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〝見える〟人 陸

 しばらく先輩達のやり取りを眺めていたけど、どうにも収まりそうにもないので。

「……ところで、どうしてお二人はここに?」

 私はさっきの質問をもう一度ぶつけてみることにした。

「電車に乗って帰るって言ってませんでした?」

「あー、あれは嘘だよ」

 あっけらかんと鹿子先輩が答える。

「ご自宅はこっちってことですか?」

「いや。俺らはマジで電車通学」

 今度は犬神先輩が答えてくれた。つまり、帰るって言った方が嘘だったってこと? なんでまたそんな嘘を……?


「久留生さんはさ、逢魔(おうま)が時って知ってる?」

 唐突に鹿子先輩がそんなことを言い出した。聞いたことはある。夕暮れ時を指す、昔の言葉だ。

「逢瀬の逢に魔物の魔と書いて逢魔が時。読んで字の如し、魔物……即ち、この世のものではない何かに逢いやすい時間だって言われてるんだ」

 私の回答を待たず、「現代で言うと午後六時くらいのことだね」と、先輩は逢魔が時の説明をしてくれる。

「……」

「ふふ、なんで今その説明をするんだって顔だね?」

 黙ったままの私を見て、鹿子先輩はクスクス笑った。

「昼と夜とが曖昧になるこの時間帯は、奴らが活動しやすくなる時間の一つでもある。それにね、きっとご機嫌ナナメだろうと思ったんだ。今朝、久留生さん(獲物)を取り逃したわけだから」

「……早速囮に使われたってことですか」

 つまり鹿子先輩は、今朝のアレが再び私を狙いにやってくると踏んでいたんだろう。それで敢えて私を一人にして、泳がせてみた。その予想は見事に的中し、アレは私の前に姿を現したってことか。

「まぁまぁ、出てきたのが逢魔が時の方で良かったんじゃない? これが丑三つ時だったら、それこそお互いに面倒だったでしょ?」

 私の言葉は否定せず、そう言ってのける鹿子先輩を見て、やっぱり怖い先輩なんだと再確認する。分かってはいたけど、この人、全然優しい王子様なんかじゃない。

「だから言ったろ。コイツの性根は腐ってるって」

 横で犬神先輩が呆れたように言った。それに対して鹿子先輩は「失礼だなぁ」と、晴れやかな笑顔を浮かべる。

「半分、いや、二割くらいは来ないかもしれないと思ってたんだよ。なんせ、今朝こーちゃんが脅したばかりだったし。でも残りの八割に賭けて、僕達が様子を伺ってて良かったじゃない」

「高確率で来ると思ってたんじゃないですか。だったら事前に言ってくださいよ……」

 知っていたら心の準備もできたのに。油断しているところにいきなり出て来られるのは心臓に悪いし、普通に怖い。多分、今回のでだいぶ寿命が縮まったと思う。

「あはは、ごめんねぇ。次からはそうするよ」

「本当ですよ! 次からは……って、え? 次?」

 今、どさくさに紛れて、なんか言質を取られた気がする。鹿子先輩を見れば、「言ったな?」って顔をしていた。


 ────嵌められたかもしれない。


「ありがとう久留生さん! アルバイト、歓迎するよ!」

「……殴り倒してもいいぞ、コイツのこと」

 犬神先輩が同情的な眼差しをくれる。……まぁ、うん、腹が立たないと言えば嘘になるけど。

「さっきのを見ていたなら分かって頂けると思うんですが、私、本当に無力ですよ」

 私がやったことと言えば、家へ帰るためにただ歩いていただけ。それをあちらが勝手に寄ってきただけに過ぎない。鹿子先輩達に張られているとは知らずに。

「は? 何? お前、マジでバイトする気なの?」

 素っ頓狂な声をあげた犬神先輩は目をまん丸に見開いていた。……そんな顔もするんだ、とちょっと場違いな感想をこっそり抱く。

「だってここで断ったら、今後こういうのに襲われた時、頼み込んでも無視されそうで……」

 無論、本心だ。たった数時間の短い付き合いの中で、この人ならやりかねないと思ってしまうくらいには、鹿子先輩に対する信用度は落ちていた。

「酷いなぁ久留生さん。僕だって依頼として頼まれたら、その分はちゃんと動くよー? 勿論お仕事だからお金は頂くけど。そうだねぇ、あれくらいの大物になると……」

 こそり、と鹿子先輩が耳打ちしてくれる。呟かれた値段の高さに思わず「それ、ぼったくってませんか!?」と大きな声をあげてしまった。

「あはは。久留生さんって大人しそうな顔して、案外言うよねぇ」

 鹿子先輩は楽しそうに笑ったあと、「因みにマジな値段だよ?」と釘を刺してくる。

「しかもそれ、依頼料を抜きにした値段だから。大物だとそれ相応の手当が発生するの。当たり前だよね? 僕はこれで生計を立ててるわけだし、命の危険だってあるんだから。それに大物になればなる分だけ、手間と時間が必要だもん。久留生さんも見てたでしょ? こーちゃんも頑張ってくれてたしね、そりゃあ上乗せもするよぉ。あ、あとプラスで出張費も必要かも。僕んちまで来てくれたなら掛からないけど、今回は屋敷外での業務だからね。つまり、今回の場合」

 鹿子先輩は片手を出して、ヒラヒラと振ってみせた。

「このくらいは必要かな?」

 犬神先輩を見やれば、無言で肩を竦められる。どうやら本当らしい。

「依頼を請ける時、先方にはプラスで掛かるかもしれないって伝えてるしねぇ。けど、うちはちゃんと後払い……依頼が達成されたことを確認できたら払ってねってシステムなうえ、分割払いやボーナス払いも可能だし、良心的な方だと思うよ? それに僕んちってこの界隈じゃそれなりに名を馳せてるけど、ホームページとか宣伝用のSNSアカウントを持ってたりしないからさ、一般的に見ればただの旧家なの。だからうちの門を叩くのは、風の噂で僕らのことを聞きつけた、現在進行形で困ってて、切羽詰まってる人が多いんだ。ごく稀に僕らの専門外の人も訪ねてくるけど、そういう人にはきちんとした病院を紹介して、お金は貰わないようにしてるし。ほら、かなり良心的でしょ? ぼったくりだーなんて言ってきたの、久留生さんが初めてだよ、ふふふ」

「お、怒ってますか……?」

 早口でそこまで捲し立てられたら、さすがに気が引けてしまった。鹿子先輩はあくまでも笑顔のままってところが、更に恐怖心を煽っている原因だ。

「そんなことないよぉ。ただ、久留生さんって本当に面白いなぁって思っただけ」

「そう思うなら、後半でスッと真顔になるのやめてくださいよ!」

「お前って人をからかうの、マジで好きだよな」

 趣味わる、と犬神先輩が呟いた。からかわれているのは理解できるんだけど、ずっと表情が変わらないぶん、どこまでが本音でどこからが冗談なのか、分かりにくいんだよな……。


「さて、僕んちに関することはこれくらいかな。他に聞きたいことはある? 」

 また笑顔に戻った鹿子先輩がそう訊ねてくる。聞きたいことはたくさんあるけど。

「さっきのアレはどこへ行ったんですか?」

 まずはアレの行き先についてだ。鹿子先輩に祓われたあとのアレ達は、一体どこに行くんだろう。天国にしろ地獄にしろ────そういう死後の世界みたいな、行くべきところへと旅立つんだろうか。

「あの人の呪いのこと? 本人のところじゃないかな?」

 でも、先輩から返ってきたのは、思っていたような返事ではなかった。

「本人……ってなんですか?」

「ん? 本人は本人だよ。呪いの元となった、強い思いを抱いた張本人のこと」

 ……? よく分からない。強い思いだけをこの世に残して、当の本人は先に死後の世界へと旅立っているってこと?

「……あぁ! なるほどね!」

 考え込む私の横で不思議そうな顔をしていた鹿子先輩は、合点がいったというようにポンっと手を打った。それから「さっきの人、別に亡くなってないよ?」と、なかなかに衝撃な事実を告げた。

「え!? そうなんですか!?」

「道理で話が噛み合わないなぁって思ったよ。そっかそっか、久留生さんは〝見える〟けど区別はまだ付いてないんだね」

「……ったく、テメェの基準で物事を測るからそうなるんだよ」

 それまで殆ど口を挟まず、黙って私達のやり取りを聞いていた犬神先輩が大きなため息をついた。そのあとで私に目を向け、「俺はそもそも、全部同じように見えてんだわ」と言う。

「なんつーの、黒い(もや)が集まってる感じ? そこに居んのは分かんだけど、渚みてぇにはっきりとは見えねぇの。お前はどうなの?」

「えっと、人型だったり動物っぽかったり化け物みたいな見た目だったりで、結構様々です。……あ、さっきのは黒い影でした。同じ〝見える〟でも全然違うんですね」

「まぁな。……しっかし結構見えてんな。お前、確実に渚寄りだわ」

 犬神先輩は「大変だったろ」と労いの言葉までくれる。見た目は確かに不良みたいだし、口調も荒くて怖いけど、多分、根は優しい人なんだろうなと感じさせる。噂だけで人を判断するのは良くないな、と改めて思った。

「そこまで違いが分かってるのなら、今後場数を踏んでいく内に、アイツらの区別も自然とつくようになると思うよ」

 鹿子先輩はそこまで言うと「今日はこのへんでやめておこうか」と続けた。

「久留生さんだって色々整理したいだろうし、初日から詰め込みすぎちゃうと疲れちゃうでしょ?」

「そうですね、そうして貰えるとありがたいです。あ、でも最後に一つだけ」

 私は鹿子先輩を見やった。


「さっきの呪い、本人のところへ帰ったんですよね。あれだけ強い恨みが跳ね返って大丈夫なんですか?」

「そうだね。僕の腕にあるまじないは、アイツらを祓うためにあるって言ったでしょ? 祓うという行為はそれまでの穢れを取り払って、綺麗な状態になることを指すんだ。だから、とりあえずは大丈夫だと思う。『今回は』、ね」

 鹿子先輩は最後だけやけに強調した。その口元には妖しい微笑みが浮かんでいる。

「どこの誰かは知らないけど、恨みの感情が独り歩きして呪いとして育っていくくらい、思いの強い人みたいだからねぇ。恐らく、元からそういう素質がある人だろうから────もしまだ特定の誰かを恨んでいるのなら、同じことを繰り返すんじゃないかな。そしたら今度こそ、当事者のところへ呪いが飛んで行っちゃうかも。あれだけ強い呪いをいち個人が浴びたら……どうなるだろうねぇ? ……あぁ、それに」

 さぁっと、一陣の風が通り抜けた。


「〝人を呪わば穴二つ〟とも言うよね、怖いよねぇ。ふふふ」


 汗をかいたからだろうか。背筋にゾクリと冷たいものが走る。

 そんなことは知らぬ存ぜぬな世界を、夕焼けが赤く染めていた。

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