赤い靴の団長
無人島の小高い丘にある、迷彩シートに覆われた深紅の巨大な長靴。
この長靴の正体は、公認熊狩団「赤い靴」所有の樹海巡洋艦「RB」である。
今はメンテナンス中で、時折、迷彩シートの中から金属を打つような甲高い音や、何かを削るような機械音が聞こえる。
長靴の踵側から見て左側面には地上と「RB」の行き来をする為の、小さい金属の階段が設置されている。
階段の頂上には「RB」の乗り込み口となる分厚いドアがあるが、普段は閉じて厳重に鍵が閉められているこのドアも今は開放されていて、自由に行き来できるようになっている。
乗り込み口から艦内に入ると、目の前は細長い長方形のフロアになっていて、突き当たりには乗り込み口と同じようなドアがあり、フロアの中央からは左右に通路が伸びている。
長靴のつま先の方へ向かう左側の通路を覗くと、左右の壁にドアがいくつも並んでいる。
ここは居住スペースになっていて、団員それぞれに個室が割り当てられている。
さらに通路の奥には下のフロアへ降りる階段も見える。
一方、右側の通路を覗くと、こちらは大型の扉や個々の扉が点々とある。
こちらは共有スペースとなっていて、食堂と医務室、トレーニング室やシャワー室などがある。
すると、右側の通路の奥にあるシャワー室から、先ほど砂浜で寝ていた男が出てきた。
服装は先ほどの水着から、下はブーツに濃い赤紫のズボン、上は白い半袖シャツに変わっている。
男は通路の奥に向かって歩いていくと、突き当たりで立ち止まった。
通路の突き当たりには金属製のドアがあり、横には丸いボタンが2つある。
男が上のボタンを押すと、ボタンの上にある黒い板に「4」という数字が浮かぶ。
そして、3、2と表示が切り替わり、1の表示になると呼び鈴の高い音が響き、金属製のドアがゆっくりと左側にスライドして開いていく。
ドアが開き切ると、そこは四角い箱のような空間が広がっていた。
男はすぐにその箱に入ると、箱の内側にある上下に並んだ5つのボタンの中から、3のボタンを押す。
するとドアが閉じて、ゆっくりと箱が上昇する。
男はその間、壁に背中をついて腕組みをしていた。
間も無くすると、また呼び鈴の音が聞こえてドアが右側にスライドしていく。
開いたドアの先は小さいフロアになっていて、その奥にドアが一つだけある。
男は箱から出てフロアを通ると、奥のドアへと向かう。
ドアには団長室と彫られた金属プレートがついていた。
男がドアの横にあるボタンを押すと、ドアが左側にスライドして開く。
男はそのまま部屋に入る。
部屋の中は小さく正面には重厚な机と椅子があり、その奥の壁には横一列に小さい丸窓が3つついている。
入口の左手側の壁一面は本棚になっていて、どの棚にも本がぎっしりと詰まっている。
右手の壁には紫色の花の絵が飾られていて、その絵の下には小さい棚と、棚の上には刀置きに刀が鞘に入った状態で置かれていた。
その隣、右手の壁の一番奥にはさらに奥の部屋へ続くドアがついている。
掃除が行き届いていて、全体的に小綺麗な印象の部屋である。
部屋の中央にある机の上には、雷通機とペン立て、そして、この一帯の地図が置かれている。
男は机を回り込んで革張りの椅子に座ると、机の上に置いてある雷通機の受話器をとる。
そして、雷通機についてある10個の数字が書かれたボタンを何回か押すと、受話器に耳を当てる。
微かにベルがなる様な音が受話器から流れる。
しばらくすると、ガチャという大きな音共に、女性の声が聞こえた。
『もしもし。』
「もしもし。熊狩団「赤い靴」の団長をしています、ダウリン・フージという者ですが。」
『ダウリン様、お電話お待ちしておりました。』
受話器からは、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
受話器を持った男、ダウリンは少し驚いた表情をする。
「あれ!?その声はもしかして、シュクナさんですか?」
『はい。そうです。お久しぶりでございます。』
ダウリンはカルシータの秘書であるシュクナ・コンウッドの落ち着いた声に目を細める。
「久しぶりですね。今回は東部方面の任務があるとカルから聞いていたんですが、いつ頃に帝都に戻られたんですか?」
『3日前くらいでしょうか。』
「そうですか。俺達が出たのが5日前だから、ほんと入れ違いでしたね。」
『そうですね。ダウリン様達にお会いしたく、急いで任務を終わらせたのですが、あと一歩間に合いませんでした。』
残念そう声をしているのが、彼女らしいなとダウリンは思った。
シュクナは忙しい身でありながら、熊の狩猟方法についての論文を読み漁るほど勤勉で、ダウリン達が依頼で帝国に来る度に、泊まっている宿にまで押しかけて、色々と質問や議論を交わしていた。
それに慣れてしまったせいか、この前の依頼ではシュクナがいないと聞かされて逆に拍子抜けしたくらいである。
ただ、カルシータの話だと、あと2ヶ月は戻らないと言っていた気がするが。
いったい彼女はどんな魔法を使ったんだろうか。
『帰ってからカルシータ様からダウリン様達のご活躍を伺いました。今回は30匹ほど討伐できたようですね。』
「ええ。そうですね。今回はうまくいったんじゃないかなと思います。」
『その上、ダウリン様の赤い靴団が5匹討伐して、全11部隊の中で一番戦果を挙げたとお聞きしています。素晴らしいですね。』
「それほどでもないですよ。そちらの部隊の手厚いフォローを頂いた結果です。」
『そんなご謙遜を。うちは1部隊20人ですけど、ダウリン様のところは10人もいらっしゃらないじゃないですか。それで部隊1位の戦果をあげたら、うちの軍では特進級ものです。』
「そうですか。」
『ほんとうにダウリン様。いつうちと専属契約して頂けるんでしょうか?』
急にシュクナが突っ込んだ話をする。
「いやぁ。まだちょっと色々と世界を回りたいなと思っているので。」
『いつもそう仰ってますものね。でも、知ってました?私は諦めが悪い人間なんです。ダウリン様の気が変わるまでお待ちしてますわ。』
カルシータとシュクナからは、専属熊狩団として任務の手伝いや部隊の教育をしてほしいと言う話は前々から言われている。
金額も破格な値段が提示されてはいるが、ダウリンは一つの場所に落ち着くつもりがないため、のらりくらりと話を躱している。
ただ、シュクナに徐々に包囲網を狭められている気がしていて、なんとなくこの話になるとダウリンは居心地が悪くなる。
『話は戻りますけど、カルシータ様も周りに歴代1位の記録だと自慢しておりました。』
「あぁ。そういえば軍の討伐記録を更新したって喜んでたな。しかし、アピールし過ぎなところはあいつの悪い癖ですね。そのうち仲間から刺されますよ。」
『ほんとうにそう思います。いつも自重するように言っているのですけれど。』
受話器からシュクナのため息が漏れる。
『あら、すいません。私ったら、話を長引かせてしまいましたね。』
「いいえ。次お会いした時は、シュクナさんのお話も聞かせてください。」
『ふふふ。ダウリン様のように世界各地を回っているわけではないですから。きっと退屈な話になりますよ。』
「そんなことないですよ。帝国は僕らにとってはまだまだ未知の国ですから。何の話を聞いても興味深いですよ。」
『では、今度お会いするときは是非お茶会を開かせてください。それと、その時は是非リリ様もご一緒に。』
「それはいいですね。あいつも喜びます。」
『次会う時の楽しみにしております。ではカルシータ様に代わりますね。そのままお待ちください。』
「はい。お願いします。」
ダウリンは受話器を耳に当て、椅子を左右に軽く動かしながら、シュクナと話す度にどこか不思議な気持ちになるなと思った。
そもそも彼女の上司であるカルシータとの付き合いは、帝都の西外れにある飲み屋街の路地裏で、ゴミ箱に頭を突っ込んでいた彼を助けた時から始まる。
彼は会うたびにいつも薄汚れた服を着ていて、給料が入れば飲み屋に飛び込んで安酒を煽り、赤い顔をしながら帝国軍で絶対偉くなってやると豪語する。
そんなどこにでもいる、田舎から出てきて夢ばかりが大きい男だった。
それが今や帝国軍の秘書付きの幹部である。
人というのは時に、想像もつかないほどに変化する生き物なのかもしれない。
『もしもし。ダウリンか?』
電話を待っている間にそんな事を考えたら、受話器から古い友人の声が聞こえた。