二人と二人の関係
笛の合図で後半の試合が始まった。
今度はイコリスが後ろにいるランナにクリッツを投げて試合が動き始める。
イコリスの予想通り、相手はナーシャが騎士、キンダリーが剣士のポジションについている。
ランナはクリッツを掴むと中央付近の下に潜るように滑り始める。
それに合わせて、イコリスが前に滑り、その進路を塞ごうとナーシャがイコリスの少し前を並走する。
キンダリーはランナとイコリスの間に入り、パスコースを塞ごうとする。
「右上っす!」
イコリスが叫ぶと、フィールド中央付近にいたランナが、右サイド上部、相手のゴルカ付近の誰もいない空間めがけてクリッツを思いっきり投げる。
イコリスはそれに合わせて一気に加速し、ナーシャもすぐに反応して同じように加速する。
飛んでくるクリッツをどちらが捕えるか
まるでイコリスとナーシャの騎士同士の一騎打ちのような状態となる。
そして、最後にクリッツを捕まえたのはイコリスだった。
イコリスはそのま急上昇すると、コーハを掴んでマナに浮く効果を失くしながら縦に1回転と横に半回転させて、コーハのスピードを上手く殺すと、最後はコーハをマナに着地させる。
一方のナーシャは、スピードがついたコーハを減速させながら大きく曲がろうとするが、スピードが思ったより出ていたのか、曲がりきれずにコーハと共にフィールドの端に行ってしまう。
フィールドの端ではコーハは強制的に端を沿うように滑るため、コーハの動きに合わせて身体のバランスをとらないと、コーハから振り落とされてしまう。
ナーシャもなんとかバランスを取ろうとするが、踏ん張りきれずに身体のバランスを崩して、コーハから落ちた。
「あ!」
ナーシャが落ちたのは、ゴルカより少し高い位置、7メトルの位の高さだ。
緩衝結界が張ってあっても、この高さから落ちるときは受け身をとらないとかなり痛いはずだ。
ナーシャもそれはわかっているのか、すぐに身を屈めて、受け身が取れる姿勢になる。
すると、イコリスが上から勢いよく下に向かって滑り、落ちるナーシャを両手で抱えると、そのままフィールドの一番下ギリギリまで沈むような軌道をとり、今度は落下速度を殺すように大きくフィールドを使って上昇する軌道をとる。
ダウリンのいるゴルカあたりまで滑ってきて、ようやく速度が落ち着いてきた。
「下手くそー。調子乗るなー。」
イコリスが滑りながら抱えているナーシャに声をかける。
「うーるーさーいー!下手くそじゃないー!あと少しで奪えそうだったの!」
ナーシャはイコリスに文句を言う。
「あと少し?全然余裕で俺は取れてましたけど?」
「あんな必死な顔してたのに?。」
「必死じゃないですー。あれが普通の顔です。目悪いんじゃないの?」
「ほら。そういう風に言うのが怪しいじゃん。」
「はぁ、ダルい。取り合いに負けたからって、負け惜しみですか。」
イコリスとナーシャが痴話喧嘩をしている間に、キンダリーがナーシャのコーハを回収して来た。
おーいと、キンダリーがナーシャに声をかけようとするが、それを一緒に近くまで滑ってきたランナが手で止める。
「隊長。ここはもう少し彼らを見守りましょう。」
「はぁ?」
やけに真面目ぶった声のランナの提案にキンダリーが疑問の声を上げる。
その様子に2人が気づいた。
「あ!またランナ先輩、変なこと言ってるでしょ!」
「言ってないもーん!知らないもーん!」
ランナは2人から逃げるように滑っていく。
キンダリーがほらよと言いながらコーハを浮かべると、イコリスがそこに滑ってきて、抱えていたナーシャを立たせる。
そして今度は、無言でランナの事を追いかけ始める。
「えぇぇ!?イコリス君!?ちょっと!追いかけないでよ!あとなんで無言なの!?怖いんですけど!」
ランナはイコリスから逃げるが、イコリスにすぐに追いつかれる。
ランナはイコリスをなんとか振り切ろうとするが、イコリスはピッタリと後ろをマークし、最終的にはイコリスの圧に耐えきれなかったのか、ランナはバランスを崩してコーハから落ちる。
「ぐぇぇぇ!」
踏み潰された蛙のような声をあげて、ランナはちょうどダウリンの足下辺りの砂浜に落ちた。
落ちたところが低い位置なので、ダメージはほとんどないはずだ。
「あれー?どうしたんっすか?ランナ先輩。転んだんですか?」
イコリスがランナの上から白々しく声をかける。
ランナはうつ伏せから仰向けに体を回転させる。
体中砂まみれである。
「うわぁぁん!イコリス君が虐めるー!」
ランナが砂の上で手足をジタバタとさせる。
まるで駄々をこねる子供である。
すると、ランナの元に彼女のコーハを持ってきたヤミロが滑ってくる。
「大丈夫?コーハ持ってきたよ。」
「ヤミロ君!イコリス君が私のことを追いかけ回したんだよ!?どう思う!?」
「どうせ、君がまた変なこと言ったんでしょ。こういうのは大体君が悪いよ。」
「えぇ!?私ってそんな信用されてない!?」
「そうだね。むしろ、君が今そこに驚いていることに僕は驚いているよ。」
ヤミロはため息をつきながら、コーハから砂浜に飛び降りると、起き上がろうとするランナに手を貸す。
ランナはありがと、と言いながらヤミロの手を掴むと次の瞬間、その手を思いっきり引っ張った。
ヤミロは驚いた声をあげて、砂に顔から突っ込む。
「あっはっはっは!私が信用されてないって言った罰だぁー!」
ランナが仁王立ちして高らかに笑う。
「ランナ!君のそういうところが信用されないんだよ!」
その下で、砂まみれになった顔を押さえながら、ヤミロが文句を言う。
「でも、それが私なんだもんねー。私の個性は誰にも止められないぜー!」
そう言いながら、ランナは自分のコーハに勢いよく飛び乗って滑っていく。
ダウリンはそんな二人の様子を上から眺めていた。
アウル隊は2人だけということもあって、ヤミロはランナの奇想天外な行動にいつも振り回されているが、2人が喧嘩したところをダウリンは見たことない。
ヤミロが優しいと言うのが大きな理由だと思うが、ランナもあれでいて、ヤミロが許してくれるラインを意識して行動しているように思う。
性格は正反対だけど、意外と相性いいんだよな、あの二人って。
ダウリンはそんな事を思い、ふと自分の顔を片手で押さえた。
きっとリリがこの場にいたら、また注意されていたに違いなかった。
その後の試合展開はシーソーゲームが続き、最終的には7−6でダウリン達のチームが勝った。
ただ、試合が終わる頃には、イコリスとナーシャの喧嘩の決着をつけるという当初の目的は忘れ去られていて、純粋にアーメットの試合を楽しんでいた。
1試合目が終わり、チームを変えてもう1試合行った頃には太陽はだいぶ傾いていた。
西の空が赤く色づいてきている。
「よし。じゃあそろそろ終わりにするか。」
2試合目が終わってアーメット場から降りて休憩していた皆に、キンダリーが声をかける。
「あ、俺。もうちょっと練習するっす。」
「あ、じゃあ私もー。」
すっかりいつも通りのコンビに戻ったイコリスとナーシャがキンダリーに応える。
「私もやるー。もちろんヤミロ君もやるよね?」
「えぇ。僕はもう疲れたよ。」
ランナの誘いにヤミロは首を横にふる。
「ヤミロ君もやるってー。」
「どうなってるの!?君の耳って?」
「まぁまぁ。ほらほら。」
「いやぁぁぁ。」
ランナにシャツの首根っこを掴まえられ、ヤミロが引きずられながら連れていかれる。
「ほんと、若さってのは偉大ですね。」
アーメット場に入って滑り始めた4人を見上げながら、キンダリーがぼそりと言った言葉にダウリンは思わず笑ってしまう。
「団長。なんで笑うんですか。」
「いやぁ。あのキンダリーが若さについて語る日が来たんだなって思ったらさ。おかしくて。」
「俺だってもう30超えてるんですよ。それくらい言わせてくださいよ。」
「そうだけどさ。やっぱり俺の中ではいつまで経ってもクソガキンダリーって感じだからさ。」
「そんなこと言ったら、団長は誰にしたって、そうかもしれないですけどね。」
キンダリーは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、頭をかく。
「あ。それと団長。言っておきますけど、そのあだ名。あいつらには絶対言わないでくださいよ。一生あいつらイジってくるに決まってるんで。」
キンダリーはダウリンの方を向いて急に真剣な顔で言う。
「わかってるよ。君が犬に追われて木の上に登って泣いて助けを求めた話や、初めてウルフに乗ったら減速できずにRBに激突してウルフを大破させて怒られた話なんて、彼らにはしないよ。」
そう言いながらダウリンはダウリンに手を上げて、RBに戻って行った。
「団長!絶対言わないでくださいよ!」
後ろからキンダリーの責めるような声にが聞こえた。