〝見える〟人 肆
多分、久留生さんも勘づいていると思うけど、アイツらの中には嫌な気配を纏っているのがいるでしょ。
瘴気って言えばいいのかな、アレにあてられると体調を崩したり、気分が沈んだり、体に力が入らなくなったり……あ、やっぱり経験ある? ほんと、碌なことがないよね。
まぁ、それは僕も同じなんだ。意外そうな顔だね。でも、アイツらを祓うためにはアイツらに関わらないとだからさ。特に祓うとなるとただ見聞きする時よりももっと深く、もっと密接にアイツらと向き合う必要があるわけ。
これが結構苦痛でねぇ。あんな風に瘴気を放つくらいだから、この世に強い未練を残して亡くなったモノとか、誰かに恨みつらみを抱えたモノとか。あとは……これが一番厄介なんだけど、憎しみが強すぎてもう自分でも何を憎んでいたのか分からなくなって、誰彼構わずに悪意をぶつけるようになっちゃったモノとか。
そういうのって全部、祓う時に見えちゃうんだ。瘴気の根本に触れるから当然と言えば当然なんだけど。それで、あれを直接浴びるとどうなるか……お察しだよね。体調も気分も最悪。酷い時にはその場で倒れたり、何日も寝込んだり。
それに加えて……あ、これはちょっと恥ずかしい話なんだけど、僕って昔から体が弱くてね。件の瘴気を幼少期から浴びまくってたせいなんじゃないかな、多分。まぁ、体が弱いからすぐにフラフラになるわ、寝込むと回復も遅いわで、なるべくならアレにあてられたくないわけ。
そこで登場するのが我が幼馴染、こーちゃん。こーちゃんは僕とは正反対。昔からとにかくやんちゃで体が強くてね。本人曰く風邪も引いたこともないらしいよ。ふふっ、なんとかは風邪をひかないってね……もう、冗談だってば、そんなに睨まないでよ、こーちゃん。
更に言えば強いのは体だけじゃなくて魂……、つまりオーラもなんだよね。これに至っては人並み以上でさ、具体的に言えばアイツらの瘴気を薄める程度には強力なの。一般人がライターくらいの仄明るい光だとしたら、こーちゃんは太陽光くらい?
まぁそれはさすがに大袈裟だけど、かなりの差があるのは確かだよ。────その理由? さぁ、分かんない。オーラにも個人差があるからねぇ。こーちゃんは鈍感バカ……じゃないや、メンタルが鋼みたいだからかなぁ?
そうそう、さっき、こーちゃんがアイツらを追っ払えるのは僕のまじないがついたブレスレットのお陰って言ってたよね。でも僕は、こーちゃん自身のオーラの強さも関係してると思う。
そんなこーちゃんが傍にいると、アイツらの瘴気が薄まるぶん僕も心強いし、実際に一人で事をこなした時よりも寝込む時間は短いし。だからよく一緒にいて貰ってるの。僕んちの家系や仕事、それから僕自身の事情も知ってくれているから気も楽だしね。用心棒って言うのはそういうことだよ。
△△△
「……ところで、久留生さん」
話の途中、不意に名前を呼ばれた。鹿子先輩がにこやかに私を見ていた。あ、なんだろう。すごく、嫌な予感がする。
「今朝のモノが何か、僕は直接見てないから分かんないけど、こーちゃんの言う通り祓ったわけじゃないのは確かだよ。いつ、また久留生さんの元へ戻ってきてもおかしくないのも事実だね」
「……つまり?」
「ふふっ、何かしら察しましたって顔だね。いいねぇ、察しがいい子って僕、好きだよ」
冗談なのか本気なのか────、おおかた前者なんだろうけど、鹿子先輩はそんなことをさらりと言ってのける。反応に困って犬神先輩に目を向ければ同情的な顔をされた。
「あー、あんま気にすんな。そいつ、人をからかうのが生きがいの、性根腐り野郎なんだわ」
「酷い言い草。半分くらいはほんとなのにー」
なんて言ったあとで、鹿子先輩は「それはさておき」と再び私を見つめた。
「ここからが重要なお話。僕が見た限り、久留生さんが持ってるオーラって僕のに似てるけど、決定的な違いがあるんだよね。それは久留生さんのオーラにはアイツらを惹き付ける力があるってこと」
「え……?」
「って言うよりは久留生さんのオーラってめちゃくちゃ目立つんだ。だからアイツらを寄せ付けやすいし、絡まれやすいの。ほら、夏の街灯によく虫が群がってるでしょ?」
「いや、女子相手に虫ってお前……」
犬神先輩が呆れたように口を挟む。「あ、そっか。例えが悪くてごめんねぇ」と鹿子先輩はバツが悪そうに頬を掻くけど、それはこの際別にいい。
「私、そんなに目立つんですか?」
私の質問に、鹿子先輩は頷いた。
「うん。アイツらにとっての久留生さんはそんな感じなんだよ、実際に。自覚はないかもしれないけどさ、そうでもなきゃアイツらだって、ただ見聞きできるくらいの人のところにわざわざ集まって行かないよ」
改めて言われると、結構ショックが大きい。なるべく関わらないようにしてきたつもりだったのに、自ら呼び寄せていたなんて。
「それにしても不思議なオーラだよねぇ」
水の入ったグラスを弄びながら、鹿子先輩は目を細める。
「いろんな人を見てきたけど、久留生さんみたいなオーラは初めてだよ。なんて言うのかなぁ、わざと目立たせてるみたいな? それくらい派手なんだよね。なんでだろう?」
「……」
「それに、アイツらを映すのは右目だけなんでしょ? そんな中途半端な能力も初耳。どうしてかな?」
「……そんなことを言われましても」
そんなの、私が知りたいくらいだ。そんな私の心を読んだかのように、「あはは、そりゃそうだ」と鹿子先輩は笑った。見た目は確かに王子様みたいだけど、やっぱり、先輩は全体的にちょっと怖い。
「さてさて、そんな久留生さんにひとつ、提案があります」
グラスを脇に避けたあと、鹿子先輩は細い人差し指を立てた。
「僕のところでバイトしない?」
「は? 渚、お前本気かよ?」
私より先に犬神先輩が反応した。本当に困惑している様子だ。
「本気も本気、大真面目」
犬神先輩にそう答えたあとで、鹿子先輩は続ける。
「久留生さんは寄ってきたアイツらを僕に祓って貰える。僕はわざわざアイツらの根城を叩かなくても久留生さんに呼び込んで貰える。勿論、ちゃんとバイト代は出すし。ほら、ウィンウィン、寧ろ久留生さんにとってはプラスじゃない?」
「それ、言い方を変えれば私を囮におびき寄せるってことじゃ……」
「ふふっ、そうとも言うかもしれないね」
鹿子先輩は怪しく笑った。
「だけど考えてもみてよ。久留生さんにはアイツらを祓う力はないわけでしょ。それなのに放っておいてもアイツらはそのオーラに惹かれて勝手にやってくるんだよ。これから先も、ずっとね」
そう言われてしまっては言葉に詰まる。確かに、私にはそれを解決する術はないのだから。でも、だからと言ってあれに積極的に関わるのは危険だよね。
とりあえず何か言おうと口を開いた時、
「お待たせしましたぁ」
この場に似つかわしくない明るい声が響いた。
店員さんが立っている。それぞれのドリンクと、とんでもなく大きなパフェを持って。
「スーパージャンボイチゴパフェでございまぁす」
間延びした口調と共にテーブルへ置かれたパフェは少なくとも高さが三十センチはありそうだ。って言うかこのガラスの入れ物、ドリンクピッチャーでは……?
あまりの大きさに三人で顔を見合わせる。鹿子先輩もここまで大きいとは思っていなかったらしい。大きな目をぱちくりさせている。
「えーっと……」
しばらくの沈黙のあと、苦笑いを浮かべて鹿子先輩は言った。
「まぁ、とにかくこれを食べてから考えよっか」
「そ、そうですね」
食べ切れるかな……。