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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第1章 赤い靴団
34/59

副師団長室

ニオ帝国の帝都から東に50キーロ。


広い樹海にまるで島のようにポッカリと切り開かれた丸い平地があった。

樹海と平地の境には5メトル程の高い塀が建てられ、平地には大小様々な建物が立ち、その間にはいくつもの道が整備されていた。

その中でも平地を東西に分断する一際大きい道を辿り、平地の中央部へ進むと、先ほどの塀よりは小さい塀と大きな鉄門が現れる。

門柱には達筆な文字で「帝国軍第3師団本部」と書かれた金属の看板が掲げられ、鉄門の横には銃を携帯した衛兵が左右に2人、直立不動で待機して門に入る人々を警戒している。

その門の奥へとさらに進むと、正面に一際立派で豪奢な作りの5階建ての建物が見えてくる。

建物の正面は浮遊艇が停めやすい環状道路になっていて、中央に丸く植栽が配置されている。

建物の入口は鏡石をふんだんに使った豪華な造りになっていて、ここにも衛兵が2人銃剣を構えて待機している。

入口から中に入ると、そこは高さ10メトルはあろうかという吹き抜けの豪奢なエントランスとなっていて、大型で煌びやかなシャンデリアの光が降り注いでいる。

正面には貴重なアティア材を使った豪華な大階段があり、エントランスの左右には建物の奥へと続く通路が延びている。

通路の横には、師団の事務全般を担う総務局や、武器や食料の調達を行う調達局など、様々な局の札が並び、束になった書類を持った軍服の人々が、部屋から別の部屋へと慌ただしく出入りしている。

部屋の入口を通して、廊下のあちこちから話し声や雷通機の呼出ベルの音が聞こえて1階は騒々しい。

エントランスを抜けて、大階段を登る。

途中踊り場で左右に分かれ、東棟と西棟の2階へそれぞれ続いている。

さらに踊り場の正面の壁には、現皇帝の大きな肖像画と、国旗、そして軍旗が掛けられている。

ここでは右側、東棟へと向かう階段を登る。

階段を上がり切ると、正面に通路、左手側に三階へと続く階段が見える。

そのまま通路を真っ直ぐ進むと、そこは会議室のエリアだ。

通路の左右には幾つものドアが並びその横には会議室の名札が付けられている。

通路を進むとドア越しに幾つもの声が聞こえる。

どれも低くくぐもっていて聞き取れないが、たまに怒声がする部屋もあり、なんとも言えない緊張が通路にまで漏れ出している。

通路の突き当たりまで行くと、こちらにも1階と3階へ行ける階段があり、3階へと上がると、今度は幹部室のあるエリアとなる。

幹部室は通路を挟んで左右に部屋が並び、下の階と比べて、豪華な意匠が柱や照明、ドアに施されており、通路は赤い絨毯で覆われている。

そんな通路をまた建物の中央へと戻る形で進むと、胸元に徽章をいくつもぶら下げた軍服を着た幹部らしき人物が秘書を何人も引き連れて出て行く様子や、秘書が大量の書類を抱えて部屋に入っていく様子が見える。

中央部の辺りまで戻り、右手の階段を上がった4階は1階の喧騒が嘘のようにしんと静まりかえっている。

ここのエリアは師団長と副師団長の部屋のみがある。

東棟、西棟とも左右対称の作りとなっていて

それぞれの階段を上った目の前が副師団長室があり、通路の中央ちょうど建物の中心にある部屋が師団長室となる。


ちょうど東棟側の副師団長室のドアの前に書類の束を持ったシュクナの姿が見える。

シュクナは右手でドアを2回ノックする。

すると、ドアの奥からくぐもった声が聞こえた。

シュクナは、その声が部屋へ入って良い事だと理解したのか、ドアを開けて「失礼します。」と言いながら部屋の中に入る。

副師団長室は幅20メトル奥行きが10メトルはあろうかという大きな部屋で、床は赤い絨毯で覆われ、高い天井の中心にはシンプルながら大きなシャンデリアが設置されている。部屋の奥には細長い縦長の窓がいくつも設置されていて、南向きのせいか、この時間は日差しが部屋の中まで降り注いで明るい。

部屋の右手には賞状やトロフィー、勲章などが飾られていて、左手には会合用の大きなソファとローテーブルが置かれ、その奥には壁一面に造り付けの本棚があり、本が隙間なく置いてある。

ドアの正面には重厚なアティア材の机があり、その上には雷通機とペン立てがおかれ、それ以外のスペースは山と積まれた書類が置いてあった。

書類の山の奥でカルシータが、かろうじて作ったスペースで書類仕事をしていて、何やらペンで紙に書き込んでいる。


シュクナは後ろ手でドアを締めて机の方まで歩みを進めると、報告する。


「カルシータ様。国内の最新の熊分布情報と今月の部隊戦績の速報をお持ちしました。」

「ああ。ありがとう。」


そう言って、カルシータはシュクナが持ってきた書類の束を受け取り、何枚かめくる。


「・・・わかった。あとでじっくり見るから、そこに置いておいてくれ。」


カルシータはそう言ってシュクナに書類の束を返し、書き物を再開する。

シュクナは書類の山の上に持ってきた書類を置いた。

普段なら仕事の邪魔をしないようにすぐに踵を返して、部屋から出るシュクナだが、今日はそのまま黙ってカルシータを見つめる。

シュクナの視線に気付いたのか、カルシータはペンを持つ手を止めて、シュクナの方を見る。


「どうした?」


カルシータの言葉にシュクナは少し躊躇いながら言葉を発する。


「・・・あの、カルシータ様。そろそろダウリン様達が作戦ポイントに到着する時刻です・・・。」

「・・・そうか。」


カルシータはそう一言だけ呟くと、また書類に視線を落とし、書き物を再開する。

シュクナはその様子を見て、言葉を続ける。


「本当によろしかったのですか。ダウリン様は」

「シュクナ。言っただろう。」


カルシータはシュクナの言葉を遮り、ペンを置くと、革張りの豪華な副師団長席に深く座り込み、シュクナを見る。


「俺は10年来の親友であろうと、あの人の指示であれば殺す。」

「そうですが・・・」


シュクナは次の言葉を飲み込む。


「いずれにせよ、いつかは敵対する事になっていた。あいつの団の戦い方は常軌を逸している。少数精鋭なんてもんじゃない、一騎当千の化け物たちの集まりだ。しかもダウリンは一度も討伐には参加していない。それでうちの討伐部隊よりも成果を上げているんだ。悔しさを通り越して笑ってしまうくらいだ。」


カルシータは座席を半回転させて、席を立つと窓際によって外を見る。

窓から見える訓練場では、何百人もの兵が厳しい教官達にしごかれている最中だった。


「赤い靴団を敵に回すとこちらの被害も甚大だ。それを熊が排除してくれるんだ。こんな好機はないだろう?」


カルシータの声には全く感情がこもっていなかった。


「もしも、ダウリン様が今回の依頼を受けなかったら。こんな事にはならなかったのでしょうか・・・」

「わからない。けれど、この話をしても現状は変わらない。ダイスは既に振られたんだ。」


カルシータは少し苦しそうに息を吐きながら答える。


「・・・すみません。出過ぎた事を言いました。失礼致しました。」


シュクナは一礼すると、カルシータの部屋を後にした。

カルシータは立ったまま、ドアが閉まった音を背中で聞いて、大きく長いため息をついた。


ダウリン達に詳細な情報を伝える際、カルシータはシュクナに次のことは決して伝えないように指示していた。


目標ポイント周辺の熊の縄張りが変わっていること。

実は捜索隊の船は既にビルトから出ていたこと。

そして、その船はジンギス山脈から降りてきた天蓋熊シャルフジーマによって沈没していること。


シュクナは冷静な顔つきでメモをしていたが、その手は震えていた。

その後の彼女は、普段と変わらない様子だったが、それも気丈に振る舞っているだけのようだ。

シュクナは昔、赤い靴団は皆優秀で人が良く、特に艦長のリリとは趣味が合うと言って、楽しげに話していた事があった。

そんな知り合いを死地に連れ込む片棒を、軍の命令とはいえ担いでしまったのだ。

無理もない。


もしもダウリンが今回の依頼を受けなかったらか。


カルシータはシュクナの質問について少し考えてみる。

しかし、答えは一つだった。


ダウリンが依頼を受けるか、受けないかで変わる事はなかった。

そもそもあの人と、あの日に会った時からこうなる運命だったのだ。

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