無人島の作戦会議
アーメットの試合が終わって2時間程立った頃、RBの作戦会議室にはニルクとジョーリン以外の赤い靴団のメンバーが揃っていた。
ダウリンが壁の黒板を前にメンバーに話した作戦はシンプルなものだった。
明日の朝にこの島を出発して北上。
海を渡って大陸に着いたら、そのまま155航路に沿ってさらに北上する。
途中、給石所でサブタンクの燃料を満タンにしてさらに進めば、夕方には188航路との交差地点につくので、その日はそこで停泊する。
次の日の明け方に再び出発し、そこからは公式の航路を外れ、緊急信号が発信されたポイントを目指してさらに北上する。
停泊した位置から、緊急進行が発信されたポイントまでは4時間ほどでつく見込みだ。
ポイントについたら船の捜索と荷物の回収を行う。
但し、そこに使える時間は5時間までだ。
夕方までに安全地帯に移動してRBを停泊させるには、それ以上の時間をかけることができない。
しかも、ビルトから帝国の船が迫っている可能性も考えると、次の日にもう一度戻って捜索というのもリスクが高い。
つまり、今回は一発勝負で沈没した船を探して荷物を回収する必要がある。
もし、この5時間の中で樹海に沈む船を発見したら、樹海に潜って沈没船から荷物を回収する。
荷物回収にかけられる時間は、1時間までだ。
荷物回収後は、西側からのビルトからの船を警戒しつつ、反対方向の南東の方向へ抜ける進路をとる。
この作戦の一番の肝は沈没船からの荷物の回収である。
樹海に潜るには潜樹服を着る必要があるが、この服がとにかく動きずらい。
樹海の底の毒から身を守るため何層も重ねた服は、着ぐるみを着ているかのように普通に歩くことさえ難しい。
そんな潜樹服を着ながら、捜索と荷物の回収を行う必要があるため、それなりに経験がある人間が担当する必要がある。
ウルフ隊は全員100時間以上は潜っている経験者だが、今回は経験がより長いキンダリーとイコリスの2人を回収班とする。
ナーシャとアウル隊のヤミロとランナ、そしてダウリンは周辺の警戒にあたる。
縄張り地図からするとポイント付近に警戒が必要そうな強い熊はいないので、熊避けの雷波を流しながら進めば熊と遭遇することはあまりないだろう。
ただ、荷物の回収に影響しそうであれば、こちらから出向いて先に熊を狩るようにする。
と、ここまでダウリンが話をしたところで、イコリスが手を上げる。
「俺たちが回収する荷物って具体的になんすか?」
ダウリンは手元にあるクリップボードの資料に目を落とす。
そこにはリリがシュクナから聞いた情報が書かれている。
「正確にはわかっていないが、おそらく書簡か小箱のようなものだと思う。」
「え。それだと墜落の時に船が爆発したら、一緒に燃えてないっすか?」
イコリスの言葉に、何人かが頷く。
「そうだね。ただ、緊急信号を発信した船は「ボルモフ」という護衛向けの船ということがわかっている。」
「護衛向けの船・・・。なるほど。特別船室にあるかもしれないということですね。」
キンダリーの言葉に、ダウリンは我が意を得たりとばかりに頷く。
一方のイコリスは、何を言っているのかわからないという顔をしている。
「護衛向けの船というのは、主に国の貴族や要人を運ぶ為に用いる船だ。こういう船は大抵、特別船室と呼ばれる要人用の部屋が用意されている。特別船室は仮に船が墜落してもその部屋だけは壊れにくいように、他の部屋よりも壁が分厚く頑丈に作られ耐火性にも優れていて、3日間分程度の食糧、水、装備等も用意されている。」
「あぁ。重要な荷物ならその部屋に置いてあるだろうから、荷物も焼けずに残っている可能性が高いってことっすね。」
「そういうことだね。」
イコリスは納得したように頷く。
すると、今度はナーシャが手を挙げた。
「団長。いいですか?」
「いいよ。」
「さっきから気になっていたんですけど。もし、生存者がいた場合はどうしますか?特別船室にそれだけの備蓄があるんだったら、船室に逃げ込んだ人が生き残っている可能性もあるんじゃないですか?」
ナーシャはまっすぐにダウリンを見ながら淡々と喋る。
「いい質問だね。もちろん生存者がいる可能性は0じゃない。僕らが捜索するのは船が墜落してから4日目くらいだ。食糧の話だけで言えば、生き残っている可能性は十分にある。ただ、問題は樹海の毒だ。」
ダウリンは説明の時に黒板で書いた、樹海の毒の文字をチョークで丸く囲む。
「みんなも知っているだろうけど、樹海の毒は何も装備をしていない生身の状態だと1時間で身体に毒が周って呼吸困難で死ぬような猛毒だ。潜樹服を着ていても2日か3日くらいが限界だと言われている。ただ、さっきも言った通り特別船室は墜落してもいいように設計されている。つまり毒の侵入も防げないとおかしいよね?」
「そうですね。」
「うん。実際メーカーでも防毒機能搭載と言って毒が侵入しないと売り出している所はいくつもある。ただ、これには落とし穴があるんだ。」
ダウリンは今度は特別船室と書かれたところチョークでトントンと叩く。
「この防毒機能、実は機能するための前提条件がかなり細かくついている。その中でも1番悪質な条件は船室が歪んだり破損していないことというのがある。」
「そんなの、墜落している以上、無理があるんじゃ・・・」
「そう。不時着しない限り、船体の歪みや破損からは逃れられない。つまり防毒機能はついているけど、実際あまり役に立たないんだ。機体が歪めば隙間が生まれそこから毒が侵入する。そうなると特別船室は外と大差がない。仮に船室に潜樹服をきている人がいた場合でも、僕らが来るまでに毒に侵されずに耐えられている可能性は低い。唯一生存の可能性として考えられるのは、特別船室だけが奇跡的に無事で、かつ毒の侵入もほぼ抑えられている場合くらいかな。」
「そうですか。」
ナーシャは少し落胆した声で返事をする。
ダウリンが言った可能性というのは、ほぼ皆無に等しいことをナーシャは理解しているようだ。
ただ、例え見ず知らずの船の船員でも、広い意味で言えば樹海船の船乗り仲間である。
少しでも生存の可能性があれば助けたいと思うのは、ナーシャだけでなく皆が思っている事だろう。
「もしも奇跡的に生存者がいる場合、その時は離脱に必要な体力があるか、樹海面に浮上するまで樹海の毒に耐えられそうかを判断した上で救出しよう。キンダリー。そこの判断は君に任せる。」
「わかりました。」
ナーシャの残念そうな顔を見て、ダウリンは一応生存者がいた場合についての方針について確認し、キンダリーは深く頷いた。
万が一にも生存者がいた場合、その生存者を助けようとするあまり、無理をして共倒れになるのだけは避けたい。
キンダリーであれば、生存者を目の前にしても見捨てるようなシビアな決断を冷静に下せるだろう。
その後は諸連絡をして、作戦会議は終了となり、会議室の中の重い空気が和らいだ。
リリがジョーリンに会議が終わった事をシーバで告げると、「今夜は砂浜が食堂だ。みんな期待しててくれ。」と、ジョーリンから返答があった。
どうやらこの島での最後の晩餐は、砂浜でのパーティーのようだ。
正直、ジョーリンが張り切って大量に仕込んでいたおかげで、料理の香りが船の中に充満していたから、アーメット終わりの空きっ腹には正直かなりこたえていた。
それは皆も同じだったようで、作戦会議室から外へ向かう足取りは早く、ランナに至っては全力疾走で砂浜へ向かって行った。