樹海底の沈没船
樹海の底は漆黒の闇で塗りつぶされていた。
明かりを照らしても毒霧のせいもあって数メトル先も見えない、重く息苦しい暗闇の世界を2つの光が進んでいく。
キンダリーは右腕にあるパネルを見て現在位置を確認しながら、銃を構えて慎重に歩みを進める。
樹海の下の地面はぬかるみ、倒れた木の上には苔と見たことのないキノコがびっしりと生えている。
照明を向けた先で、さっと闇の中へと動くものもいる。
毒に耐性のある動物だろうか。
視界が見ずらいだけでも恐怖を覚えるが、それよりも防護服を一枚挟んだ外の空気は毒が充満しているということの方がその何倍も恐怖だ。
少しでも穴が開けば終わるという状況は、防護服がすぐ破けるようなやわな作りをしていないとわかっていても緊張する。
ただ、キンダリーはその緊張をぐっと腹に押し込め、極めて冷静になるよう努めていた。
『ランナ。あとどれくらいだ。』
『もう少し。そのまま真っ直ぐ。あと30メトルくらいで見えるはず。』
『了解。』
自分達の位置は上空のアウル隊が補足している。
ランナの情報を確認しながら、歩みを進める。
後ろにいるイコリスの方を振り返ると、イコリスも緊張の面持ちで銃を構えて周囲を警戒していた。
『イコリス。肩の力が入りすぎだ。それだと余計なものを撃っちまうぞ。』
『はい。了解っす。』
イコリスの返事は少し上擦っていた。
緊張しているか。無理もないな。
樹海に潜ることなんて、熊狩団でも早々ある話じゃない。
イコリスが最後に潜ったのは1年前くらいで、しかもその時の潜樹時間はせいぜい10分くらいだったか。
今回のように30分以上潜ることはイコリスには初めての経験だ。
まぁ俺も最初はそうだったか。
キンダリーは昔のことを思い出して、少し口角を上げる。
キンダリーが赤い靴団に入る前は、みんなには言えないような仕事を色々とやりながら生活していたが、その一つに沈没船のサルベージがあった。
樹海に潜って沈没船から金目のものを獲っていく仕事で、稼ぎは良いが事故死や毒にやられて死ぬ人も多く、割に合わないと人気がなかったので、キンダリーみたいなコネもツテもない若い奴でも仕事にありつけた。
ただ、支給される防護服はボロボロで薄汚れていて右腕のパネルも半分見えずおまけに汗臭い中古品で、これに命を預けるのかと思うとうんざりした。
潜樹時間も長い時は5時間も潜らされ、その時は便所にもいけないので、その場でするしかなく、引っ張り上げられてからの方がむしろ大変だった。
あんなのに比べたらこれくらい、ピクニックみたいなものだな。
キンダリーは目の前の倒木の下の隙間を確認し、イコリスにハンドサインで頭に気をつけろと伝えて、腰を屈めて倒木の下をくぐる。
くぐりおえるとすぐに立ち上がり、前方に照明を当てる。
照明の先は反射するものがなく、暗闇しか見えなかった。
どうやら広い場所に出たようである。
墜落現場に到着したか。
キンダリーは直感で思った。
下を見ると、地面は抉られていて木が何本も折れて横倒しになっている。
折られた木の断面はまだ新しく、他の所と比べて苔などはえていない。
ただ切り株の横からは、既に新しい木が伸び始めている。
モーブが不死の木、精霊の木と呼ばれる所以だ。
驚異的な生命力を持つモーブは切り倒しても、株の横から芽が生え、10日ほどで元の高さにまで成長する。
完全にモーブを除去するには根っこまで掘り起こして焼くしかない。
『イコリス。ここからは尖ったものが多くなる。服に穴が開かないように気をつけろよ。』
『了解っす。』
キンダリーはイコリスに声をかけながらさらに歩みを進める。
倒れた木の方角に向かって歩いていけばその先に墜落した船があるはずだ。
キンダリーは前方に照明を照らし、慎重に歩くルートを決めていく。
地面には金属の破片などが散らばリ、船の残骸らしき金属の塊もいくつか見える。
ふと、照明がてらされた範囲に金属でできた構造物が見えた。
キンダリーは立ち止まり、ヘルメットにつけられた照明の光を強くする。
・・・なんだ。これは。
キンダリーは光で照らされた、樹海船であった残骸を目の前にしてなんとも言えない不気味さを感じた。
今キンダリーが照らしている部分はおそらく、船体の後方部と思われる。
残骸の奥が空洞となっていて、その奥に一部だけ船の原型をとどめている部分が確認できるが、一方で手前の残骸は黒く鉄板が焦げていた。
尾翼のエンジンが爆発したのか?
ただ奇妙だ。
船体の残骸の端の部分の鉄板は内側に飴のように曲がっている。
爆発なら外に向かって鉄板が曲がりそうなもんだが。
それに爆発なら周囲のモーブが爆発の火で燃えるか焦げるかしそうだが、さっきまでのモーブにそういう痕跡はなかったな。
キンダリーはこれまで多くの沈没船を見てきたが、大概は熊に襲われて墜落して原型を留めていないか、船の故障で墜落して原型はそのままかのどちらかの状態のことが多い。
いまキンダリーの目の前にある船は、そのどちらにもはまらない半壊状態である。
護衛用の船で頑丈だからか?
いや、それなら今度は逆に尾翼がないのがわからない。
鉄板の厚みからするに船内の爆発くらいじゃ吹き飛ばない位には船体自体も頑丈そうに見える。
この壊れ方は、まるで何かに握りつぶされたような…
「隊長。どうしました?」
イコリスの呼びかけにキンダリーは我に返る。
そうだ。墜落の原因は今はどうでもいい。早く捜索をしないと。
キンダリーはそう自分に言い聞かせ、シーバに連絡する。
『こちらキンダリー。船についた。墜落の原因はわからないが、船体の中央部は残っていそうだ。今から中に入って船内の捜索にあたる。』
『りょっ・・・い。現在周うっ・・・ぃじょうなし。』
シーバからの応答が聞こえづらくなっていた。
さっきまではクリアに聞こえていたのに。
キンダリーは舌打ちをすると、後ろのイコリスに声をかける。
「イコリス。中に入るぞ。足元気をつけろよ。」
「了解っす。」
キンダリーは腰にぶら下げた小銃を構えると、残骸の隙間から沈没船の内部へと進む。
沈没船の中はだいぶ原型を保っていた。
床にはバラバラになった金属片やら船の一部の残骸があり、船体内部の壁は爆発の衝撃なのか焦げていた。
少し進むと壁があり、左側には通路になっている場所を見つけた。
通路をのぞくと、20メトルくらいの廊下があり、突き当たりまで比較的原型を止めている
キンダリー達は通路に入り、周囲を警戒しながらさらに進むと、通路のちょうど中間のあたりで金属製のドアを見つけた。
その横にはこのドアを開閉するためのスイッチもある。
キンダリーが近づくと、ドアにつけられた金属プレートを見つけた。
「これが特別船室らしいな。」
キンダリーはドアにヘルメットをつけて、中の様子を伺う。
予想はしていたが、何も聞こえない。
ただ、ドアが閉まっていると言うことは中に何かあるかもしれない。
キンダリーは横の開閉スイッチを押してみるが、何の反応もしなかった。
今度はドアを何回か叩いてみるが、そちらも反応はなかった。
ただ叩いた音の感じで、このドアはかなり重くて蹴り破るのは難しそうなことが分かっただけだった。
「イコリス。先に奥を探そう。」
「了解っす。」
キンダリーとイコリスはそのまま通路の奥まで進んだが、通路の奥は焼けこげたような死体が1体あるだけで、その奥は船体が潰れていて先に進むことはできそうになかった。
2人は引き返すと、先ほどのドアの前に立つ。
「やはり、このドアを開けるしかないな。」
「でも、このドアってたぶんロックされてますよね。」
「そうだな。手早く開けられればいいが。」
そう言って、キンダリーが腰のポーチを開けようとした時だった。




