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ハチミツ狩りのクマキラー  作者: 花庭ソウ
第1章 赤い靴団
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潮騒と歌声と苦しげな男

人類の文明が崩壊した大厄災「スタンピード」。

厄災後、人類はそのまま樹海の闇に飲まれ、絶滅するかと思われた。


しかし、わずかに残った人類は決して諦めず、希望の火を灯し続けた。

各地で生き残った人々を集め、街を作り、武器を作り、幾度となく襲いかかる熊達と戦ってきた。


そして、日々の戦いの合間に滅びた文明をまた再び一から構築していった。

次第に人の数は増え、国を作り、経済を回し、教育を行なった。


そんな日々を送るうちに、人類の文明は大厄災が起こった1000年前よりも大きく発展した。

そして人類は、かつて凶暴で理不尽な神とも例えられた熊を、人が倒すことが可能な存在にまで落とすことに成功した。

しかし、国一つを簡単に消滅させられるほどの力を持つ熊もこの世界にはまだ数多くいる。

熊を狩ることが当たり前になった現代においても尚、人々はモヤのようなうっすらとした恐怖に包まれながら日々を生きている。




ニオ帝国の南、バーリア諸島の無人島




お昼過ぎの日差しが砂浜を照りつける。

南国特有の白い砂浜に白い波がゆっくりと押し寄せては引いていく。

砂浜には白い日傘が一つ。

その日傘の下には、木製の折り畳み式の丸テーブルと一脚の椅子。

そして、その横には寝そべるためのベンチがある。

ベンチの上には水着一丁で寝転がっている男がひとり。

読んだまま眠ってしまったのだろうか。

厚めの本が男の顔に被さるように広げた形で置いてある。

男の胸の辺りを見ると、筋肉が程よくつく薄く小麦色に焼けた肌が上下運動を繰り返している。

どうやら彼は昼寝を楽しんでいるようだ。


日傘の影になっている丸テーブルの上にはチョギレ魚のオイル漬けと野菜とチーズをパンで挟んだ、この辺りの名物料理である“マクウォ“の食べかけが皿に置かれている。

その隣には葡萄酒のボトルと、飲みかけの葡萄酒が入ったグラス。

さらにその隣には少し古い音響機があり、女性の艶っぽい声と美しいメロディーが聞こえる。

この曲はニリア・キッチの「森で笑って」。

50年前のニオ帝国音楽祭の大賞受賞を皮切りに、様々な国で音楽賞を受賞した名曲である。


椅子の上には、この男のものと思われる服が畳んで置かれている。

そして、その上に今は見かけることが珍しくなった刀が置いてあった。

大昔は熊討伐に剣がよく使われていたが、一部の者は片刃の刀を好んで使っていた。

しかし、機関銃等で熊を倒すのが主流となった現代では、剣や刀を扱うことも以前より少なくなり、剣や刀の数も、そしてそれを作る鍛冶屋も次第にその数を減らしている。


ニリアの透き通った歌声が潮騒とアンサンブルしている。

花を添えるのはどこからか聞こえる鳥の声。

海からの心地よく暖かい風が、日傘の淵を捲りながら通りすぎる。

寝ている男の正面には白い砂浜どこまでも続く煌めいた海。

上を見上げると馬鹿みたいに高く青い空が広がり、白い雲がゆっくりと動いている。


一方、男の後ろには背の高いハシの木の林が広がっている。

さらにその奥は小高い丘のようになっていて、丘の上には明らかに人工物である大きな物体が鎮座している。

その物体は、ところどころ緑色の迷彩柄のシートに覆われているが、よく見るとシートの間から深紅のボディカラーが見えている。

全体の形はまるで長靴のような形状をしている。

長さはおおよそ150メトル、長靴でいう踵側の後ろの高さは20メトルくらいになるだろうか。



『団長、いる?』


寝ている男の耳元で声が聞こえる。

男の呼吸が一瞬止まる。

「ん。」という低い声をあげて、男は頭を横にする。

その拍子に顔に被っていた本が地面に落ちた。

本が落ちた音でまた覚醒したのか、男はうっすらと目を開ける。


『団長ー? 寝てるー?』


男の左耳から聞き慣れた高い女性の声が聞こえる。

体はそのままに、男は左手の人差し指に嵌めているリングを親指で押さえながら答える。


『あぁ。今起きた。』

『あ、本当に寝てたんだ。ごめん。』

『いや、いいよ。寝るつもりはなかったんだけど、気がついたら寝てたよ。それで何かあった?』

『雷通。カルシータさんから。』

『んー?カルから?用件はなんだい?』

『それがさ、私には教えてくれないんだよね。何でも重要な話だから、団長に直接話したいってさ。』

『はぁ。あいつが重要って言った話で本当に重要だったことなんて、ほとんどないんだけどな。』

『でも、結構深刻そうな声してたよ。』

『わかった。そしたら折り返すように言ってくれ。あと、しばらく時間がかかるとも言っておいて。』

『はーい。了解ー。』


男は親指を人差し指のリングから離すと、また、仰向けになって伸びをしながら、

本当に便利になったもんだと男は思った。

短距離通信網「シーバ」はここ30年くらいで出てきた技術だ。

スイッチとなる指輪とスピーカーとなるイヤリングの2つをつけるだけで、半径数キーロの距離の人間とやり取りができる。

このおかげで、意思疎通のスピードが昔よりも格段に上がり、生活が大きく変わった。


男はベンチから上半身だけ起き上がる。

すると、日差しを受けて波間が煌めいている青い海が男の目に飛び込んできた。


ため息が出るほど美しい絵画のような風景。

しかし、それを見る男の顔は苦しげな表情をしていた。

まるで、お気に入りの絵が目の前で引き裂かれているのを見ているような顔だ。


そんな男をニリアの美しい歌声が、慰めるように優しく包んでいた。

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