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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第2章 エルツェン
46/59

手紙が指し示す場所

イコリスとナーシャに己の正体を明かした翌日。


RBの団長室には部屋の主であるダウリンと、リリそしてヤミロがいた。


「これが帝国の急進派がレトロアに渡そうとしていた密書よ。」


そう言ってリリは封蝋がされた一通の封筒をダウリンに渡す。

リリとヤミロは、沈没船の生存者である男に尋問した結果を報告しに来たのだ。


「団長のおかげで、口が軽くて助かったわ。こっちが聞かなくても洗いざらいしゃべってくれるんだもん。」

「むしろ、まともに話してくれるまでが大変でした。僕らのことを神の使者とか、この船を神の舟だとか言って、ずっと頭を床にこすりつけて拝むので。」

「ま、クマキラー信者からしたら、現在進行形で神が降臨しているっていう事だからね。無理もないわ。」


リリとヤミロの会話にダウリンは苦笑する。

ダウリンも自分を神と崇める信者に出会うことは稀にあったが、その時もまともに会話にはならなかった。

ご尊顔を拝したら目が潰れますと、ずっと頭を下げている人もいたが、それは逆に俺を化け物扱いしてないですか?と思ったこともある。


ダウリンが封蝋を丁寧に取って、封筒を開封すると、中には一通の手紙が入っていた。

ダウリンは手紙を広げ、書かれている文面に目を通すと、手紙をリリに渡した。

渡されたリリも手紙を読むと同じように、ヤミロに手紙を渡す。

ヤミロは手紙を受け取ると声を出して読んだ。



ーーー

グリオ・ゴンスターン殿。

貴殿の日頃のご協力とご厚意に、心より御礼申し上げます。

さて、貴殿にご協力頂いているハニー探しですが、

その後の調査により、ハニーはレトロアからさらに北の

方面へ逃げ出した事がわかりました。

そのため、レトロア国内の捜索は終了として下さい。

多大なるご支援ありがとうございました。

この件の御礼については、またご連絡致します。

あなたに大精霊のご加護がありますように。


追伸。ハニーの味見をしましたら、また結果をお知らせ致します。

ーーー




「差出人は書いてないですね。」

手紙を読み終えたヤミロの言葉にダウリンは頷く。


ハニー。

それは呪いであり、そして呪いにかかった対象を指す言葉である。

ハニーは、音が鳴る物が突然変異し、ハニーとなる。

例えば、鈴、太鼓、楽器。

少し変わった物だと食器や鍋、靴というものもあった。


これらがなぜ、ハニーとなるかはわからない。

ダウリンも長年ハニーを追いかけているが、音が鳴るものであることと、発生頻度が数年に1度であること以外、法則性を見出せていない。


このハニーが一番恐ろしいのはその効果である。

ハニーとなった物が音を鳴らすと、普段は縄張りから外には一切出ない熊が、狂ったようにハニー目掛けて殺到するのである。

殺到した熊達はハニーを手に入れようと、お互いを殺し合う。

その熊同士の争いに巻き込まれ、付近一帯は蹂躙され、破壊し尽くされる。

最後には戦い抜いて生き残った熊しかいなくなるが、その熊も樹海ではない場所で争うことでマナを放出しすぎて、大抵は縄張りに戻れずその場で消え失せる。


この最凶の呪いであるハニーだが、タチが悪い事に、ハニーとなる前と後で見た目は一切変わらない。

その為、普通の人は気付けず、ハニーとなった事に気がつかずに音を鳴らしてしまい、街が一夜にして滅んでしまった例もある。

かろうじて、魔術師が見つける事ができるがその方法も、ハニーを手に取ってわずかに漏れ出る魔力を検知するか、ハニーの力が発動した時の魔力を感知するかの2択しかない。


「ハニーが存在しているって事は確実みたいね。そしたら、今回の任務はやった甲斐があったってことかしら。」

「ああ。代償が大きすぎたけどね・・・。」


ダウリンの言葉にリリは一瞬顔が強張る。

キンダリーは未だ意識不明の状態である。

ダウリンの術でこれ以上の樹海毒の進行を抑えてはいるが、あそこまで身体への侵食が酷いとダウリンでも解毒は難しい。

決して当てがないことはないが、その当てがどこにいるかわからないヤブ医者か、気まぐれにしか姿を現さない師匠という、どちらも100年以上会っていない人物なので望みはほぼない。


「しかし、なんか妙ですね。」

手紙を読みこんでいたヤミロが首を傾げた。

その声に内に沈み込みそうな意識が戻った。


「何が妙なんだい?」

「ハニーって、物に取り憑く事が多いって聞いてましたけど。でも、ほら、ここ。この書き方はおかしくないですか?逃げたって書いてありますよね。」


ヤミロが手紙と共に指し示した場所の文章を読むと、確かに文章にはハニーは逃げたと書いてある。


「これはもしかしたら今回のハニーは、物ではなく、動物の可能性もありそうですね。」

「動物?」


リリがヤミロの予想に訝しげに疑問を投げる。


「ええ。例えば犬とか猫とか。あるいは鳥とか。」

「それって、つまり鳴き声が呪われているかも知れないってこと?」

「そうです。だって、そうでないと逃げるという表現なんて使わないと思うんですよ。」

「それは確かにそうかもしれないけど。でも、仮にそうだったとしたら、動物は鳴くことを我慢する事なんてできないんだから、今頃大惨事でニュースになっていると思うけど。」

「そうか。それは確かにリリ先輩の言う通りですね。うーん。」


ダウリンはその話を聞いて思い当たる事が一つだけあった。

ハニーに変異するもので極めて稀な例。


「もしかしたら、今回のハニーは、「人」かもしれない。」

「ひと?」


ダウリンの言葉にリリとヤミロは一瞬何を言っているのかわからないといった顔をした。


「え。まさか。そんなことって有り得るんですか?」

「あぁ。これまでハニーとなった人間には2人会ったことがある。」

「それは声に呪いがかかるって事なの?」

「いや、2人とも喋った声じゃなく、なぜか歌う声に呪いがかかっていた。」

「なるほどね。歌声だったら、歌わなければ問題ないってことね。」

「そんな事があるんですね。あ。でも、ちょっと待ってください。通常はハニーを見つけらそれを壊して音が二度とでないようにしていましたけど、ハニーの呪いにかかったのが仮に人だった場合、その後はどうするんですか?」


ハニーの呪いにかかった物を見つけ出した後は、これ以上被害が出ないように徹底的に壊すのが、赤い靴団の方針だ。

ヤミロの疑問は尤もだった。

だが、その疑問に答えるのは少し躊躇する。


「呪いを消す事はほぼ不可能だ。だから。」


そう言って、ダウリンの手が腰に下げている華断の鞘に触れる。

その瞬間、これまで出会ったハニーの2人の顔が浮かんだ。

どちらもこちらに向けている顔は笑顔だった。

思わず奥歯を噛み締める。

こういう時、記憶が残り続けることこそが本当の呪いだと深く実感するのだ。


「団長?大丈夫?」


リリが心配そうに声をかける。

ダウリンはその声にハッと顔をあげる。


「あぁ。大丈夫だ。ま、これはもしかしたらの話だからさ。どうするかは、ほんとに人だった時に考えよう。」


ダウリンはそう言って誤魔化すが、その場の空気は先ほどより重くなる。

ハニーは不可避の呪い。

呪いだけを解くことはできない。

それは、ハニーを長年追いかけてきたダウリンが出した答えだ。

そして、それをリリとヤミロに教えたのもダウリンだ。

だからこそハニーが人だった場合、選択肢は実質一つだけという事が、今ので2人もわかってしまった。


「そ、そう言えば、この手紙もなかなか興味深いですよね。宛先がレトロアの大物野党議員というところがまた。」

「それのどこが興味深いのよ?」

「う。」


ヤミロが何とか場の空気を変えようと話題を変えようとしたが、それをリリがバッサリ切り捨てる。

リリはこういう時に空気が読めない。

ヤミロは一瞬息が詰まるが、それでも負けずに話を続ける。


「それはですね。レトロアって今は帝国の属国になっているじゃないですか。それに反対して、帝国の支配から脱却し、真の独立を勝ち取ろうと謳っているのが、今のレトロア野党なんですよ。それがですよ。なぜか敵対する帝国の急進派と裏で繋がっているということがこの手紙でわかるわけです。これが世に知れたらレトロアはもう大騒ぎですよ。」

「ふーん。私は全然興味ないわ。そういうの。」

「えー。団長はわかりますよね!?」

「まぁ、少しはね。これでも政治とかも一応経験してきたから。でもこんなのは珍しくもないよ。敵の敵は味方。どっちから先に近づいて来たかは知らないけど、裏でそれぞれが国の覇権を握った時の約束でもしているんだろう。昔からよくあるやり方だよ。」

「そうなんですか。表では嫌いながら裏で手を握るとは。いや、恐ろしい世界ですね。」


ヤミロの言葉にダウリンは苦笑する。

本当にそう思う。

国王をしていた時、信頼していた臣下に裏切られた時は人の醜さを目の当たりにして、しばらく人間不信になってしまったこともある。


「それより、この後はどうするの?」


リリがヤミロの話が長くなりそうだと察知したのか、ダウリンに質問する。


「そうだな。まず生存者の彼だが、彼をこのまま解放してもすぐに急進派に殺されるだろう。シャルフジーマの存在は帝国も知っているだろうから、彼も帝国の中では死んだことになっているはずだ。だから彼には申し訳ないが、これまでの記憶を消して、どこか途中の住みやすそうな街の近くで船から降ろそう。」

「賛成。私たちもしばらくは身を隠さなきゃいけないしね。」


ダウリンとヤミロはリリの言葉に頷く。

今朝のトップニュースは、帝国領内の樹海船爆発事故の報道だった。乗船していたカルシータとシュクナ以下数名の帝国軍関係者が亡くなったとラジオは報じていた。

敵国の攻撃ではないとしているが、爆発の原因はわかっていないらしい。


これは予想になるが、恐らく2人はシャルフジーマの事を予め知っていた。

その上で、依頼の時にその事を話さなかったのは、シャルフジーマの手によって僕らを消したかったからに違いない。

もちろん、シャルフジーマを倒すことは想定していないだろうから、赤い靴の信号がシャルフジーマの攻撃で故障し途絶え、ダウリンからの連絡もないとなれば、作戦は成功したと見えるだろう。

しかし、それでも罠を仕掛けた2人は謎の爆発事故で命を落とした。


これは僕らを殺そうとした2人が、たまたま事故に巻き込まれただけなのだろうか?

まさか。

そんな偶然はそうそう起きない。

そうなると浮かび上がってくるのは黒幕の存在だ。

急進派だけしか知らない情報を2人が知っていたことから、穏健派だと思っていた彼らも、実は急進派だったのだろう。

その上で、僕らを消すように急進派の上層部から指示をされて、カルシータとシュクナは今回の作戦を実行した。

そして実行後、情報を知っている2人を黒幕が消した。

この方がまだ自然な流れとして理解できる。


さらに、この一連の沈没船の流れを見ると、どうやら黒幕は人の命を虫けら程度にしか思っていない邪悪な存在であることが窺える。


そんな存在に再び目をつけられたら、団員達の身が危ない。

ならば、赤い靴団はシャルフジーマとの戦いで全滅した事にして、しばらくはホームで大人しくした方が良いだろう。

ニュースを聞いた後で、リリとヤミロとはそんな話をしていた。


「ハニーはどうやって探すんですか?」

「それ専門の情報を集めてる情報屋がいるから、まずはそいつに当たってみるよ。ハニーの場所がわかれば回収をしよう。」

「早いとこ見つけないとね。帝国の急進派は不穏な事を考えていそうだし。」

「ハニーの味見をしたら結果をお知らせします。ですか。」


ヤミロが手紙の最後の文をもう一度読んだ。

ハニーを味見ということは、ハニーを確保次第、その力を使ってみるという事だろう。

そんな事をしたら、どんな被害が出るかわからない。

なんとしても、帝国より先回りをしてハニーを見つけたい。


「でもさ、この情報を送るためにわざわざ非公式のルートを飛ぶなんて、帝国の急進派も用心深いわよね。それこそ身を隠しながら通常の経路でレトロアに入ることだってできるでしょうに。」

「それは、やっぱり急いでたからじゃないですか?」

「でも、この手紙の内容ってただの報告で、どこにも急ぎの用は書いていないじゃない。」

「言われてみれば確かに・・・。」


レトロアへの非公式ルートを使う理由は極秘裏にかつ早く情報を伝えることに他ならない。

しかしリリの言う通り、手紙の内容には、非公式ルートを使わなくてはいけない程の急ぎの用は書かれていなかった。

微妙な違和感。


「ヤミロ、手紙を貸してくれ。」

「はい。」


ダウリンはヤミロから手紙をもらうと、紙を顔に近づけて手紙を念入りに確認する。


紙は上質だが、普通の紙だ。

匂いもないが・・・。


「彼はレトロアに着いたらどうやってこの手紙を渡そうとしていたんだい?」


ダウリンは手紙を確認しなが質問する。


「なんでも港に迎えが来ることになっていて、後は指示に従えと言われているらしいわ。」

「ということは、レトロアにも急進派が入り込んでいるということか。」


ん?

紙の端に不自然な黒い点が3つある。

文章の途中の不自然な改行。

手紙の上下の装飾。下側のレリーフの葉が一枚欠けている。

ということは、封蝋にはあの紋様が。


ダウリンは封筒を確認して、確信を得た。


「暗号だ。この手紙には暗号が書かれている。」

「え?」

「嘘?」


2人の驚きの声を気にする様子もなく、ダウリンは自分の机の引き出しを開け始める。


「ニュリエ暗号という、西の砂漠周辺にある国で発明された暗号だな。この暗号は帝国では一部の部隊しか使っていないな。」


そう言いながら、ダウリンは引き出しの中を漁って何かを探し始める。


「それは、どんな部隊なんですか?」

「諜報部。後は存在すら隠匿されている隠密部隊。」

「はぁ。また物騒な部隊の名前が出てくるわね。」

「恐らくだけど、あの宛先の議員の秘書に帝国の人間がいるんだろう。本命はその秘書へこの手紙を渡すことだと思うよ。えーっと。こっちになければ、恐らくここら辺に。お。あった、あった。」


お目当てのものは下の引き出しの奥にあった。

銀の装飾が施された筒で、半分は木、半分はガラスで出来ていて、ガラスの中にはキノコが生えていた。

ガラスはほんのり青い光を放っている。

ニュリエ暗号の解読と言えばこれがないと話にならない。


「何ですか、これ。」


ダウリンが机の上に置いた筒を見てヤミロが不思議そうに質問する。


「これは青茸灯と言って、筒の中に特殊な青い光を放つキノコを生やした灯りだよ。」

「これ、生えてるんですか?」

「うん。成長が遅いから10年くらいしても大きさはほぼ変わらないんだよね。」

「へぇー。で、これを何に使うんですか?」

「まぁ、ちょっと待ってて。」


そう言って、ダウリンは青茸灯を手紙にかざして、浮かび上がる数字を別の紙に書き留める。

まともにやると時間がかかるので、ダウリンはざっと暗号を解読して、解読出来たいくつかの言葉を並べる。


「えーっと。ふうと、ばし、ニー、じんび」


これは恐らく、封筒、場所、ハニー、準備という単語だろう。


「ということは、こっちに。」


ダウリンは手紙の入っていた封筒を手に取ると、内側が見えるように一部を破いた。

そして青茸灯の青い光が封筒に当たるように近づける。

ヤミロとリリも興味津々に封筒を覗き込む。

青い光に照らされた封筒の一部に、数字と記号が浮かび上がっていた。


これは———


「この数字は座標?ですか。」


ヤミロの言葉を待たずに、ダウリンは机の上に地図を広げる。

リリも地図を覗き込んで、封筒の裏に浮かび上がった座標を探す。


「あった!ここ!」


リリが指差した場所を見ると、そこにはダウリンにとって懐かしい街の名前が記されていた。


「エルツェン、か。」


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