウリンに同情をしてくれているのはすぐわかった。
すると、急に両手を掴まれた。
「ほんと大変だったんですね!」
「え、ええ。」
「しかもそんな中で、私を助けれてくれるなんて!」
「そ、それは当たり前というか・・・」
「素晴らしい!ほんとあなたっていい人なんですね!」
「そ、それほどでも・・・」
彼女の勢いに気圧されて、ダウリンの体が引くように仰反る。
そこを彼女がさらに詰めてきた。
「わかりました!私から店長に頼んでみます!」
「あ、ありがとうございます。あの、パンは作れないのですが、配達とか他の雑用でしたら何でもやるので。」
「大丈夫ですよ!これでもうちのパン屋はわりと評判がよくて。1人くらい雇える余裕はあると思うんです。それに今まで私と店長の2人で回してるんですけど、ちょっと最近忙しくて。もう1人雇うかどうか店長も悩んでたので、私から紹介すればきっと雇ってくれますよ!」
「そ、そうですか。それは助かります。」
「そしたら、早速お店に行きましょう!えっと・・・」
女性はダウリンの手を離して立ち上がったところで言い淀んだ。
「あ。すいません、自己紹介がまだでしたね。私はダウリン・フージと言います。」
そう言いながらダウリンも立ち上がって、女性に挨拶をする。
「ダウリン・フージ。いい名前ですね。私は・・・」
ふと、あたたかく強い風が吹いた。
公園の緑桜の花びらが、一斉に宙を舞った。
「ヒナト・クレウドールです。みんなヒナトって名前で呼ぶんで、フージさんも名前で呼んでください。」
——— 藤宮様も名前で呼んでください ———
っ!?
・・・なんだ?
今の・・・は?
一瞬。
ほんの一瞬だけ・・・自分の心が。
はるか昔の過去に繋がった気が———
「・ウ・ンさん!・・・ウリンさん!ダウリンさん!」
ダウリンははっと我に返った。
目の前にはヒナトが心配そうな顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
「あ・・・ああ。すいません、ちょっとボーッとしちゃって。」
「そんなに私の名前が衝撃的でした?それとも呼び捨てが嫌でした?」
「いやいや!そんなことないですよ!」
「ふーん?まぁ、いいや。それじゃ、ダウリンさん。私のことは今後ヒナトって呼んでくださいね。」
ヒナトの言葉をすぐに理解できず、ダウリンはゆっくり一拍停止した。
「え・・・えぇ!?そ、そんなまだ会ったばっかりですよ?」
「だって、ダウリンさんは命の恩人じゃないですか。なんなら、知り合い以上の関係性だと思うんですけど。」
ヒナトは悪戯っぽい笑顔を向ける。
距離の詰め方がエグい。
今時の子は皆こうなのだろうか?
ダウリンはふと、ナーシャとランナと初めて会った時の事を思い出した。
ナーシャが挨拶として団長室に来た時は養成所の最上礼式の制服を一部の隙もなく着込み、キビキビとした動作で挨拶をしていた。
目つきも真剣で、下手な事を言ったら刺すぞと言われているようで、対面するこっちの方が緊張した。
言葉遣いはもちろん敬語で、それは今も変わらないが、あの硬い雰囲気は他の仲間と過ごすうちになくなった。
一方のランナはナーシャとは対局で、団長室にロングコートで入ってきたかと思うといきなり「サプラーイズ!!」と言いながらコートを開き、コートの裏にはどういう仕組みなのかわからない、導火線に火がついた無数のロケット花火が縫い付けられていて、次の瞬間、団長室をロケット花火の群れが強襲した。
あまりの事に初動が遅れたが、跳ね返るロケット花火で逆にランナが危ないと、団長席から机を飛び越えつつ、華断の鞘でロケット花火を打ち払いながら、ランナの側に降り立つと、ランナは「やるじゃん。」と小声で驚いていた。
その後、爆発音に慌てて飛び込んだキンダリーに首根っこ掴まれて、ランナは団長室を後にした。
うーん。どっちも参考にならない。
「それとも、私の名前、嫌でした?」
ヒナトの言葉に、ダウリンは意識を再び目の前に戻し、慌てて首を振る。
「そんな事ないですよ!いい名前じゃないですか!」
「じゃあ決まりですね。」
ヒナトの勢いにダウリンはただ押されるだけだった。
ダウリンは観念した。
「はぁ。わかりました。名前で呼びますよ。」
「よし。」
「その代わり、私の事も呼び捨てで呼んでください。」
「え。嫌です。」
ダウリンはヒナトの鋭い否定の言葉に不意打ちを喰らって胸を抑える。
「え?えぇ?」
「だってダウリンさん、私より年上じゃないですか。年上の人を呼び捨てで言うのはちょっと。なんか私の中で違うなーって。なので、私はダウリンさんって呼びますね。」
わ、わからん。
何が違うんだ?
ヒナトの言葉にダウリンはまた混乱した。
そんなダウリンを置いて、ヒナトは倒れた小型浮遊艇に向かうと、自分で起こそうと試みるが、重くてなかなか起こせそうにない。
「すいません、ダウリンさんー!これを起こすの手伝ってくれませんか?」
「は、はい。」
また考え事をしていたダウリンは深く考えるのはよそうと諦め、ヒナトの方へ行くと小型浮遊艇を持ち上げる姿勢になる。
「それじゃいきますよ。ヒナトさん。そっちで支えてください。」
「はい。ダメー。」
ヒナトが両手で大きくばつ印を作る。
「そこは「ヒナト」です。ヒ・ナ・ト。」
「あ。えぇ・・・っと。ヒ、ヒナト。」
「よろしい。」
「なんか言いずらいですね。」
「慣れですよ。慣れ。」
2人で小型浮遊艇を起こすと、ダウリンは小型浮遊艇の下にあるメンテナンス用の小型車輪を出した。
浮遊装置が壊れた時などは浮遊艇はこれを使って移動させる。
ヒナトがハンドルを握ると、ダウリンは小型浮遊艇の後ろに回り、両手で押し始める。
後ろから押された小型浮遊艇はゆっくりと動き出し、そのまま2人は公園から出ていった。
再び公園には静けさが戻った。
穏やかな風に吹かれ、緑桜の花びら達が、戯れ合うようにはらはらと舞った。




