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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第2章 エルツェン
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幸先の行方

なんとかロビーの人混みを抜けて駅舎の外に出ると、星熊祭まで2週間前というのにも関わらず、駅前は既にお祭り状態だった。

ロータリーには乗合の大型艇や小型艇の列が並び、大通りの歩道も人でごった返していた。

ロータリーの横にある細い通りにも観光客目当ての土産物やちょっとした料理を提供する屋台が道の両端に何件も並んでいて、歩いていると美味そうな匂いが鼻と胃袋を刺激した。

上を見上げると、通りの両脇にある建物から延びる紐に吊るされた、上半身が女性で下半身は魚の体を持つ人魚の飾りが、一定の間隔で飾られている。


「へぇ。サイス湖の女神ルマソイか。」


ダウリンは飾りを見上げながら、その出来の良さに感心する。

ルマソイはサイス湖に古くから住むと伝えられている美しい精霊の娘だ。

忌まわしき流星熊タッシュコートは、そのルマソイに求婚するために樹海の奥からサイス湖の畔まで降りてきていると言われていた。

ルマソイはタッシュコートの申し出を断り続けているが、諦めの悪いタッシュコートはそれでも定期的にルマソイ

の元へと訪れることから、この辺りでは諦めの悪い奴をタッシュコート野郎と罵ったりする。


「くらえー!」

「わー!クマキラーだ!逃げろ!」


街の子供達が叫びながらダウリンの横をかけて行った。


びっくりしたぁ。


ダウリンは一瞬自分の通り名を呼ばれて、内心驚いた。

振り返ってさっき通り過ぎた子供達を見ると、走っている子供の手には緑色の剣のおもちゃが握られていた。


あぁ。そういうことか。


ダウリンは自分の名前が呼ばれたことに納得した。


何十年か前にサイス湖の伝承とタッシュコート討伐の話を組み合わせた「サイス湖物語」という絵本が、販売され大ヒットした。

自分に求婚に訪れる度に湖の村も襲ってしまうタッシュコートに心底困っていたルマソイが、旅の途中で通りかかったクマキラーに助けを求め、クマキラーは村人と協力してタッシュコートを退治したというのがその絵本のあらすじである。

たまたま、どこかの街の本屋で見かけ、そのあらすじを読んだら急に自分が出てきていて驚いたことを覚えている。


そしてこの絵本の影響はかなり大きかったらしい。

今も右隣にある土産物屋にはルマソイの人形の他にクマキラーの人形も並び、クマキラーの象徴である緑色の剣の玩具も大量に売られていた。

さらに反対側の土産物屋ではルマソイとクマキラーは2対になっていて、中にはまるで結婚式のように2人が綺麗に着飾っている人形もあった。


おいおい、とこれにはダウリンも思わず苦笑する。


ルマソイっていう精霊には会ったこともないんだけどね。

いるんなら一度お会いしたいくらいだ。


ダウリンはそんな事を思いながら、商店街を抜けて、宿屋街へ歩いていく。

エルツェンの地理は、ここに来る前に地図やガイドブックで事前に勉強していた。

この辺りは貴族や富裕層向けの高いホテルから、仕事で使う安い宿までが集まる宿屋街で、行き交う人はほとんどが大きい荷物や、逆に小綺麗な服を着た軽装の観光客らしい人達だ。


まずは拠点となる宿を探さないとな。


いつまでここにいることになるかわからないから、なるべく安い宿がいい。

ダウリンは高級なホテルが立ち並ぶ通りを折れて、裏通りに出る。

裏通りには手入れがされず看板が擦れているような、如何にも怪しげな宿や古くてボロい宿が連なっていた。

ただ宿の前にはそれぞれ宿泊料が書かれた看板があり、その料金を眺めると意外と宿同士でしのぎを削っているような雰囲気を感じた。


ダウリンがエルツェンに1人で来たのは理由がある。

今回の目的はもちろんハニーの回収、および破壊である。

この前の手紙の暗号から、このエルツェンにハニーがいることはわかっている。

ただエルツェンは大きい街だ。

この街でハニーを探すにはかなりの時間を要する。


ハニーはその呪いが発動すれば強力な魔力が漏れ出すため、魔術を扱える者ならその場所はすぐに特定できる。

しかし、呪いが発動していないハニーは魔力をほぼ出さない。

この状態で探すのはかなり至難な技となる。

ダウリンでも定期的に感知魔法を飛ばし、魔力の揺らぎがあるところをしらみ潰しに探していくやり方しか有効な手法はない。

過去に同じ様にハニーが存在している街まで特定できた時は、そこからハニーを探し当てるのに1年程かかった。

呪いが発動する前に見つけられたから良かったものの、発動した場合はすぐに回収をして、ハニーを目掛けて突撃してくる熊の対処もしなくてはならない。

ハニー探しは根気と、一方で瞬時の対応が求められるのだ。


そんな、海に釣り糸を垂らして大物の魚がかかるのをひたすら待つようなことをしなくてはいけないので、人が多くてもあまり意味がない。

それに団の皆はシャルフジーマの戦いでボロボロだ。

RBは半壊し、ウルフとアウルを全て失ってしまった。

そして隊長のキンダリーは眠ったままである。

赤い靴団の本拠地であるホームに戻ってから、団の立て直しをするためにやる事は山ほどあった。

ただ今まで眠っていたRBもホームに戻って目が覚めたのは朗報だった。

RBに任せれば自分がホームにいなくても支障はほとんどない。

だから、ダウリンだけ先行してハニーを探し、団の準備が整ったら後から合流することにしたのだ。


さっきのホテルと比べたら大分安いけど、それでも思ったよりは高いな。


ダウリンは通りに出ている料金表の看板を見ながら思う。

祭の前だからか、どこの宿も想定していた料金の倍くらいした。

この料金だと今後の滞在費がかなり嵩んでしまう。

ダウリンは悩みながら、通りくまなく周り、比較的安い宿を3軒ほどに絞った。

それでも、1.5倍近くはするが食費を切り詰めればなんとかなるだろう。


まずはここからかな。


ダウリンは3軒の中でも最優力候補の宿の前に立つと、入り口のドアを開いて中に入る。

ロビーは思ったより広く、奥の受付カウンターでは無愛想なおばさんが座っていた。


「予約してる?それとも飛び込み?」

「あ。飛び込みで。」

「1人かい?」

「え、ええ。」


急なおばさんの質問に、ダウリンは慌てながらも答える。


「何泊?」

「あの、一応1ヶ月くらい。」

「1ヶ月!?はぁ。よくそんな期間を飛び込みで取ろうと思ったね、あんた。」


受付のおばさんは呆れたような表情をした。


「あー、やっぱり埋まってますか?」

「他のところだったらね。」

「というと?」

「一応、今ちょうど空いてる部屋が一つあるよ。」

「ほんとですか!?」


これは幸先がいい。

これだけ観光客が多い中で、すぐに宿が決まるのはかなり幸運だ。


「ただし1ヶ月となると条件があるね。まずは1週間分、宿泊代を前払いして頂戴。」

「はい。それなら大丈夫です。」


ダウリンはそう言って、財布をポケットから取り出すと中身を開いた。


心臓が飛び出るかと思った。


財布の中にあった旅費のお金が一切なくなっていたのだ。

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