表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第1章 赤い靴団
32/59

死神の笛


急にどうしたの?


ナーシャは団長のシーバを聞いて、思わず団長の方に振り向く。

すると、団長のツバメが凄い勢いでこちらに向かっているのが見えた。


『団長!?どういうことですか?』

『これは罠だ!いいから、すぐにその場を離れてRBに戻れ!すぐに熊が来るぞ!』


罠?熊?

頭は混乱しているが、団長の様子から尋常ではない事態だと察して、すぐにウルフを走らせて旋回する。


『隊長達はどうするんですか!?』

『後から回収する!ここより樹海の中の方が安全だ!』


樹海の中の方が安全ってそんなことある?


ナーシャはいよいよ訳がわからなかったが、とりあえずRBに向かって全力でウルフを走らせた。

団長もツバメも弧を描いてナーシャの後ろにつく。

上を見るとアウルも旋回をしてRBに戻ろうとしていた。


『ナーシャよりRBへ。これからRBに戻ります。ドッグへの収容』


腰にぶら下げていた脅威アラームがけたたましく鳴り始めた。

その音を聞いて、ナーシャは今自分がどんな状況にいるのか瞬時に理解した。


危険な熊がいる事を知らせる熊協謹製の脅威アラームは、熊狩団に入っている人ならほぼ全員が持っているアイテムで、養成所の卒業前にもこのアラームは配られる。

デザイン性は皆無のこの無骨なアラームを渡すときにはルールがあって、実際にこのアラームの音を鳴らしながら、どういうパターンの音が鳴ったら、どれくらいの脅威の熊がいることを示しているかを渡す人に必ず教えなくてはいけない。

例えば、1秒間隔で音が鳴るパターンの場合。

これは生存確率50%の脅威レベル3の熊がいる事を知らせている。

このアラームの範囲は大体半径1キーロ圏内なので、数十秒後にはそのレベルの熊に遭遇する可能性があることになる。

さらに短い間隔で音が鳴る場合は、生存確率30%の脅威レベル4の熊がいるということを示している。

このレベルだと、数秒で遭遇もしくはこの音を聞いた時には、襲撃されている。


そして最後のパターン。

間隔がなく鳴り続けている場合。

これは生存確率10%以下の、脅威レベル5の熊がいることを教えてくれる。


そして、これはルールにはないのだが、ある種の伝統として最後の音を鳴らしてから渡す人に必ず次の事を伝えるのだ。

この音は通称「死神の笛」と言われているということ。

そして、次にこの音を聞く時は、自分が死ぬ時だということを。


今、ナーシャの耳にはその「死神の笛」が聞こえていた。


ナーシャの全身に悪寒が走る。

本能的に後ろを振り向くと、さっきまでいた樹海盤の周りが暗く日陰になっていた。


なぜ日が陰っている?


上を見上げると、いつの間にか空には鋭い爪を持った巨大な白い手とそこから伸びた白い腕が見えた。

手も腕も笑ってしまうほどデカく、現実感がまるでない。

まるで白い大蛇の胴のような腕を目線で辿っていくと、先ほどは何もなかった樹海面からその腕は生えていた。

巨大な手は砲弾と同じくらいの速度で落ちてきて、虫を潰すかのように樹海盤を樹海の中に叩き込む。


樹海では普通発生しないマナの飛沫が盛大に上がった。


『ナーシャ!樹海が波立つぞ!気をつけろ。』


気をつけろって何を!?

団長の声がするが、アラーム音と目の前の光景に混乱してよく理解ができない。

すると、先ほどの巨大な手からの衝撃がナーシャのウルフにまですぐに到達し、ウルフは大きく上下に揺さぶられる。


何これ!?無茶苦茶すぎるんですけど!!


ナーシャは勢いよく跳ねるウルフを樹海に沈まないように必死に操作をしてなんとか姿勢を保つ。


おかしい。おかしい。普通は樹海がこんなに波打つことなんてない。


『団長!あれは何なの!?』


シーバからリリ先輩の声が聞こえた。


『熊だ!ランナのセンサーにも反応してなかったから、恐らくハイディーンだろう!』


熊といっても行動パターンによって様々なタイプが存在する。

炎を吐くフィアー、毒を持つポイゾナ、空を飛ぶバードンなど。

その中でも一番陰湿と言われるのがハイディーンというタイプだ。

ハイディーンは隠蔽スキルが高いのが特徴で、最新のセンサーさえも感知しないほど巧妙に己の存在を隠す。

そして、縄張りに人を誘き寄せては殺戮を繰り返すのだ

一説によると、人を殺す事はハイディーンにとって一種の娯楽らしい。

隠れているハイディーンを見つけることはほぼ不可能で、その強力なスキルから現存している全てのハイディーンタイプの熊は、熊協のリストにノミネートされている。


『嘘でしょ。この辺にそんな強いやつなんて・・・』

『縄張りが思った以上に変わっていたんだ!たぶんこの辺りの熊はほとんどいなくなって、ジンギス山脈の方から降りてきたんだ!』

『ちょっと待って!?ジンギス山脈にいたハイディーン!?だとしたら、あれは・・・』

『ああ。あれが天蓋熊シャルフジーマだ。』


シャルフジーマ。

現地の言葉で「神の座を統べるもの」という意味を持つ、伝説級の熊。

ジンギス山脈の奥深くで何百年も生きていると言われ、しかし観測もされず目撃したものもおらず、存在自体が幻と言われている。


あれが。


ナーシャはウルフを制御しながら、後ろを向く。

樹海面からは既にいくつもの手が空に向かって伸び始めていた。

腕の太さだけ見ても、ついさっき戦った若い熊の何倍も大きい。

数分前まで、美しくのどかで穏やかだった光景が、一瞬にしてこの世のものとは思えない、不気味な光景に様変わりしている。


「!。っとぉ!」


後ろに気をとられていたせいで、ウルフが波に跳ね上がって横回転しそうなところをなんとか体で軌道修正する。


駄目だ。落ち着けナーシャ。冷静になれ。浮き足だったら死ぬぞ。


ナーシャは気合いを入れ直して、樹海面にできた波をなんとか乗りこなしながら、もう一度熊の方を見る。


空へと向かう手と腕は何十本も樹海面から生え、まるで大きな柵のようになっている。

そしてその柵の中央あたりに、一際大きい白い物体がゆっくりと浮かび始めた。

顔のような造形が樹海面から上がってくると、その額の中央には紫色に輝くコアが見えた。


あれが本体!

今ならまだ、イーゲイ砲の射角に入る!


ナーシャはRBに向かっていたウルフを方向転換し、本体のコアの方へと全速力でウルフを走らせる。


『ナーシャ!何してる!』


団長の声が聞こえる。


『本体のコアが見えてます!今ならまだウルフで撃ち抜けます!』

『駄目だ!ナーシャ!戻れ!』


団長の声を無視して、ナーシャはコアが打ち抜けるポイントまで走る。


RBに戻ったところで、こんな存在自体が無茶苦茶な熊を前に生き残れるかわからない。

それだったら僅かなチャンスでも、掴み取りにいかないと!

大人しく死んでたまるか!


ナーシャはイーゲイ砲の射程に入ったところで急激にブレーキをかける。ただ、勢いがつきすぎてスライドしているが、そんなことはお構いなしにイーゲイ砲を展開する。

出力は今まで出したことのない、最大出力。


一度撃ってみたかったんだよね。


ナーシャはニヤリと笑う。

ニルクにはウルフが保たずに暴発するかもと言われているが、そんな事、今はどうでもいい。

ナーシャの前方に浮かび上がった照準を手元のスティックでコアに合わせる。

標的はどう撃っても当たる位でかい。

だから、ランナのレーダー誘導もいらない。


『ナーシャ機!手動照準でイーゲイ発射します!出力最大!3、2、1、マーク!』


ナーシャはトリガーを思いっきり引く。

イーゲイ砲から今まで聞いた事のない甲高い音が聞こえ、砲身が青白く光りはじめ、次の瞬間イーゲイ砲からエネルギー弾が飛びだ








ヤバ。意識飛んだ。


発射のあまりの衝撃に意識が耐えきれなかったようだ。

ナーシャはすぐに周りを確認する。

ウルフは後方に勢いよくスライドしていて、波に揺られてバウンドしている。

どうやら気を失っていたのは一瞬だったとわかると、ナーシャはハンドルをしっかりと握って姿勢を強引に制御する。

ウルフの装甲の一部は剥がれ落ちていて、イーゲイ砲の砲身の先端は溶け落ちていた。

ウルフを落ち着かせながら、正面の標的の状態を確認すると、熊のコアにはぽっかりと穴があき、向こう側の空が見えていた。


よし!


ナーシャはコアを打ち抜けたことに内心ガッツポーズをした。


先手必勝!これでこの熊も死ぬはず。


そう思った矢先。


目の前の熊の顔が。

額のコアを撃ち抜かれた熊の顔が。

苦悶の表情を浮かべるはずの熊の顔が。


ニヤリと笑った。


熊はナーシャの攻撃がなかったかのように、樹海面からさらに姿を表す。

すると、熊の顔の下には別の熊の顔が出てきた。

さらにその下からどんどんと熊の顔が現れてくる。

その数なんと数十匹。

そして、それぞれの熊の額に。

ナーシャが先程打ち込んだコアと同じものがついていた。


そんな・・・


ナーシャの絶望した表情がたまらないのか、数十匹の熊の顔が不快な笑みを浮かべ吠えている。


嘘。

うそよ。

うそうそうそうそうそうそうそうそ!


ナーシャはウルフの機銃の発射ボタンを押す。

ただ何も起きなかった。

さきほどの衝撃で、機銃が壊れてしまったらしい。


なんでよ!くそ!

くそ!くそ!くそ!


ナーシャはボタンを何度も押すが、虚しくカチカチと音が鳴るだけだった。

すると、ナーシャの周りだけ何かに日が遮られ暗くなった。


ハッと上を見上げると、熊は既に何十メトルもの高さにもなっていて、まるで塔のようそびえ立っていた。

逆光で見えにくいが、熊は変わらずこちらを見ている。

全ての熊の顔がナーシャをみている。


ナーシャはそれ以上目線を熊から外すことができなくなった。


捕食者に狙われた動物はきっとこんな感覚なんだろう。

頭の片隅で余計な事を思う。

一方で、恐怖から身体は強張っている。

目の端から勝手に涙が溢れてきた。

動悸が激しい。

さっきから大きく息を吐かないと息を吸えない。

呼吸音がうるさい。

汗まで噴き出て気持ち悪い。

早く逃げなきゃ。

でも、熊から目が離せない。

早く逃げなきゃ。

でも、どうやって?

ウルフは壊れた。

仲間は間に合わない。

そもそもこんな奴、誰も相手になんてできない。

私の人生はここで終了?

さっきまで何の根拠もなく長生きすると思ってた私の一生がこんな一瞬で?

間抜け。

間抜けすぎる。

今タイムスリップできるなら、さっきまで平和ボケした顔でボーっとしていた私を一発ぶん殴ってやりたい。

胸ぐら掴んで、死ぬぞ!って言ってやりたい。

それができたらいいのに。

ははは。

やば。

何笑ってんの私。

ははは。

まじでおかしくなってきた。

ははは。

でも、もう笑うしかなくない?

ははは。


『ナーシャ!下だ!』


し・た?


下を向くと、樹海の奥からでかい黒い陰がこちらに向かってものすごい勢いで登ってきてこのままだとぶつかるから早く逃げて




ナーシャのウルフが、シャルフジーマの下からの攻撃で、天高く飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ