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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第1章 赤い靴団
35/59

あの人の訪問

ダウリン達が帝都を出発した次の日。


その日の帝都は昨日の晴天から打って変わって、朝から雨が降っていた。

立て続けの会議が終わり、ようやく軍本部にある自分の執務室に戻った時はお昼をとうに過ぎていた。

腹も減ったし、シュクナに何か頼むか。

そう考えながらカルシータは暗い部屋に入って、照明をつけ、手に持っていた書類を机の上に置いた。


「やぁ、カルシータ君。元気?」


後ろからその声を聞いた瞬間、カルシータはその場で固まった。

急激に周りの温度が下がったように感じた。


この声は間違いない。あの人だ。


すぐさま踵を返すと声の方向へと気をつけをして最敬礼をする。


「申し訳ございません!いらっしゃるとは思わず、大変失礼いたしました!」

「いいんだよ。僕が勝手に来ただけだしね。ほら、座って。」


あの人は執務室横の応接エリアのソファに深々と腰掛けていた。

全身深緑のスーツに緑のシャツ、赤と黒のネクタイを締め、右手には高級時計をつけ、茶色の革靴を履いた足を組んでいる。

一見、どこかの貴族か資産家にしか見えないが、その顔には特徴的な不気味な黒い仮面をつけていた。


ここの部屋の主人は自分ではあるが、あの人の勧められるまま、自分も対面のソファに座る。


あの人に会うのはこれが2回目だ。

名前は知らない。

ただ初めて会った時に、ロークと呼んでくれとは言ってはいた。

前回は他の幹部達もいる中で会ったから、直接一対一で話すのは初めてだ。


なぜローク様がここに?目的は?


カルシータは、ロークの不意打ちの訪問に内心動揺をしていたが、それを顔には決して出さなかった。


「なんだ。もう少し驚いてくれると思ったんだけどな。」


ロークはカルシータの反応に少し残念そうな声になる。

果たして本当にそう思っているのか、仮面の上からだとわからない。


「さすがは元蝙蝠部隊のことだけはあるよね。」

「いえ。それほどのことではありません。」


カルシータの頭の中に嫌な思い出が一瞬蘇るが、顔は眉一つ動かさずにいた。

この黒仮面の男に一瞬でも隙を見せると、全てを見透かされ、最後にはただの操り人形になってしまうという恐怖がそうさせた。


「ふふ。君って面白いよね。本当に興味深いなぁ。」

「恐れ入ります。ところで、本日はどのような御用向きでわざわざ、こんな私のところまでいらっしゃったのですか?」


カルシータはすぐに話の核心に迫った。

この人と長時間一緒にいたら自分の心臓がいくつあっても足りない。


「ああ。それは単純な話さ。君が軍の熊討伐記録を更新したと聞いたから、お祝いを言いにきたんだよ。」

「わざわざ、その為にこちらまでいらしたんですか。」

「そうだよ。何か問題でも?」

「いえ。滅相もない。そのお気持ちだけでも恐悦至極です。」

「おめでとう。さすがカルシータ君だね。」

「ありがとうございます。」


全く心のこもっていないお祝いの言葉だった。


「ところでさ。これは聞いた話なんだけどさ。」

「はい。」

「君って、赤い靴団の団長と仲がいいんだって?」

「・・・はい。」


ロークの口から意外な言葉が出てきて、流石のカルシータも反応が少し遅れた。


「どれくらい仲がいいの?」

「帝国に入る直前に知り合いまして。そこから10年ほどになります。」

「へー。そんな前からなんだ。じゃあ親友なんだね。」

「いえ。腐れ縁のようなものです。」

「あ。そうなんだ。腐れ縁ね。」


ロークの会話の先が読めない。

今日ここに来た目的は明らかにこの件だが、これから何を言い出すのか、カルシータにも検討がつかなかった。

カルシータの脇から嫌な汗が垂れる。


「カルシータ君はさ、赤い靴団が「ハニー」を回収しては壊しているって話、知ってた?」


知っている。

カルシータは一瞬思考を停止しかけたが、必死になって頭を回転させる。

どうやったらこの場を切り抜けられるか。


「「ハニー」を集めていることは知っていました。ただ壊しているということは存じ上げておりません。そこまであいつも詳しく話さないので。」

「ふーん。そうなんだ。でも、集めていることは知ってたんだ。」

「大変申し訳ありません。趣味のようなものと思っていましたし、それにここ何年も見つけていないという話を聞いていたものですから、報告するほどのことではないと思っていました。」

「へぇ。そうなんだ。まぁいいよ。誰だって失敗することはあるさ。気にしないで。」

「はい。」


暗にカルシータを責めている言葉に、胃が痛くなる。


「いや、実はさ。赤い靴団と君の部隊との合同作戦を遠くから見ていたんだよ。ほんと、あの団は強いよね。熊と戦ってあの強さなんだ。人と戦っても、かなりのものだと思うんだよね。君は近くで見ていたんでしょ?どうだった?」

「それは・・・ただ強いと感じました。統率も取れていて動きにも無駄がない。何より攻める果敢さと引く冷静さを併せ持っています。間違いなくトップレベルの団だと思います。」

「そうだね。僕もそう思うよ。彼らはこの世界でも1、2を争う熊狩団だ。」


まるで綱渡りのような会話。

首にナイフを突きつけられているような緊張感。

話がどこに着地するか未だに読めない。


ロークはその長い足を組みなおした。


「実は昔からさ、赤い靴団の行動について報告は上がっていたんだけど、情報収集の意味もあって泳がせていたんだよね。どういうわけだか、彼らの方が僕らよりも早く「ハニー」を見つけるからさ。やっぱりハニー狩りをしていると鼻が効くのかな。熊みたいに。」


ロークはそう言って笑ったが、カルシータは笑えなかった。


「でも、今回ばかりは僕らの方が先に「ハニー」を見つけた。数年に1度のチャンスだ。でも、そうなると今度は赤い靴団が敵に回る可能性がある。なんと言ってもハニーには目が無い連中だ。ハニー泥棒になることだってあるだろう。そうなると少々厄介だよね。」

「・・・」

「しかも困ったことに、君の友達がハニー泥棒の親玉だとわかるとさ、君を疑う奴も出てきてしまってね。」

「私が、赤い靴団と内通をしていると?」

「僕はそう思わないけどさ。そう、思う連中もいるってことさ。でも、君が今までこの国の為によく頑張ってくれたのは僕も知っているからね。そんなつまらない噂話で君に濡れ衣が着せられてしまうのは、嫌なんだ。」


そう言ってロークは前のめりになり、右手でカルシータの左耳を触る。


「君は僕のお気に入りだからね。」


カルシータはピクリとも動けなかった。仮面の奥の瞳から目が離せない。

顔が近づいたのは一瞬のはずなのに、何分にも何時間にも感じた。

そして、ロークはまたソファに座り直す。


「そこでさ。僕は君があの赤い靴団と繋がっていないってことを証明する機会を与えようと思ったんだ。」

「機会・・・ですか。」

「そう。実は一昨日、ハニー捜査に協力してくれたレトロアの豚達に、ご褒美の餌を送ったんだ。わざわざヤッフェンから船を出したんだけどね。」

「例の件ですか。ということは、逃げ出したハニーは見つかったのですか?」

「いいや。レトロアには確実にいないことがわかったってだけさ。」

「そうですか。」

「ま、レトロアにいないなら多分もう少し北の方だと思うよ。今は蜥蜴達が動いているから、見つかるのも時間の問題だと思うけどね。全く余計な時間とお金を使う羽目になっちゃったよ。」


あの人は両の手のひらを少し上げて、参ったといったポーズを取る。


「ほんと、無能な部下を持つと困ったもんだよね。おまけにそういう奴ほど、次は挽回するからって命乞いをしてくるから余計にイライラするんだ。自分が無能だとわかったんだから、大人しく死ねばいいのに。カルシータ君もそう思わない?」

「えぇ・・・まぁ。」

「自分のせいなのに、まるで断罪した僕が悪者みたいになるからさ。本当嫌になっちゃうよ。」


そう言いながら、ロークの声はだんだんと怒りの色が滲んだ声になる。

カルシータは無言でそれを受け流す。

変に巻き込まれたら、カルシータ自身もこの場で命を落としかねない。


「それで、なんの話だったっけ。君が質問するからわかんなくちゃったよ。」

「大変申し訳ございません。ヤッフェンからレトロアへ船を出したと・・・」

「あぁ、そうだ。その餌を運んでた船がさ。昨日沈んだんだよね。」


沈んだ?

カルシータの眉が少し上がる。


「しかもその船がさ、沈む時に公開帯域にSOSを出しちゃったんだよ。公式航路上じゃないからそう簡単にサルベージはできないと思うけど、それでも他の船に先を越されちゃうと色々とまずいからさ。急いで救助船を装って蛸部隊が沈没した船の所へ向かったんだ。それが昨日の夜。そしたら、どうなったと思う?」

「どうなった・・・というのは。」

「その蛸部隊の船がどうなったかってことだよ。」

「それは・・・その沈没船から餌を無事に拾いあげたんじゃないんですか?」

「はずれ。そんな普通なことクイズにしないよ。カルシータ君、ユーモアセンスないでしょ。」

「すいません。」

「じゃあ正解だけど。なんと、びっくり。蛸部隊の船も沈んじゃいましたー。」


あの人はおどけた感じに両手をあげて驚いたようなポーズをする。

一方のカルシータは内心、本当に驚いていた。

蛸部隊は特に樹海の中での任務に長けた部隊で、それこそ今回のような沈没船のサルベージや証拠隠滅を得意とする部隊だ。

普通の熊相手に沈むような連中じゃない。


「あれ。思ったより反応ないね。そんな驚かなかった?」

「いえ。かなり驚いています。」

「うそだ。そんな風に全然見えないよ。流石だねぇ。」

「その、一つ質問を宜しいでしょうか。」

「いいよ。」

「蛸部隊が沈んだ原因は何なのですか?」

「そうだよね。やっぱり気になるよね。」

「はい。」

「沈んだ原因は熊さ。」

「熊、ですか?」

「うん。勿論ただの熊じゃないよ。さすがの君も名前を聞いたら驚くと思うよ。」


そう言ってロークはソファの背もたれから起き上がり、前屈みになる。


「天蓋熊シャルフジーマ。」

「て・・・。実在していたんですか・・・!?」

「ほら。驚いた!驚いた顔もいいね。」


ロークはカルシータの驚きの反応がいたく気に入ったようだ。

カルシータは軽く咳払いをすると表情を戻す。


ただ、伝説の熊の名前を聞いて、カルシータの頭は混乱していた。

絵本にも出てくるジンギス山脈に棲むという幻の熊。

それが麓に降りて来て人を襲っていると言っても、10人中10人が嘘つくなと、言うだろう。


「失礼ですが、その話は本当なのですか?」

「恐らくね。沈没する船からの最後の報告と、蛸部隊を襲った熊の行動パターン、あとは遠距離からの観測の結果を元にした推測だけど。こちらとしては沈没した原因の6割がシャルフジーマ、残り4割が不運な事故など様々な可能性って感じかな。ま、直接観測できない以上、これ以上の精度は期待できないね。」


カルシータはロークの言葉に唾を飲み込むしかない。

シャルフジーマの可能性が6割も出ているなら、ほぼ間違いないだろう。

これ以上精度をあげるなら目視をした人間が報告するしかないが、シャルフジーマの強さが伝説の通りなら、姿を見た人間は誰1人生きて帰ってはこれまい。


シャルフジーマの存在が現実だったとしたら、今度はなぜそんな熊が麓まで降りて来たのかが気になる。


「あの、シャルフジーマが麓の都市部に近いところまで降りてきている理由というのは、やはり。」

「ハニーが原因だろうね。5年前に起こった事件がじわじわと熊の縄張りに変化をもたらしていったんだろう。ま、熊も快適な場所を求める動物だったってことさ。」


学者連中が聞いたら狂喜乱舞しそうな話だな。

熊は縄張りが固定されるとちょっとの事では動かず、年齢が高い熊ほどその傾向が強くなるというのが、今の学会の定説だ。

その前提が覆されているのだ。


「そうしたら、すぐにそのエリアを協会に伝えて立入禁止区域に指定しなければ。」

「まぁね。でも、その前にさ。僕はこの話を聞いて、ちょっといい事を思いついたんだ。」

「いい事というのは・・・一体・・・。」


まさか。


「あの強い強い赤い靴団を天蓋熊シャルフジーマの縄張りに誘き寄せたらさ。彼らは生きて帰って来れるかな?」


ロークの言葉はカルシータの身体に蛇のように巻きついてくる。

昨日見送ったダウリン達の顔が浮かぶ。


「・・・流石に無理でしょうね。」

「でしょ!僕らが手を下す場合さ、色々と面倒くさいし、こっちも無傷とはいえないけどさ、これだったら僕らは何もしなくてもいいんだよ。問題はどうやって彼らを誘き寄せるかだけど、カルシータ君がいるなら、それは簡単な事だし、何より君が率先して彼等を誘導する事で君の疑いも晴れる!なんて効率良い作戦なんだ!って、思いついた時は思わず声を上げちゃったよね。」


ロークは子供のように無邪気な声で捲し立てるように話す。

それが逆に彼の不気味さを増していた。


「ということでさ、カルシータ君、任せたよ。シャルフジーマに赤い靴を掃除してもらってよ。」

「・・・承知しました。ただ、彼はなかなか用心深く、私の依頼もなかなか受けない奴なのですが、善処します。」


カルシータはせめてもの抵抗として、明確な答えを避けた。


「ふーん。まぁそうじゃなきゃ、あんな無茶な戦い方でこれまで生き残ってはこれないよね。ま、そこはさ、よろしく頼んだよ。それじゃあ伝えたいことは伝えたから、僕はそろそろ戻るね。」


ロークはそう言ってソファから立ち上がると、カルシータも見送る為にソファを立つ。

ドアノブに手をかけて、ロークはカルシータに振り向く。

仮面の下の口元は笑っている。


「そうそう。シュクナって子、君の秘書だっけ?良い子だよね。」

「え、ええ。」


カルシータはロークの不意打ちに相槌しか打てなかった。


「ただ、いつまでも世間を知らないお嬢様じゃ、君の秘書としては失格なんじゃないかな?」

「いえ、そんな事は・・・」

「そう?君は優しいね。ただ僕としては君にはもっと活躍してほしいし、そのための人材も用意するけど?」

「いえ、そんな恐れ多いです。私の方で教育しておきますので。」

「そっか。」


ロークはドアを開ける。

ドアの先は見慣れた廊下のはずだが、なぜか暗くてよく見えない。


「でも僕は無能な子が嫌いなんだよね。次会った時も世間を知らないようなら。」


ロークはいつもと雰囲気が異なるドアから部屋を出る。


「僕がどうかしちゃうかもしれないから、気をつけてね。」


その言葉を残して、ドアが閉まった。


カルシータが慌ててドアを開けると、そこは見慣れた本部の廊下があった。


部屋の外に出て廊下の左右を見るが、そこには誰もいなかった。

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