試合開始の笛
「それじゃ、始めるぞー。フィールド上がれー。」
キンダリーの掛け声で皆はサンダルを脱ぐと、コーハを持ってアーメット場の横に設置された踏み台へ行く。
アーメット場のマナの最下層は地面から70セーチほど浮いているため、通常は踏み台に上がってから足元にコーハを浮かべて、その上に乗る。
踏み台を使わずに、走ってジャンプしながらコーハに乗ることもできるが、それはイコリスのような上級者にしかできない芸当だ。
ちなみにこの最初のコーハに乗るところが、ダウリンにとっては最大の難関である。
ダウリンは邪魔にならないように、皆がフィールドに上がったのを確認してから、最後に踏み台に上がると、足元にコーハを浮かべた。
コーハはまるで水面に浮いた葉っぱのようにゆらゆらと揺れている。
左、右。左、右。
ダウリンは頭の中で乗る順番を唱え、イメージがついたところで左足をコーハに乗せた。
足の裏からコーハが滑る感覚を感じた瞬間、急に体に力が入り、そのせいでコーハが踏み台から離れるように滑っていく。
ちょっ!待て待て待て待て!
どんどん踏み台からコーハが離れていき、このままだと自分の股が割かれてしまう危機感を覚え、なんとか右足に体重をかけて踏ん張って止めると、左足のコーハを少しずつずらしながら台の近くへ引き戻す。
危ない。
試合前から砂浜に落ちるところだった。
フィールドの下には薄い緩衝結界が張られているので、このくらいの高さなら痛くもなんともないが、それがわかっていても落ちるのは怖い。
ダウリンは気を取り直して、今度は左足にしっかりと体重を乗せてから、右足をコーハの上に乗せる。
一瞬ふらついたが、なんとかコーハの上に立つことができた。
よしよしよしよーし。最難関はひとまずクリアだ。
次はどうやって、自陣のゴルカのところに行くか。
ダウリンは自陣のゴルカを見上げる。
ゴルカは砂浜に突き刺した棒の先にあり、フィールドの高さと幅の丁度中間の位置に設置されている。
砂浜からの高さだとおよそ5メトルくらいになるが、ゴルカの前に行くまでには上昇と回転をしながら移動しなくてはいけない。
これは・・・浮くよりも難しいのでは!?
ダウリンはコーハの上で軽く絶望した。
しかし、ダウリンがゴルカの前に行かないとゲームが始まらない。
ダウリンはとりあえず、腰が引けた前屈みのような体制で前に進む。
コーハは身体の左側が進行方向になり、左右の動きは前後の体重移動で曲がるので、前屈みで前方に体重を乗せたダウリンのコーハはゆっくり右に大きく円を描くように曲がって行く。
よし!これで後は上昇するだけだ。
コーハをこのまま旋回させながら上昇させて、ゴルカの高さまで上がったら上昇をやめて、あとはゴルカの方に向いたところで体重を戻して旋回をやめて進めば辿り着くはず!
そう思ってダウリンは右親指に触れている上昇ボタンを押し込む。
しかし、ダウリンは右親指を押したと同時に体重も右にかけてしまったため、コーハがそのまま加速してしまう。
ちょっ!?なんで!?
ダウリンは半ばパニックになりながら右親指を離すが、今度は前屈みの姿勢も戻したために旋回も止まり、その結果、気づいたら相手陣地のゴルカの方向へと突き進んでいた。
「団長!危ないですよ!」
危うくゴルカの棒にぶつかりそうになるところで、ナーシャがダウリンの前へと滑り込んで、ダウリンの体を両手で押さえつつ、自分のコーハを減速させる形で、ダウリンを止めた。
「助かった。ナーシャ、ありがとう。」
「もう!滑りが下手なら、最初から言ってくださいよ!」
ナーシャに怒られダウリンは、だから最初から苦手だって言ったのにとも思ったが、結局ごめんなさいと言うしかなかった。
その後ダウリンは、ナーシャに腕を掴まれ、自陣のゴルカへとエスコートされた。
途中ランナがナーシャに「すいませんねぇ、うちのおじいちゃんが。」と謝っていて、なんとも言えない気分になった。
ゴルカの前までナーシャに連れてきてもらうと、ナーシャは自分の陣地に戻る。
他の皆は既にそれぞれの位置についている。
キンダリーが首にかけた笛を持つと、掛け声をかける。
「じゃあ、いくぞー。よーい。」
高い笛の音が鳴ると同時に試合が始まった。
まず、フィールドの中央でナーシャが、ダウリンから見て右サイド後方にいるキンダリーにクリッツを投げる。
キンダリーは既に前へと滑り始めていて、飛んできたクリッツを掴むと、さらに前、ダウリンのいる方向へと加速する。
ナーシャもすぐにキンダリーとは反対側、左サイドの上部へと進む。
イコリスはキンダリーとナーシャの間の中間エリアをキープするような位置どりをして、キンダリーからナーシャへ投げるクリッツを奪おうと狙う。
一方で、ランナはナーシャの前方に回り込むようにして、進路を塞いでいく。
「ナーシャ!」
キンダリーは右サイドの下部に深く沈み込みように滑りながら、ナーシャの前方へとクリッツを投げる。
イコリスのパスカットを回避するために、下から跳ねるように斜め上に投げたクリッツは、イコリスの足元を通り、ナーシャの方へと向かう。
ナーシャはクリッツを受け取ろうと、前方のランナの左に回り込むようにしてランナの妨害を回避しようとする。
ランナがそれに合わせて左側へ移動を始めたところで、ナーシャは左足を踏み込んで右足を逆に上げるようにしてコーハを立たせながら急減速をかけて止めて、今度は右足を踏み込んでコーハを水平に戻しながら、右足を軸にコーハを時計回りに半回転させて方向転換をすると、ランナの右側へとすり抜けるようにして滑る。
ランナはナーシャのフェイントに引っかかり左に進んでいるので、すぐに反応できない。
ナーシャはそのままランナの横を通りすぎ、飛んできたクリッツを掴む。
そして、そのままの勢いで左サイド上空から、ダウリンが立ちはだかるゴルカへと下降しながら滑ってくる。
ダウリンはクリッツの進路をできる限り妨害しようと手を広げて待ち構えるが、ナーシャはそのまま速度を落とさずに、ゴルカへ向かってクリッツを投げる。
クリッツはダウリンが伸ばした左手を少し掠めながら、そのままゴルカへと吸い込まれていく。
キンダリーの笛が鳴り、ナーシャチームに1点が入った。