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夢の中の不思議な喫茶店 漆

 帰りの車内は、それはそれは静かだった。

 ナギ先輩はひと言も喋らないし、コウ先輩もコウ先輩で不機嫌そうな顔で頬杖をついて、ずっと車窓を眺めたまま。守本さんも何かを悟っているのか、黙って運転しているだけだ。そんな状況で私が会話できるはずもない。よって車内はしんと静まり返ったまま、故郷に向かって走り続けていた。

 ようやくその沈黙が破られたのは出発から三十分が経った頃、隣でコウ先輩が寝息を立て始めた時だった。



「……ごめんね」

 助手席からナギ先輩が声をかけてくる。

「怖かったでしょ?」

「そりゃ怖かったですけど……」

 言葉を切る。あんな怖い目にはもう遭いたくないし、囮に使われた結果、命を落とすなんてことになるのはもっと嫌だ。勘弁して欲しい、けど。

「ほら、こうして無事でしたし? それに先輩達、あの時ずっと私のことを呼んでくれてましたよね? あれが道標になって、ちゃんと帰って来れたんですよ。だからそこはちゃんと感謝してます!」

 後部座席に座る私には、ナギ先輩がどんな表情をしているのか、窺い知れない。ただ、なんとなく……ナギ先輩が泣いているような気がして、ついおどけたような口調になってしまった。

「ぷっ」

 数秒の間のあと、ナギ先輩が小さく吹き出した。

「ほんっと、タマちゃんってお人好しだよねぇ。今の、普通は怒るところだよ?」

「そんなこと言われても」

 いやまぁ確かに、危険な目に遭わされたという点に関しては怒っていいのかもしれない。……うん、そうだよね。私、結構危なかったもんね。やっぱりここはちゃんと怒っておくべきかな?


「こーちゃんってさ、ああ見えて、ものすごく仲間思いなんだよね」

 そんなことを考えていたら、ナギ先輩がポツリとそう漏らした。文句を言うタイミングを完全に失った私は、「そうですね」と小さく相槌を打つ。

「あんな風に怒ってくれるの、ちょっと意外でした」

 私と先輩達は、出会ってまだ一週間くらいだ。お互いに知らないことはたくさんあるし、言ってないこともあると思う。そんな中、コウ先輩が私を〝仲間〟と呼んでくれたのは予想外で……同時に、ちょっと嬉しかった。

「僕、昔から効率を優先しがちでさ。その度にこーちゃんに怒られてたんだよね。もっと自分や周りを大事にしろ、ワンマンプレーをするな、って。今回も効率を優先させて、タマちゃんを危ない目に遭わせて……ましてやタマちゃん、はじめての仕事だったのにね。本当、自分でもやらかしたなって思ってる。ごめん」

 本当に反省しているんだろうな、と思える声色だった。

 ナギ先輩だって、舞川さんを救いたい一心で動いていたんだろう。あと一回同じ夢を見たらおしまいという状況の中、彼女は憔悴しきっていた。なるべく早く解決してあげたいと思う気持ちは、痛いほど分かる。

「そこまで言われてしまっては許さざるを得ないですね」

 だから敢えてそんな言い方をした。小生意気な後輩を装って。

「……はは、いい性格してるねぇタマちゃんは」

 ナギ先輩はおかしそうに笑う。

「褒め言葉として受け取っておきますね」

「ほーんと、いい性格。でも、ありがとね」

 元気になったみたいで良かった。あとはコウ先輩と仲直りしてくれれば完璧なんだけど……私なんかよりずっと付き合いが長い二人なんだし、多分放っておいても大丈夫だろう。


「あ、そう言えば僕、タマちゃんに聞きたいことがあるんだった」

「聞きたいことですか?」

「うん。最後、舞川さんに何を言ったのかな、と思って」

 ナギ先輩に訊ねられる。そっか、まだあのこと、言ってなかったんだっけ。

「夢から醒める直前、見たんです」

 私は自分が見たモノを────あのおばあさんにしがみついていたたくさんの人影のことを、そのまま先輩に伝えた。

「なるほどね。アレが今までに喰らってきた人達ってことなのかな」

「はい、多分」

 曖昧な表現で濁すけど、実はそう言える根拠がある。私は瞳を閉じた。こちらに向かって微笑んでいた、眼鏡の女性を思い出す。あの人は、きっと。

「『やっと会えたね、マイさん』」

「うん?」

「人影の中に、そう言ってた人がいたんです。あれはきっと、いえ、絶対ソラさんだった」

 顔も本名も知らなかった彼女達は確かに、あの場所で初めて顔を合わせたんだ。物語の終わりとしては、それで十分だと思う。

「実際に会ったこともない人に、そこまで大きな感情を抱けるものなのかなぁ」

 ナギ先輩がぼやく。「あら」と私は笑った。

「友情って理屈じゃ語れないものですよ」

「うわ、生意気」

 先輩も笑って、車内に和やかな雰囲気が流れ出す。そのことに安堵して、ふと思い出したことがあった。



「そうだ先輩、私もひとつ、気になってたことがあって」

「何?」

「今回のアレって、私が居たからこそ、タイミング良く襲ってきたんですよね?」

「まぁ……そうだね」

「じゃあ私、どうして今まで狙われなかったんでしょう? 自分で言うのもなんですけど、かなり目立つ私なら見つけやすいですよね。でもアレは私は狙わず、舞川さんやソラさん達を襲った。何か理由があるんでしょうかね」

「うーん」

 ナギ先輩が唸る。アレに襲われ、喰われてしまった人達は年齢層も性別も様々だった。単純に魂の質……えっと、オーラだっけ? それの好みから外れていたんだろうか。それにしては私、ここに来てすぐに夢へ(いざな)われたけど。

「本当のことはアイツにしか分からないけど、僕の予想をひとつ挙げるならね」

 ナギ先輩がこちらを振り返った。


「例えばタマちゃん、神様に知り合いは居ない?」


 車窓がどんどん流れていく。地元に着くまでは、もう少し時間がかかりそうだった。

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