三日月の夜に参拝したのは誰なのか。
課題を終えた23時。ふと、二階の窓ガラスから見降ろした。薄暗い夜道を照らす外灯に人影。目を疑った。
鼎神社。旧参道に面した僕の家。三日月の晩に詣出ると恋愛成就する言い伝え。たまに人を見かけても、まさかと思った。
こんな寒空に、どんどん夜の神社に吸い込まれる人影。気がつくと参道の登り坂の先を僕は見つめていた。
──女の人だった。それも、何処か見覚えのある。
僕は、どうにも気になり学校の体操着のまま外に出た。恋愛成就を口実に参拝するフリをして。
長い黒髪の揺れる後ろ姿。身体の輪郭。僕と同じ体操着。少し安心する。けど、バレやしないかと後をつけてる後ろめたさにドキドキした。その後ろ姿から目が離せなかった。
☆
夜の神社に設置されたセンサーライト。点灯した境内の明かりに、目を閉じて祈るその素顔。高鳴る鼓動。倒れそうだった。まさか……。
息を呑む。呼吸が止まる。声にならない。決して近づいてはイケない。けど、動けない。
言い伝えでは願った直後、キス顔をする決まり。見てはイケなかった。けど、見てしまった。
(──カーン……)
夜の神社に響いた音。誰が捨てたのか、動揺した僕の足元の空き缶が神社の石段に落ちた。
反応したセンサーライトが僕の影を石段に映して。目が合ってしまった。
しばらく、凍りついた。何も言えないまま。三日月と雲を見るしかなかった。
「上坂君?」
「宮月さん」
聴き取れなかった言葉。点灯した境内から宮月さんが僕に近づく。初めて同じクラスになった。いつも見てるだけだった。
「見たの?」
「え?」
「キス顔」
初めての会話。夜の神社の冷たい空気。僕ら以外誰も居ない静けさ。
三日月のずっと手前に、宮月さんの瞳が迫る。
「上坂君も見せてよ」
三日月みたいな宮月さんの唇が笑う。誰も返事しない夜空に宮月さんの長い髪が揺れた。
「そ、それは」
「出来ないの?」
僕を見つめた万華鏡みたいな宮月さんの瞳。僕は観念して目を閉じた。
「好きな子。誰?」
「え、いや、あの……」
蜘蛛の巣に掛かった蝶のように、僕の頭の中が痺れる。名前を告げて楽になりたい。
「秘密。だよね? 神様が見てる」
目を開けた僕に、満月みたいな宮月さんの瞳が見ていた。
「私の事。秘密にして」
センサーライトが石段と宮月さんの後ろ姿を照らしてる。
その背中に揺れる髪や身体の輪郭が、僕を置き去りにして。
宮月さんの好きな人の名前は聞けないまま。僕は明日からもずっと、宮月さんから目が離せなかった。