嵐の中の不可解な事件
「北のフィスオール地方で街を転々としながら依頼をこなしていた時があってさ。その日は朝から嵐が来ていて、流石に樹海の上で停泊してやり過ごすのも危ないから街の港か、村の脇に船を止めようって事になって、近くの村に立ち寄ったんだけどさ。そこが、ちょうど海賊達にやられた後だったんだよね。」
雨風が吹き荒ぶ中、村は破壊され、燃やされ、まさに地獄のようだった。
焼けこげた家々。その前でうつ伏せになって泣き叫ぶ、泥だらけの村人達。
村のあちこちに無惨な死体が転がっている。
木と肉が焦げた匂い、血の匂い、そして雨と泥の匂いが混ざり、むせるほどだった。
すぐに状況を確認する為に船を降りると、イコリス達に気付いた村人達が駆け寄り、泥の地面に額をつけて懇願した。
子供達が攫われた。船は東の方に向かった。助け出してほしい。と。
村人達の気持ちは痛いほどわかったが、助けるには状況が絶望的だった。
こんな視界が悪い中で、船を追いかけるのは無謀としか言えない。
強風で船の速度を上げられない以上、数時間前に出て行った海賊の船に追いつくこともほぼ不可能だ。
残念だが子供達は諦めるしかない。
そうイコリスは思っていた。
すると、団長が村人の前に立ち、泥の地面に片膝をついて土下座している村人の手を取ると、出来る限りのことはやりましょう。と言った。
その時は、気休めの言葉をかけても余計に落胆させるだけなのに、とイコリスは思っていた。
その後団長が何をしていたか、イコリスは知らない。
イコリスは村に残り、野営用のテントを張って簡易的な避難場所を作ると、ランナやレネと手分けして村人をテントに集めたり、応急処置をするヤミロのサポートや、ジョーリンの炊き出しの手伝いなどをしていたからだ。
ただ2時間くらい経った頃だろうか。
雨風がようやく落ち着いた頃、リリから子供達が見つかったから迎えに行くという連絡が入って、イコリス達を残してRBが村を出て行った。
それからまたしばらくして、RBが村に戻ってくると、RBには攫われた子供達が乗っていて、誰一人として欠ける事なく、全員が無事に帰還した。
ナーシャは話している間にデザートを食べ切ったらしい。
空の器を脇において、膝に顎を乗せながら、イコリスの話を聞いていた。
「え?おしまい?」
「おう。」
「えー。なんか全然団長が強いっていう話じゃないじゃん。」
「そうか?」
「そうよ。だって、子供達が無事に戻ってきたのだって、海賊船が途中で故障して止まってたとか、そういう事かもしれないし。なんなら団長と隊長の二人で行って、隊長が海賊団をやっつけたっていう可能性もあるし。」
「まぁ、普通そう考えるよな。」
「違うってこと?」
「いや、俺もさ、最初は隊長も一緒に行ったんだろうなくらいに思ってたんだよ。だけど、途中でヤミロ先輩に頼まれて、倉庫に医療品を取り行ったんだけどさ。その時、廊下の先で隊長を見かけたんだよね。」
「見間違いじゃなくて?」
「隊長を見間違うことある?あんなにがたいがいい人、そうそういないって。」
「まぁ、それは確かにそうだけど。」
「んで、あれ?って思ってさ。RBが出発したのもその30分後くらいだったし。」
「つまり、子ども達の救出は団長1人で行ったってこと?」
「まぁ、状況を考えるとね。それ以外のメンバーが村にいたのは見てるからさ。」
「でも、仮にそうだとしても。一人でってのはいくらなんでも・・・。」
「ありえないよなー。でも、子供が無事に救出されたのは事実だから、助けたのは間違いないんだよな。」
他にも不思議な点があると、イコリスはナーシャに説明した。
攫われた子供の数が20人ほどだったということ。
その子供達全員が、海賊に攫われたことを覚えていないこと。
そしてこの事件以降、その海賊団の消息が不明なこと。
イコリスが話していくに従って、ナーシャの眉間の皺が深くなっていく。
「ちょっと、待って待って。」
イコリスが他にも不思議な点の話をしようとするのをナーシャが止めた。
「え。全然意味分かんないだけど。20人って言った?さっき。」
「言ったよ。」
「その人数を攫うなら、中型船以上じゃないと船に収容できないよね。」
「うん。」
「それでもって、中型船なら最低10人以上は船員がいないと運用ができないよね。」
「そうだな。RBみたいな船なら話は違うと思うけど、そんな船は他にないしな。」
「一人でその人数を相手にするって、どう考えても無理じゃない?」
「無理だと思う。」
ナーシャの最もな疑問にイコリスは肯定する。
「あと何なの?攫われた子がみんな覚えていないって。」
「さぁ。詳しいところまでは分からないけど、精神的なものじゃないかとか言ってたな。確か。」
ナーシャの眉間の皺がさらに深くなる。
わかる、わかるぞ。俺もしばらく悩んだ。そして諦めた。
「なんかさ、たまたま幸運が重なったくらいしか考えられないんだけど。」
しばらく海と睨めっこして考えていたナーシャが出した結論は、幸運説だった。
「どういうこと?」
「ダウリン団長が無謀にも船を追いかけていきました。その時、海賊船は熊に襲われていて、船員がみんな樹海に落ちました。子供達はよくわからないけど、熊との戦闘で全員気を失って攫われた事をすっかり忘れてました。とか。」
「その場合さ、海賊船を襲った熊はどこ行ったの?」
「それは、その。んー。なんか海賊船と戦ったら気がすんで、どっか行っちゃったとか。」
ナーシャが苦しげに理由を話す。
熊は一度襲いかかってきたら、基本的に船を壊して沈めるまで気が済まない習性を持っている。
船を襲わずに去る熊がいたら、ノミネーターか、100年以来の新種か。
どちらにせよ世間が大騒ぎする事は間違いない。
つまり、それくらい可能性がないという話である。
「だめ。全然意味不明。」
ナーシャがとうとう降参した。
「だよなー。俺も1ヶ月くらい考えてたけど、わかんなかったわー。わかったのは、団長が得体の知れない何かって事くらいだな。」
イコリスは伸びをしながら、そのまま砂浜に倒れた。イコリスの視界には青白く光る月と瞬く星が見える。
砂がまだ昼の暖かさを残しているのか、背中がほんのりと暖かい。
腹も満ちているせいか、眠気が不意に訪れ、自然とあくびが出る。
「あのさ。他の人はどういう反応だったの?ランナ先輩とかレネ先輩とか。」
ナーシャはまだこの団長の謎に未練があるようだ。
「普通だったよ。子供達が帰ってきてよかったねーみたいな反応でさ。特に何の疑問も持っていないみたいな感じだった。だから余計に聞けなくなったんだよな。」
「えー。何それ。」
「ま、でもさ。多分、団長が何者か知らないのって、俺とお前の2人だけだと思うんだよね。」
「先輩達は知ってるってこと?」
「多分ね。だって、赤い靴の中で一番在籍期間が短いのがお前で、次は俺だし。」
「でも、そうなんだったら酷くない?これだけ長い間一緒にいるのに、隠し事してるなんて。」
「そうか?他の団でもトップの情報は団員に全部話したりしないだろ。それにさ、」
「レェェェディィィィィィィスエェェェンジェントルメェェン!」
ランナのでかい声が波の音を打ち消して砂浜に響く。
イコリスとナーシャは驚いて、声の方向に頭を向ける。
そこには砂浜に突き刺さったでっかい筒が数本と、その側で、大袈裟に体を反りながら両手を広げているランナの姿があった。
「今夜!皆様にお見せしますのは!夜空に煌めく、色とりどりの打ち上げ花火でございます!どうぞ最後まで、ごゆっくりご覧くださいませ!あ、おひねり大歓迎ですー!」
ランナはそういって両手を組んでヘコヘコとお辞儀をする。
「ランナ先輩、花火なんてどこで手に入れたんだ?」
イコリスは砂浜から起き上がりながら、疑問を口にする。
花火は一般人だと買えなくて、免許がないといけなかったはずだ。
ただ、ランナの行動は時に常人の理解を超える。
どっからか入手していても不思議ではない。
「えー!面白そう!」
隣のナーシャは呑気に目を輝かせている。
「ほいじゃぁ、行っくよー!」
そういうと、ランナは1本目の筒の側にしゃがむと、筒のトリガーを引く。
爆発音がして、煙と共に打ち上がった花火が星の夜空を上る。
間を置いて色とりどりの光の粒が夜空を彩り、爆ぜる音が遅れて届く。
「きれー!」
ナーシャが空を見上げ歓声を上げる。
どういう理屈かわからないが、どうもあの花火はロケットランチャーで打てるように改良した花火のようだ。
「もういっちょぉ!」
ランナが2本目の筒のトリガーを引く。
またロケットランチャーから花火が飛び出し、夜空に光の花が咲いた。
3本目、4本目とランナがトリガーを引くごとに、花火が夜空に打ち上がる。
イコリスは、時折花火の光で明るく照らされるナーシャの笑顔を横目で見ながら、こういう時は可愛い顔してるんだよなと、うっすらと思った。
「よっしゃぁぁ。ラストぉぉぉ。」
用意していた花火も最後になったのか、ランナが気合い十分に高くジャンプして、着地したと同時に最後の筒のトリガーを引いた。
とその時、着地の衝撃のせいなのか筒が丘の方に向かって倒れた。
「あ。」
花火がイコリス達の方に向かって勢いよく飛んできた。
「きゃぁぁぁぁ!」
「おぉぉぉ!」
ナーシャとイコリスは地面に伏せ、花火をギリギリ回避する。
花火はそのままジョーリンがいるテーブルの方へと向かって飛んで行く。
「ジョーリン!」
キンダリーの叫ぶ声に、椅子に座っていたジョーリンが気がつき、うなだれた顔をあげる。
「え?なに?」
テーブルが盛大に爆発した。
その後、ジョーリンは無事に救出されたが、髪の毛と髭の一部が焦げていた。
リリは爆笑し、ヤミロはジョーリンの身体の具合を見て、レネが励ましていた。
ランナは誤射後、すぐにその場から逃走した。
逃走する際に、砂浜の足跡をわざと別の方角につけて、紛らわせようとしたのは見事としか言えない。
しかし、イコリスとナーシャの捜索班は、足跡を当てにせずシーバの信号の発信源を追いかけ、すぐにランナを捕まえた。
犯人の行動を理解しているが故のナイスプレーである。
その後、両手に縄をかけられたランナは、キンダリーに突き出され、死ぬほど怒られた。




