神と神の戦い
ダウリンの攻めに押されたシャルフジーマは、先程までの勢いはどこかに消え、ダウリンを囲うように遠巻きに腕と手を伸ばしていた。
ダウリンは攻撃の手をやめて、ツバメを上空で静止させるとシャルフジーマを見下ろす。
先ほどのダウリンの攻撃で、シャルフジーマ本体の両腕と顔のいくつかかは切られ、残った顔は全て苦悶の表情を浮かべている。
そろそろ終わりの頃合いか。
思ったより根を上げるのが早かったな。
そう思いながら、ダウリンは目を閉じて集中する。
ダウリンが先程まで唱えていたのは、第二次スタンピード前にはよく使われていたが、その一方でスタンピード以降はその技術がほぼ廃れてしまった圧縮詠唱魔法と呼ばれる代物だ。
圧縮詠唱魔法はその1音に数万の文章に匹敵する詠唱が組み込まれており、尋常ではない魔力を消費する。
そして、今からダウリンが唱えようとしているのは、その圧縮魔法を繋ぎ合わせた連鎖魔法と呼ばれるものである。
連鎖魔法は魔力も集中力も桁違いに必要になるため、第二次スタンピード前でさえ、使えることができたのは極わずかな人間だけだったが、スタンピード以降はダウリン以外の人間で連鎖魔法を使える人はこれまで1人しか見たことがない。
「匂いけぶる藤の花、仰ぎ見るは不死の山、乗り越え行くは不帰の穴、辿り着きたる熊の原。」
ダウリンの詠唱に反応し、周囲の空間にはダウリンを囲むように魔法紋と呼ばれるものがいくつも現れ、それぞれの魔法の使用がこの世界に認可され準備状態になった事を告げる。
ダウリンの周りに魔力が集まってきていることに気がついたのか、シャルフジーマが大きな咆哮した。
すると、ダウリンの頭の中に微かに声が響いた。
——— ナゼ、ワレヲ、オソウ
これは?あいつの声か?
ダウリンはシャルフジーマを見ると、シャルフジーマの顔がダウリンを凝視している。
人と違い表情をあまり読み取れないが、それでも、まるで自分がこんな状況になっていることが信じられないと憤怒していることはシャルフジーマの目から察した。
ナゼ、ワレ、ノ、ジャマ、スル
ナゼ、オマエ、ヒト、コロサナイ
オマエ、クマナノニ ———
ダウリンはその言葉に鼻で笑った。
「なぜかって?教えてあげようか。」
ダウリンは鞘から華断を抜く。
「確かに、俺はお前と同じ熊だけどな。」
目の高さに掲げ、刀身に左手を添える。
「お前と違って、中身は。」
緑色の冷酷な目線が、シャルフジーマを凝視する。
「人だからだよ。」
シャルフジーマはダウリンの答えを聞いて、一際殺気を放ち、ダウリンに向けて突撃した。
ダウリンの周りの樹海面からも、いくつもの腕がダウリンを狙い撃ちしようと飛び出てきて、ありとあらゆる方向から襲いかかる。
その様子をダウリンは平然と見ながら詠唱した。
「藤宮連舞 一幕 紫雪」
突如、シャルフジーマの周りの樹海面が紫色の光に変わり、その光が上空へと昇る。
シャルフジーマは身動きが取れずに、もがき始める。
周りの腕達も同様で、ダウリンに襲いかかるところで、そのまま静止をし震えるようにもがいている。
「二幕 紫月」
今度はシャルフジーマの上から紫色の光の粒が降り注ぐ。
光の粒がシャルフジーマの体に触れると、紫色に変色し、その後にガラスが割れたようにひび割れ、空中に散っていく。
シャルフジーマは痛みに悶える。
光の粒は絶え間なく降り注ぎ、シャルフジーマの巨体を削っていく。
次第にシャルフジーマの胸の辺り、体の一部が消えた箇所に大きな緑色のコアが見えた。
——— ナゼ、ナゼ、ナゼ!
——— ナンデ、コノ、ワタシガ!
——— ナンデ、コンナ、ヤツニ!
——— ウソダ、アリエナイ!
シャルフジーマの顔達が皆、怒りの形相でダウリンを睨みつける。
山の暴神と謳われるような余裕のある顔つきはどこにもない。
——— コノ!クマノ!ナリゾコナイガ!
「その言葉、そのまま返してやるよ。」
ダウリンは無表情につぶやいた。
「この、人のなりぞこないが。」
ダウリンはシャルフジーマのコアに向かって駆け出す。
「三幕 紫花」
言葉と共にツバメの速度は急激に増し、次の瞬間には、ダウリンの姿はシャルフジーマの遥か後方にいた。
手に持つ華断は振り下ろされていた。
一方のシャルフジーマはその動きを止めていた。
ただ、大きな緑色のコアには切れ込みが入っていて、徐々に上下に移動し始める。
次第にシャルフジーマの体も左右に分かれ、それぞれの方向に倒れていく。
さらに樹海面に倒れた半身は、端の方から散り散りと分解され、空へと消えていった。
ダウリンは華断を鞘に収めると、シャルフジーマの元へとツバメを向ける。
天蓋熊シャルフジーマの体はコアが破壊され、身体は分解され消えていく。
ダウリンはその様子を確認すると、一礼をした。
そして、左手の指でリングを触り、シーバを起動する。
『こちら、ダウリン。シャルフジーマの討伐を完了した。みんな、お疲れ様。』
赤い靴団の皆が聞いたのは、神様らしい声ではなく、普段と変わらないダウリンの声だった。




