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夢の中の不思議な喫茶店 参

 一時間半くらい車を走らせ到着したのは、一軒の集合住宅だった。明るいレンガ調が可愛らしい、ごく普通のアパートだ。

「二階の角部屋だって。じゃあ行こっか」

 ナギ先輩がそう言って車を降りる。

「送ってくれてありがとう」

「いえ。行ってらっしゃいませ、若様」

 ナギ先輩と守本さんのやり取りを聞きながら、あぁ本当に若って呼ばれてた……とこっそり思う。もしかしたらこういう場面を誰かに見られて、それが噂のきっかけになったのかもしれない。ただでさえ煌びやかな先輩なのに、田舎じゃこの車は余計に目立つもんなぁ。


 指定された部屋のドアには、205号室というプレートがつけられていた。ナギ先輩がチャイムを押す────出てきたのはショートヘアの女性だった。目の下には分かりやすく隈ができている。

「鹿子家の者です。依頼人の、舞川 千帆さんですね」

「えぇそうですけど……」

 そこまで言ったあと、舞川さんは目をぱちくりとさせた。

「思っていたより若い人達でびっくりしました」

「あはは、よく言われます」

 明るく笑うナギ先輩に釣られてか、舞川さんもクスリと微笑んだ。それから「どうぞ」と招き入れてくれる。

「お邪魔します」

 挨拶をして室内に入る。短い廊下の右側にキッチン、左側にお手洗いとお風呂、そして奥にひと部屋あるタイプの間取りだ。こういうの、1Kって言うんだっけ?

「狭くてごめんなさい。適当に腰かけてくださいね」

 舞川さんはそう言って、キッチンへ消えて行った。二人かけのソファーに座るのはなんだか忍びなくて、私はベッドのすぐ傍に腰を下ろす。先輩達も考えることは同じだったのか、私のすぐ傍に座った。

 やがて人数分のティーカップをお盆に乗せた舞川さんが帰ってきた。甘い香りが鼻を擽る。

「今、ココアしかなくて……大丈夫でしたか?」

「あ、全然大丈夫です!」

 寧ろすみませんと謝る私の横で、「良かったねこーちゃん、コーヒーじゃなくて」「うるせぇはっ飛ばすぞ」と、先輩達が小声で小競り合いをしていた。恥ずかしいからやめて欲しい。


「……さて」

 ココアをひと口飲んだあと、ナギ先輩は舞川さんを見据えた。さっきまでとは打って変わって、真剣な顔をしている。

「大体のことは伺ってますが、もう一度お話を聞かせて貰っていいですか?」

 いよいよ仕事が始まる。私は背筋を伸ばして舞川さんの言葉を待った。

「よく不思議な夢を見るんです」

 依頼人である彼女がそんな切り口で語り出したのは、こんな話だった。







  △△△







 最初にその夢を見たのは、小学生の時でした。


 夢の中で私は、小洒落た喫茶店にいるんです。

 そこは古民家を改装して造られたものらしくて、案内看板も小さいんです。だから一見すると、喫茶店には見えないんですよ。そのせいなのか、その時のお客さんは私だけでした。

 けど、そんな雰囲気がテレビでたまに特集される「隠れ家喫茶店」みたいで、ちょっとかっこよくて。いいなぁって考えながらもお店の中を見渡していたら、店主────あ、優しそうなおばあさんなんですけど────が、店の奥から顔を出したんですよ。で、「何か食べてくかい?」って聞くんです。

 でも当時はまだ小学生だし、お小遣いもあったらすぐに使っちゃうタイプの子供だったから……その時も持ち合わせが少なくて。それに、子供ながらにこういうところで食べるご飯は高いんじゃないかって心配だったから、「お金がないからごめんなさい」って断ったんです。そしたらおばあさんは笑いながら「お金はいらないよ」って、メニューを見せてくれました。

 それなら……って思って、私はオムライスを選んだんです。え、理由? ただ単にオムライスが一番好きだったからってだけですよ。

 それを聞くとおばあさんは奥に引っ込んで、今度はオムライスを持って出てきました。で、座るように促されて。言われるがまま席についた私の目の前に、オムライスが置かれました。

 それがですね、陶器のお皿にどーんと乗ったオムライスにケチャップがかかってるだけの、めちゃくちゃシンプルな一品だったんですよ! お店で食べるオムライスって言えば、パセリが乗っていたり、デミグラスソースがかかっていたり、ふわふわトロトロだったりで、洒落てるものが多いじゃないですか? だけど、そういうのが一切ない、昔ながらのオムライスって言うか。

 そこの気取ってなさが新鮮で、すごく印象的でした。ひと口食べてみたら、これがまたこの世のものとは思えないくらいに美味しくて! ……あ、ごめんなさい。話を続けますね。

 そんな感じであっという間に食べ切っちゃって、しょんぼりする私におばあさんは「また来るといいさ」って笑ったところで目が覚めました。

 えぇ、一回目の夢はこれでおしまいです。


 それからと言うもの、夢の中の私は度々、その喫茶店に行くようになります。寝たら必ずその夢を見るってわけでもなくて、二日連続で見る時もあれば、一ヶ月以上見ない時もあって、一貫性はありませんでした。

 同じなのは店主のおばあさんが出てくることと、オムライスを注文すること、お代を断られること、ですね。他のお客さんはいたりいなかったりですが、いたとしてもまばらって感じで、賑わっていることはありませんでした。

 何回目くらいかなぁ。おばあさんが私のことを認知するようになって「また来てくれたんだね」とか「今回もオムライスにするかい?」なんて言ってくれるようになって。常連客として顔を覚えて貰えたことが嬉しかったんですよ。

 


 ……と、長々語ったんですけど、最初に言った通り、これは夢の話なんです。

 こんなにも事細かに思い出せるのに、この喫茶店は現実には存在しない。存在しないのだから、私がそこの常連客だった事実は勿論ないし、店主のおばあさんだっていない。

 そんなことは分かりきってましたけど、こう何回も夢に出てくると、やっぱり気になるじゃないですか。だからネットで検索してみることにしたんですよ。

 結果は……まぁ、当たり前ですけど難しいですよね。写真でもあれば画像検索で一発なんですが、そういうのは無いですし、たくさん通ってるはずなのに喫茶店の名前も曖昧で、調べようがありませんでした。


 で、笑われるのを承知で、ネット掲示板に書き込みをしてみたんです。こんな体験をしたんですが、何か心当たりのある方はいませんか、って。

 案の定、殆どは「ただの夢だろ」って感じのレスだったんですが、一件だけ「自分も夢の中で喫茶店に通ってる」っていうのがあったんです。そんな偶然もあるんだなって思って詳しく聞いてみたら、細かいところまで私の夢と一致して! そんな不思議なこともあるのかって、お互いにびっくりしたんですよ!

 それでその人────ソラさんって言うんですけど、個人的な連絡先を教え合って、夢を見た日は連絡を取り合うことにしたんです。私はマイと名乗り、お互いにそれなりの頻度でやり取りをしてました。

 ソラさんはいつもコーヒーとハンバーグを頼んでるらしくて。何度も同じ夢を見ている仲間なのに、何故か同じ日に夢を見たことはないのがちょっと不思議だったんですけど、いつか夢の中の喫茶店で会える日が来るかもね、って、多分私達が〝初めて〟顔を合わせるのはあの喫茶店だろうね、って、言い合ってたんです。



 それが一ヶ月くらい前────、ソラさんから連絡があったんですけど、いつもと毛色が違くて。なんか、店主のおばあさんに「そろそろお代が欲しい」って言われたそうなんですよ。

 今までは私と同じように「お金はいらない」って言われ続けてたらしいんですが、その日の夢だけは何故かお代を請求されたみたいで。ちょっとびっくりしたけど、そりゃあお店ならお代を払って当然だよなと思い直して、財布を探したら見当たらない。仕方ないから次回でいいかと聞いたら、「それでいい」「まとめて払ってくれ」って答えが返ってきた、って。

 今まで全然請求して来なかったのになんで今更なんだろうね、って言ってました。それから、今までのぶんを全部まとめて払えって言われたらどうしよう、かなりの金額になるよね、とも。

 その時、こう……上手く言えないんですけど……、私、なんだかすごく嫌な予感がして、もうその喫茶店には行かない方がいいと思う、って言っちゃったんです。そしたらソラさん、「そんなこと言って、これから先もお前だけ通うつもりなんだろ!」って怒っちゃって……。

 そんなつもりじゃなかったって言っても、全然聞いてくれませんでした。今までの温厚なソラさんが嘘だったみたいに、ものすごい勢いで怒るから怖くなっちゃって、しばらく連絡を控えてたんです。


 そしたらついこの間────えっと、約一週間前ですね────にソラさんから連絡が来たんですけど……その内容が【マイ 言う通り もう 来るな】って。本当、意味が分からないですよね。不思議に思って返信してみたら、返ってこなくて。

 そりゃ心配でしたよ。でも、ソラさんの住んでる場所も顔も知らないし、どうしようもないじゃないですか。そうこうしている内に、私は夢の中でまたあの喫茶店に行ったんです。

 ソラさんに「もう来るな」って言われたの、多分この喫茶店のことだよなぁって思ってるんですけど、そんな意思とは裏腹にいつものオムライスを頼んで、食べて、さて帰ろうと思った矢先におばあさんがやって来て、「お代を」って言ったんです。

 あ、やばいって直感的に思いました。それで咄嗟に「次回でいいですか!」って聞いたんです。そしたらおばあさんは頷いて、「次回、必ず頂く」って答えたんですよ。



 慌ててそのお店を出て、いつものように夢から覚める直前────看板が目に止まったんです。今まで何度も目にしてて、その度に忘れちゃってたお店の名前が、その時、ようやく分かりました。

 そのお店の名前は。

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