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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第1章 赤い靴団
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天蓋熊シャルフジーマ

シャルフジーマの腕の一つが樹海面から勢いよく突き出て、ナーシャがウルフごと空高く打ち上げられ、まるで放り投げられた人形のように樹海へと落ちていくところをヤミロとランナはアウルから見た。


『ナァァーシャァァー!!』


座席の後ろでランナの悲痛な叫び声が聞こえる。

ヤミロも一瞬目を瞑るが、すぐに心を鬼にして、アウルを方向転換してRBへ向ける。


「ヤミロ君!ナーシャが!」

「わかってる!でも今はRBに戻るしかない!」

「駄目!戻って!ナーシャを助けないと!」


ランナがアウルの窓を叩く。


「だめだ!これ以上、犠牲を増やしちゃいけない!」

「ヤミロ君!でもナーシャが!あのままだと、ナーシャが死んじゃう!」

「ランナ!君もわかってるだろ!全滅したらだめだ!こういう時は1人でも生き残らないと駄目なんだ!」


そうでないと誰が死んだ者の事を覚えていられる?

熊狩団という存在は、全滅したらそこで終わりだ。

伝統も記憶も仲間の意志も、全て樹海の闇に沈む。

そうやって、いくつもの名もなき熊狩団が消えていった。

1人でも生き残る。

仲間の生きた証を残せるように。

それは赤い靴団の掟だ。


「っく。・・・くそ!くそ!」


ランナの涙声と、計器を激しく叩く音がする。


「何だよ、あいつぅ。レーダーにあんなやつ、全然うつらなかったじゃんかよぉ・・・」


確かにそうだ。

ずっと作戦で一緒にいるからわかるが、ランナの捜索士としての腕は一流だ。

レーダーの見落としなんて絶対にしない。

おまけに、レーダーも特別製でギリギリまで感度を上げられるようにゴリゴリにチューニングが施されている。

普通の熊なら50キーロ先でも何処にいるのか手に取るようにわかる。

それがシャルフジーマには一切通用しなかった。


天蓋熊シャルフジーマ。


大精霊のイクサから天を支えよと命を受けてジンギス山脈に住んだとも言われる伝説の熊。その神域を犯したものは何人たりとも返さず、かつて、ある国が数十万に上る討伐隊を向かわせたが、帰ってくる人は1人もいなかったという逸話もある。


知識としては知っている。

だが、知識だけにしたかった。

何事も経験だと人は言うが、経験しなくてもいい事もある。

シャルフジーマに遭遇する経験など、その筆頭だろう。

遭遇してわかる。

こんな馬鹿みたいな奴、人間でどうにかできる代物ではない。



『ヤミロ!後ろ!』


リリ先輩の声が聞こえる。

ヤミロが振り向くと、後ろから触手のような小さい熊の手が何本もアウルを捕まえようと追いかけてくる。

どうやらあいつは大小の腕を自在に出せるらしい。


「くっそぉぉ!」


ヤミロはアウルのエンジンを全開にし、機体を左右に振りながら、追いかける腕をかわす。

何本もの腕が、アウルを捕まえきれず樹海に落ちていき、また新たに何本もの腕がアウルに襲いかかる。

絶え間なく続く襲撃をヤミロは必死に回避する。


いつまで続く?

もうどれくらい経った?

何分?いや、何秒か?

時間の感覚がおかしくなり、視界の周りも黒くぼやけてくる。



「ヤミロ君、大丈夫!回避できた!もう追いかけてこなくなった!」


ランナの声を聞いて、ヤミロの意識が引き戻される。

後ろを振り向くと、確かに熊の手は追いかけてきてこなかった。

集中しすぎて息をしていなかったのか息苦しい。

全身で呼吸をしていた。


「はぁはぁ。なんとか切り抜けられたか・・・?」


ヤミロがほっとため息をついた瞬間だった。


「ぐっ!?」

「きゃ!?」


急な衝撃がヤミロ達を襲い、身体が座席に思い切り叩きつけられる。

あまりの衝撃で、すぐに息ができなかった。


咳き込んで、息をやっと吸うと、周りの光景が見えてきた。

操縦席の窓には白くて硬い質感がわかるくらい近くに熊の巨大な爪があった。

どうやら、アウルは樹海から伸びたシャルフジーマの手に掴まれたらしい。


アウルから悲鳴のような金属音が聞こえ始める。


握りつぶそうとしている!


ヤミロは急いで自分の後ろのランナに声をかける。


「ランナ!ランナ!」


ランナは反応しない。

座席の後ろを振り向くと、ランナはさっきの衝撃でどこか頭を打ったのか、気絶していた。


脱出装置を作動させれば。


ヤミロは急いでシートベルトを外し、後ろを振り向く。

ランナの座席の横にある脱出装置のレバーに右手を伸ばして、押そうとしたら右腕を急にランナに掴まれた。

とっさに顔をあげてランナの方を向くと、ランナの顔がすぐ近くにあった。

そして、ヤミロを怒るように見ていた。


「なにしてんの。だめ。」

「せめて、君だけでも!」

「だめ!ヤミロ君を置いていけない!」


ランナの言葉に、一瞬、自分の感情がごちゃ混ぜになって涙が出そうになる。

自分でよくわからないその感情に身を任せたい誘惑に狩られたが、強引にそれをねじ伏せた。


「何を言ってるんだ。1人でも多く生きるんだ。」

「それだったらヤミロ君から先に逃げて。」

「駄目だ。僕のはもう壊れてる。」


シートベルトを外した時に目視で確認した。

座席のフレームは歪んでいて、脱出装置自体も曲がっていた。

あれでは外に出るのは難しい。


「それなら、私の席と交換してヤミロ君が逃げて。」

「何言ってるんだ!生き残るのは君だ!赤い靴団には君の力がこれからも必要なんだ!」


ヤミロはそう言ってレバーを力ずくで押そうとするが、ランナがそれを両手で押し留める。


「なんで邪魔をするんだよ!」

「わかんない!」

「わかんないって何だよ!」

「わかんないものはわかんないの!でも私だけ逃げるのは絶対いや!」


死ぬかもしれないって時に何を言ってるんだ、こいつ!


ヤミロはそう思って、左手も使ってランナの掴んだ腕を外そうとしたところで、下から爆発音と振動が響く。


『ヤミロ!ランナ!2人とも無事!?』


シーバからリリの声が聞こえてくる。


『今、アウルを掴んでいる腕にRBから遠方射撃してるから!無事なら、隙を見て逃げて!』


リリからのシーバの声に2人は顔を見合わせる。

生きる希望がわずかだが湧いた。

お互い大きく頷くと、ヤミロは急いで操縦席に戻ってシートベルトをつける。


『こちらヤミロ!2人とも無事です!隙を見て脱出します!』


ヤミロはシーバに応答すると、操縦桿を握り、機体のチェックをする。

計器類に写っている絶望的な数値が次々と目に飛び込み、思わず頭を抱えて天を仰ぎそうになるが、その気持ちを抑え込んで必死に思考する。


防御装置は無傷で、1回くらいの攻撃ならなんとかなる。

燃料は漏れているが、まだ空ではない。

翼は折れているが、浮遊装置はまだ生きている。

ジェット噴射もできそうだ。

よし!

いろいろ足りないが、なんとか駆使すれば、あと10分くらいは飛べそうだ。


「ランナ!この熊からの抜け道探せる!?」

「今やってる!」


生存確率は万に一つ。

地獄から地獄への綱渡り。

上等じゃないか。

やってやる!


さっきより激しい爆発音と振動がした。

そして、アウルを掴んでいたシャルフジーマの手が離れた。


今だ!


ヤミロはアウルの機体をジェットの逆噴射で動かし、浮遊装置の出力を最大にする。

アウルはシャルフジーマの手から離れ、空中を上へ上へと加速していく。

完全に手から離れた所で細かくジェットで機体を方向転換させてRBの方へと向ける。

下ではRBが艦砲でシャルフジーマに牽制している。

ヤミロはジェット噴射の出力を最大にする。

アウルは加速を始める。


遅い!

もっと早く!


そうは思ってもジェット噴射はこれが限界だ。

花火と一緒で噴射した時が最大出力で、これ以上パワーを上げることなどできない。

わかっている。頭ではわかってはいるから余計に焦る。


一か八か。

ギリギリの所で浮遊装置を使えばー


ヤミロは浮遊装置の出力を急激に下げた。

すると今度はアウルが落下をし始めた。

ジェット噴射の慣性によってアウルは逆の孤を描くように、前に進みながら落ちていく。

さっきよりスピードは増したが、このまま行くと樹海面に激突し、そのまま機体が崩壊する。

ヤミロはタイミングを見計らい浮遊装置を最大出力にまで持っていく。


落ちるなよ!


浮力と重力と推進力の合わせ技で、アウルは樹海面にまるで着陸するようなカーブを描き、樹海面ギリギリを滑るように進んでいく。


よし!このまま進めば!


「ヤミロ君!左!」


ランナの声に左を向くと、前方から白い何かが物凄いスピードでアウルに迫って来ていた。

慌てて手元の防御装置ボタンをオンにして操縦桿を握り直して衝撃に備えようとしたところで物凄い衝撃と激しい衝突音が襲いかかり、目の前の景色が目まぐるしく変わって







「うそ・・・」


リリは、シャルフジーマの手の一つがアウルを横に薙ぎ払ったのをブリッジから見ていた。

アウルは浮遊装置のせいか樹海に落ちず樹海面を煙を吹きながら転がるように滑っていった。


『ヤミロ!ランナ!聞こえる!?返事して!お願い!』


真面目な性格が滲みでる落ち着いたヤミロの声も、

テンション高く無邪気なランナの声も、

シーバからは聞こえてこない。


『団長!キンダリー!ナーシャ!イコリス!誰でもいいから!誰でもいいから返事して!』


優しい団長の声も、

野太く低いキンダリーの声も、

強気混じりの高いナーシャの声も、

少しすかした生意気な感じのイコリスの声も。


聞こえない。

何も聞こえなかった。

さっきまで当たり前のように聞こえていたのに。


リリは右手で思い切り操作卓を叩く。

その衝撃で、卓に置いていたティーカップが揺れ、飲みかけの紅茶が手にかかる。


キンダリー達が帰ってくると聞いてから淹れ直したお茶は、まだほんのりと温かった。

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