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〝見える〟人 弐

「多分それ、犬神先輩だよ」

 お昼休み。クラスが違うと言うのにお弁当を掲げてやってきた友達────今朝寝坊して遅刻しかけた成海は、そう言って知らない名前を挙げた。

「犬神先輩?」

「そうそう。札付きの不良だって話だよ~?」

「不良……」

 成海の言葉を反復する。今朝私を助けてくれた……かもしれない先輩は、犬神 紅牙(こうが)という名前で、割と有名らしい。


 曰く、二十人を相手に一人で打ち勝った。

 曰く、怖い人達との繋がりがあるらしく大抵のことは揉み消せる。

 曰く、喧嘩相手の返り血を浴びながら高らかに笑っていた。

 曰く、金属バットを片手に暴れ回っていた。

 ……エトセトラエトセトラ。


 どこまでが真実なのか分からない噂ばかりだけど、確かにあの派手な髪色や耳元で揺れていたピアスなんかを見れば、不良というイメージはピッタリかもしれない。

「成海はなんでそんなに詳しいの?」

「そうだねぇ。不良として有名だってのもあるけどさ、犬神先輩って顔立ち自体はめちゃくちゃ整っててマジで美形だから、ファンクラブとかもこっそり存在してるんだよ。ほら、悪い男ってなんかかっこいいみたいなところあるじゃん」

「……相変わらずの面食いだね」

 思わず苦笑すると、「イケメンは目の保養でしょ!」とやや食い気味に言われた。ここで横槍を入れては先に進まないので、あぁうん、と曖昧な返事だけはしておく。

「それに犬神先輩はあの鹿子(かのこ)先輩と幼馴染らしくって、すごく仲良いって話だよ。鹿子先輩って犬神先輩とはまた違うタイプの美形だから、二人で並んでるとマジ圧巻なんだよね!」

「いや、あのって言われても、どの人か分かんないんたけど」

「はぁ!?」

 ガタン、と机と椅子を揺らして成海が立ち上がる。勢いと圧がすごい。

「いくらなんでも鹿子先輩は知っておきなよ! 女の子みたいな可愛い顔立ちしてるうえ、声も甘くてかっこよくて、しかも誰にでも優しいから、王子様みたいだって有名じゃん!」

 こういう話になると成海は本当によく喋るなぁ、と思う。昔からイケメン好きの面食いで、クラスの誰がかっこいいだの、アイドルのなんとかくんは神レベルだの、よく話していたっけ。

「って言うかさ」

 ようやく落ち着いた様子の成海が、少しだけ声のトーンを落として席に着く。それからぐいっと顔を寄せた。……内緒話をするつもりらしい。

「犬神先輩が一年の女の子に絡んでたって、うちのクラスで話題になってたよ。でもまさか環だとは思わなかった」

「……別に絡まれてたわけじゃないよ」

「そうなの? 腕を掴んで脅してたって聞いたんだけどなぁ」

 なんだか、噂は事実とは少しばかり歪んで伝わっているみたいだ。あの影から助けてくれたのかどうかは定かじゃないし、先輩のことはよく知らないけど、根も葉もない悪い噂を流されてしまうのはさすがに申し訳ない気がする。

「放課後……校門前で待ってみようかな」

「もしかして会いにいくつもりなの?」

 驚いたような表情で成海が私を見る。

「あの人、なんにでも噛み付く〝紅い狂犬〟なんて呼ばれてるんだよ。大丈夫なの?」

「それは分からないけど……どうしても、確かめたいことがあるの」

「……」

 成海はしばらく私の様子を伺うような顔をしていたけど、「そっか」と笑った。

「まぁ、環は変なところで頑固だしね。でもなんかされたら言いなよ! 狂犬だかなんだか知らないけど、あたしがぶっ飛ばしに行くから!」

「あはは、その時は頼りにしてるね」

 頼もしい幼馴染の言葉に笑いながら頷く。犬神先輩……か。校門前で待っていれば会えるかな?







  △△△







 放課後、正門前。

 次々と出てくる生徒達を眺めながら犬神先輩を待つことにする。成海の情報によると犬神先輩は帰宅部らしいから、ここで待っていれば恐らくは会える、と思うんだけど。

「待ち伏せはやっぱりよくないかなぁ」

 今朝顔を合わせただけの後輩が自分を待っていると考えると、少し怖いかもしれない。そうは言っても連絡先は知らないし、何よりも真実が気になるし。

 どうしたものかなぁ、なんて思っていると、騒がしい声が近付いてきた。


「行こうよー。めちゃくちゃでっかいパフェなんだよ、食べたくない? しかも期間限定なんだよ?」

「うるせぇな、そんなに行きたいならお前一人で行けよ」

「えー、一人だと恥ずかしいじゃんかー」

「野郎二人で行く方がもっと恥ずかしいわ!」


 ちょっと可愛い内容の口喧嘩だ。そしてそのうちの一人の声には聞き覚えがあった。こっそりと様子を伺う。やっぱり、犬神先輩だ。いかにも面倒臭いという表情をしながらこちらに歩いてくる。

 そしてその後ろからもう一人、「ねぇねぇ、いいでしょー」と甘えたような声でせがみながら、犬神先輩を追いかけている男子生徒。こちらも三年生らしい。二人でぎゃいぎゃい騒ぎながら、私の前を通り過ぎて行く。その後ろ姿に、思い切って声をかけた。


「あの……犬神先輩!」

「あ?」

 不機嫌そうな返事が返ってくる。振り返った犬神先輩は訝しげに私を見たあとで「あー……」と頭を掻いた。

「お前は確か、今朝の」

「こーちゃん、知り合い?」

 犬神先輩の隣からもう一人の方の男子生徒が顔を覗かせる。なんだか可愛らしい顔立ちをした人だ。この人が鹿子先輩、だろうか?

「いや、別に知り合いってわけじゃ……つーか、人前でその呼び方すんじゃねぇ」

 ますます不機嫌そうに眉を釣り上げる犬神先輩に対して、その男子生徒は何処吹く風だ。それから私を見て、「多分初めましてだよね?」とそれはそれは綺麗に微笑んだ。

「僕、鹿子 渚っていうんだ。君は?」

 やっぱり鹿子先輩だったらしい。確かに、成海が騒ぐのも分かるくらいのイケメンだ。王子様なんて呼ばれているのも納得してしまう。

「えっと、久留生(くりゅう) 環です」

 とりあえず名乗ってみると、鹿子先輩はスッと目を細めた。綺麗な笑顔を浮かべたままなのに、なんだか少し怖い。なんて言えばいいのか……、そうだな、まるで品定めされているような、そんな感じ……?

「そう。で、久留生さんは僕の連れに何の用?」

「用……って言うか、その……」

 思わず口篭ってしまった。勢いと少しの好奇心で訪ねてみたけど、犬神先輩が本当にアレを認識していて、私を助けてくれたのかどうか、定かじゃない。今朝、アレが居なくなったのも単なる偶然だって可能性もある。

 どうしよう。なんて切り出せばいいかな。下手にアレを話題に出すと、頭のおかしい子だと思われるし……。

「久留生さん?」

 黙ってしまった私を見て、鹿子先輩が首を傾げる。もう既にだいぶ怪しまれているだろうから、この際、思い切って聞いてしまおうか。犬神先輩ってもしかして、〝見える〟系の人ですか、って。

 そんなことを考えて口を開こうとしたまさにその瞬間、目の前を何かが過ぎった。反射的に目で追う。猫みたいな、黒い生き物が浮いていた。大きさは私の手のひらより少し大きいくらいだけど、コレは猫じゃない。

 だって、その額からは山羊のようにぐねりと曲がった、立派な角が突き出ているのだから。



 私の右目が映すモノの中には、一見すると動物のような、謎の生き物も混じっていた。コレもそのうちのひとつ。見た目はすごく可愛いのに、この角が生えた猫は大の悪戯好きなんだ。

 そうやって文字に起こすとまた可愛らしいんだけど、悪戯の内容はちょっと笑えない。階段で転ばせようとしてきたり、車道へと突き飛ばしたり、高所から物を落下させたり。そういう、下手をすれば命に関わりそうなものばかりだから。

 悪戯の相手が慌てて避けて、「今の本当に危なかったぁ」ってホッとひと息をつく、そのギリギリを狙って楽しんでいるように見える。多分、奴らなりの遊びだ。そういうところはで言えば、コレはタチが悪い方に分類されると思う。



「ふぅん、そっかそっか」

 鹿子先輩の声で我に返る。……あ、やってしまった。今の私は、先輩を名指しで呼び止めておいて、何もない場所を無言で見つめているヤバい人だ。どう言い訳しようかと先輩を見れば、彼は相変わらず、にこやかに笑っていた。

「君も〝見える〟人なんだね」

「えっ」

「は?」

 鹿子先輩の言葉に反応を示したのは私だけじゃなかった。犬神先輩も驚いたような顔で鹿子先輩を見る。そのあとで私の方を見やり、「マジ?」とだけ呟いた。

「じゃあお前、今朝のアレも見えてたわけ?」

「え……そうですね、はい……」

「うわ、マジかよ」

 犬神先輩はため息と同時に手で顔を覆ってしまった。

「やべぇもん憑けてんなとは思ってたけど……あぁクソ! 見えてんなら早く言えよ! あんなダセェ方法じゃなくて、もっとスマートに対処してやったのに」

「ええ……」

 そんなことを言われても、なんて返せばいいのか分からない。返答に困っていると、「いじめちゃダメだよ、こーちゃん」と鹿子先輩が声をあげた。

「コレが見えてるなら話は早いや」

 鹿子先輩はそう言うと、人差し指をくるくると回す。角が生えた猫はそれに釣られるようにして動き出し、先輩の傍までやって来た。と、次の瞬間。素早く動いた鹿子先輩は、それを掴んだ。そして、ぎゃあぎゃあと喚きながら藻掻くそれを、容赦なく握り潰してしまったのだ。

 びっくりしすぎて固まったままの私を見て、鹿子先輩は人差し指を口元まで持って行く。そのあとで、

「……秘密ね」

 と、綺麗に微笑んだ。そんな笑顔に思わず見とれていると、「そうだ!」と鹿子先輩が手を叩く。

「僕達、これからパフェを食べに駅前に行くんだけど、久留生さんも一緒にどう?」

「え? で、でも」

「勝手に決めんなよ、俺は行かねぇぞ」

「……って仰ってますけど」

「あー、いいのいいの! こーちゃんのことは気にしないで。いっつも反対のことしか言わないツンデレさんだから」

「誰がツンデレだはっ飛ばすぞ!」

 漫才のようなやりとりを聞きながら、本当にこの人達は何者なんだろうかと思う。このまま付いて行けば何か詳しい話が聞けるのかな。

「えっと……お邪魔でなければ、よろしくお願いします」

「そうこなくちゃ!」

 鹿子先輩はなんだか嬉しそうだ。

「ほら、良かったねこーちゃん、野郎二人じゃなくなったよ。これで恥ずかしくないよ」

「あぁもうめんどくせぇ、好きにしろ」

 そう言って犬神先輩は大きなため息をついた。……これ、私、本当に付いて行っていいのかな。

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