クマキラーと呼ばれる男
話せば長くなる。
ダウリン・フージとは勿論偽名で、本当の名は藤宮堂林という。
第二次スタンピードの20年前、今は樹海の森に沈んだハジマという国で生まれた。
ハジマは国の要職を宮家と呼ばれる家系が代々担当する事になっていて、国の熊狩りを指揮する熊切方一ノ宮、藤宮家の三男として、幼い頃から長兄、次兄に混じって厳しい修行に明け暮れていた。
そのお陰で、二十歳の頃には前線で一小隊の指揮を取るくらいには強くなっていた。
その頃には許嫁もでき、まさに順風満帆の人生だった。
それまでは。
スタンピードが起こったのは、許嫁との祝言まであと1ヶ月という頃だった。
ハジマは2日も持たずに滅んだ。
これまで誰かにスタンピード中の事を詳しく語った事はない。
それは辛い記憶が蘇るからという理由もあるが、それ以上に言葉で表すには何万語を使っても足りないくらいの光景だったからというのもある。
強いて言うなら、人が思い描く地獄を1としたらその100倍くらいの地獄だった。
熊に慈悲というものはない。
人という種が根絶やしにされようとしている光景は、長い年月を経ても尚、風化せずにはっきりとダウリンの頭の中に刻まれている。
家族、許嫁、友人、知人、国。
ありとあらゆるものを失った俺は、己の死に場所を求め彷徨った。
そんな時、自分と同じように何もかも失い、しかし奇跡的に生き延びた人達が寄せ集まって結成された残存部隊に合流した。
その部隊は何もかも足りなかったが、士気だけは高かった。
だから、やっと自分の死に場所を見つけたと安堵した。
そして、空の上から糸を垂らして地面の針の穴に糸を通すような、ほんの微かな可能性に賭けた人類最後の戦いに挑み、敗れた。
だから、自分の命もそこで尽きるはずだった。
生きていた。
雨の中、熊と人の屍が折り重なる山の上に、ただ自分だけが立っていた。
それだけでなく、ダウリンは心の底から憎んでいる熊の力を得て、死ねない体になっていた。
それから最初の2年くらいはあまり記憶がない。
ただ死に損なった己が許せず、憎むべき熊の力を得ている自分の体も認められず、何度も自殺を試みた。
しかし、何をやってもすぐに己の体は再生された。
これ以上の呪いはあるかと慟哭した。
師匠と出会ったのはそんな頃、何百回目の自殺を図った時だった。
身体が回復して、意識が戻った時、師匠がそこにいた。
「無様ね。」
その言葉がなぜか無性に腹に来た。
次の瞬間、こいつを殺そうと、それまで忌み嫌っていた熊の力も使ってダウリンは師匠に全力で襲いかかっていた。
見事に完敗した。
それからは師匠につき従うようになった。
師匠はスタンピードの後の世界を見て回っているといい、世界中を巡りながら、自分の体のこと、熊のこと、さらには自分の体に宿る力の使い方や、この世の理など、ありとあらゆるものを知っていて、そして何もかも教えてくれた。
師匠のお陰で俺は自分の存在意義を見出し、この力を熊を倒すために使おうと決めた。
二度とスタンピードを起こさせない為に。
師匠と一緒に生活していたのは、ほんの50年くらいだった。
それから俺は師匠と別れ、スタンピードを奇跡的に生き残り、なんとか生活をしていた集落を巡った。
周りの熊を倒して集落の安全を確保し、農作物の収穫量が増えるようにスタンピードで廃れた技術の一部を教え、人々の生活が安定する事に努めた。
そのうちに、集落はやがて街になり、そして国になった。
暮らしが整うにつれて、次第に人々からの信頼も得て、初代国王になったこともあった。
ちなみに後になってわかった事だが、歴史学者達が復興時代と名付けたこの時代、その時に建国された国のほとんどに何らかしら関わっていた。
そのうち、自分がいなくてもみんなの力だけで生活が安定するようになったから、今度は熊の数をとにかく減らす事に専念した。
スタンピードは熊の縄張りが無くなり、飽和状態になる事で発生すると言われていたから。
世界中を巡り、特に熊に対しての攻撃手段を持っていない小さい集落や街の周辺にいる熊を片っ端から退治していった。
自分がクマキラーと呼ばれ始めたのはこの頃からだ
やがて産業が発達し、過去の遺物の技術を応用して船や小型艇が作られ、熊狩団が人々の間で結成されるようになった。
そしたら、今度は人の力では容易に太刀打ちできない、より強い熊を相手にするようになった。
これらの熊は自分でも簡単には倒せないから、準備に5年ほどかけて戦いに臨むといったことが多くなった。
準備の間は近くの街や村に滞在して人々とも交流し、スタンピード後に廃れた技術を復活させたり、事業を起こす人に協力したりと、とにかく産業が発展するように動いていた。
それも、いつかスタンピードがきた時に人類が勝利するために必要な事だからね。
そうして人々と交流しながら準備して、熊を倒したらまた別の場所に行って、また準備して熊を倒すということを長い間続けていたら、次第に熊退治に協力したいと言い出す人が現れてきた。
最初は断っていたけれど、自分を追いかけてくる熱量が高い人も現れ、そのうち一緒に熊を退治するようになった。
そうしたら今度は、一緒に退治した人が強いという噂を聞きつけ、さらに人が集まってきた。
最初は数人だったメンバーが10人、20人と徐々に増えていった。
しかし、人の一生は短い。
今までのように5年に一度のペースで戦っていたらすぐに人は年老いる。
現代人にはもっと熊を倒す経験をつけて、力をつけてもらった方がいいかもしれない。
そう思って熊狩団を結成し、仲間と一緒に多くの熊を退治して回る事にした。
熊狩団を作って各地で熊を退治すようになってからもメンバーは増えていった。
やがて、その人数の多さと強さから百人旅団と呼ばれるようになった。
百人旅団は熊討伐の依頼の中でも、報酬が低くて困っている人達を優先的に助ける方針をとっていたためか、人気も出て、ちょっとした有名熊狩団になっていった。
そんな百人旅団も、次第に自分がいなくてもメンバーだけで強力な熊も退治できるようになっていた。
だから、百人旅団の船から降りた。
百人旅団を辞めてからは、しばらく各地を放浪していた。
人々は自分の力がなくても熊と渡り合えるようになってきている。
この先、自分は何をすればいいだろうか。
そんな事を考える旅だった。
その旅の途中、ふとした事から遺跡の中にあったRBを見つけ、そしてリリとキンダリーに出会った。
もう熊狩団を作ろうとは思っていなかったが、このRBが人類を救う鍵になると思い、赤い靴団を結成した。
そして、各地を転戦しながら仲間を増やしていき、今に至る。
ホームに帰る途中のRBの食堂では、ダウリンの向かいにナーシャとイコリスが座り、その後ろにヤミロが見守るように立っていた。
ダウリンが話している間、ナーシャは終始信じられないというように首を振り、イコリスはその情報量を消化できないでいるのか、口を開けて少し間抜けな顔をしていた。
後ろで聞いていたヤミロは2人の反応に苦笑している。
ヤミロに話した時も、2人と同じような反応をしていたから、過去の自分を思い出しているのかもしれない。
「あ、あの。聞きたい事は山ほどあるんですけど、まず一つ質問いいですか?」
ナーシャが何とか頭を整理しながらという様子で、手を上げる。
「いいよ。」
「団長がシャルフジーマと戦う時に使っていた技。あれって何ですか?魔法ですか?」
「それか。うん。簡単に言うとそうだね。」
「うそ。実在したんだ・・・。」
ナーシャが少し目をキラキラさせていた。
もしかしたら子供の頃に絵本に出てくる魔法に憧れていたのかもしれない。
「スタンピード前の世界では当たり前だったんだ。樹海のマナの力を借りて、人知を超えた力を成す術式。
僕らの国ではそれをシキと言っていたけど、一般的には魔術とか、圧縮魔術と言っていた。魔術は代々受け継がれるもので、使うには血と銘が鍵になっている。昔は熊を退治するのに不可欠な力として、大体国の半分くらいの人間が使えていたんだけど、スタンピードのせいでそのほとんどが絶えてしまったんだよね。今使える人は世界で多分数十人くらいだよ。」
「そうだったんですね。え。それって、私は使えないんですか?」
ナーシャは好奇心を抑えきれない顔をしている。
きっと尻尾があったら盛大に左右に振れているだろう。
「ナーシャの家系図があればわかるけど、多分、使えないと思う。本当に魔術を使える人はそのほとんどがスタンピードで亡くなってしまったからね。だから、今残っている魔術を使える人間はこの力を絶えさせないように、代々魔術を受け継いでいるんだ。」
「そうなんですね。残念。」
ナーシャは明らかにガッカリした表情を見せた。
ナーシャがこんなに魔術に喰いつくとは意外だ。
「そんなに落ち込まなくても。それに今の方が魔術よりも優れているものがいっぱいあるよ。ウルフなんてそのいい例だ。スタンピード前にウルフがあったら、世界中の国王や貴族達が買い漁っていたと思うよ。」
「でも、団長みたいな、あんな芸当出来ないじゃないですか。殲滅砲はシャルフジーマにも効かないし。速度も早くて振り切れる事もできないし。あんな化け物相手に人は無力なんだなって思い知らされました。」
あ、まずい。
ナーシャが今度は落ち込みモードに入ってしまった。
この前の戦いは彼女にとってはショックも大きかったらしく、最近精神の浮き沈みが激しい。
夜な夜な食堂ですぐに酔っ払うのに酒を飲むようになり、ジョーリンからは仕事の邪魔だと苦情が来るようになってしまった。
「あれはしょうがないさ。」
「しょうがないって何ですか。私達には、あのレベルの熊は無理って事ですか。」
「いや、そうじゃなくて。」
「じゃあ、何なんですか?」
「おい。ナーシャ。それくらいにしろよ。団長、困ってんだろ。」
イコリスが見かねて、口を挟む。
ナーシャは拗ねて、そっぽを向いてしまった。
イコリスはやれやれと言うように、肩をすくめる。
ただ、イコリスも少し様子がおかしかった。
イコリスはため息を一つつくと、机に両肘をついて前屈みになる。
「俺は魔術の事とかよくわからないっす。わからないっすけど、団長がすんげー強いという事はわかったっす。それに、リリパイセン達がなんで団長を熊狩りに出さなかったのか。その理由なんとなくもわかったっす。」
「うん。」
「でも、それなら何で。」
イコリスは両の手を握り拳にする。
「何で、もっと早く隊長のことを助けてやれなかったのかって、思っちゃって。」
イコリスの言葉に、その場の空気が重くなる。
「イコリス君、それは」
ヤミロがフォローをしようとしたところを手を上げて止めた。
そしてイコリスの方をまっすぐ見て話した。
「ごめん、イコリス。それは全部俺が悪い。君達が優秀だから、油断していたんだ。これについては弁解の余地はない。本当に申し訳ないと思っている。」
そう言って、ダウリンはイコリスに頭を下げた。
ダウリンには見えないが、頭を下げたダウリンを見て、イコリスは複雑そうな表情をする。
ナーシャも同じだった。
「隊長は。起きるんですか?」
ナーシャの言葉に、ダウリンは少し苦しげに目を瞑って首を横に振る。
「わからない。まだ生きている事は確かだけど。ただ、魂が行方不明なんだ。」
「魂が行方不明?」
「ああ。今は結界の力で体は保たせているけど、魂が肉体に戻らない事には、これ以上の回復は難しい。」
「隊長の魂はどこに?」
「それは俺にも。この手のことは精霊の領域だから。」
「そう、なんですね。」
そうして重い沈黙が続く。
あまりの沈黙にヤミロもどうしたものかと腕を組んで悩んでいる。
すると、突然イコリスがバンと机を両手で叩いて、ダウリンに頭を下げる。
「すいませんでした!」
「イコリス?君が謝ることは」
「いえ!団長を責める気なんて本当はないんっす!団長は命の恩人っすから!団長がいなかったら俺ら今生きてないっすから!ただ、ちょっといろんな事が起きすぎて、どうしていいかわからなくて、混乱してました!だから、ほんとさっきはすんませんっした!」
「いいよ。俺の責任なのは本当の事だから。この団の団長だしさ。」
「でも、助けてもらっておいて偉そうな事を言って、本当にすみません!」
イコリスは机にさらに頭をつけて謝る。
その勢いにダウリンも少し圧倒された。
「イコリス、もう顔をあげて。わかったよ。許すよ。」
「ありがとうございます!」
そしてイコリスは顔だけをあげて、ダウリンを見る。
「それで無礼ついでに質問なんすけど。」
「うん?」
「俺たち。あんな無茶苦茶な熊にも勝てるっすか?」
イコリスの眼差しは真剣だった。
ダウリンはその視線に、少し微笑んで静かに頷いた。
「勝てる。今回は不意打ちだったけど、きちんと準備をして作戦を考えて、RBも君達も万全の状態だったら、勝てるよ。」
「もしRBがいなかったらどうなるんっすか。」
「その場合は人数が必要だね。でも、それでも勝てるよ。実際に百人旅団時代にあのレベルの熊と2回戦ったことがあるけど、いずれも勝ってきた。だから、大丈夫。」
そう言って、ダウリンが力強く頷くと、イコリスはニヤリと笑った。
「わかったっす。なんと言っても、あのクマキラーの言葉ですからね。信じます。」
「私も。」
ナーシャも力強く頷いた。
ダウリンは2人の強い意志を感じ取り、ホッとした。
規格外の強さの熊に遭遇した後、意気消沈して船を降りる者は珍しくない。
臆病者と揶揄するものもいるが、自分は決してそうは思わない。
自分の限りある命を有意義に使う権利は誰に対しても平等にあるはずだ。
ただ将来有望な人が、己の限界を感じ、船を降りてしまうのは少し心が痛かった。
それでも、もっと伸びるから船に残れと言う資格は、限りがない命を持つダウリンにはないと思っていたから、何も言うことはなかった。
実はこの話をする時、2人は船を降りるかもしれないなとダウリンは思っていた。
ウルフ隊はキンダリーで回っていたから、キンダリーが抜けた今、2人がこの団に残る意味はないだろうと。
実際、熊狩団の人の出入りは、それくらいドライだったりする。
しかし、2人は船を降りるとは言わず、どうやったらあんな熊を倒せるかと質問をしてきた。
ダウリンはそれだけで嬉しかった。
「ありがとう。俺から教えられる事は全て教える。だからこれからも、この赤い靴団で頑張って欲しい。」
「「はい!」」
食堂に勢いある返事が響き渡った。
ヤミロだけが、どこから出してきたかわからない趣味の悪いハンカチで目元を拭いていた。




