アンナと実験
アンナを試練の界へ連れて来ると、まず私は試練の界内での転移の使用を禁止し、逃げられないようにした。
そして、拘束を解いてアンナに防寒具を着せてあげる。
「……あれ?」
防寒具を渡すと、何故かアンナは不思議そうな顔をした。
「なにか?」
「いや…だって、私の事を拷問するんじゃないの?」
「してほしいの?」
「ほしくない!ほしくない!」
じゃあどうしてそんな不思議そうな顔をしたんだか…
「私は普通に実験体になって欲しかっただけだよ。彩との模擬戦に備えて、昇華者相手にある技が通用するか確認したいからさ」
「……私が相手でいいの?」
「別にいいよ。私、アンナの事は信頼してるから」
……本当のことを言えば、あんまりこんな事はしたくなかったけど、仲のいい昇華者が彩とアンナしか居ないから、アンナを頼るしかなかった。
でも、素直にそう言う訳にはいかないから、上っ面だけ『信頼してる』と言って協力してもらう。
「天音……分かった、この事は誰にも言わないよ」
「ありがとう。これからも仲良くしてね?アンナ」
「ふふっ。じゃあ、ひんやり冷たい血が飲みたくなったら来るね?」
「私はウォーターサーバーじゃないんだけどなぁ…」
アンナが好意的に受け取ってくれて良かった。
代わりにこれからも血を求めて転移してくる事が確定したけど…まあ、それくらいなら許してあげよう。
……一応、増血剤でも買おうかな?
「じゃあ、その技を使うから、私が『良いよ』って言ったら攻撃してくれない?」
「了解。ちょっと離れた方がいい?」
「そうだね。……あそこくらいまで離れてくれる?」
私は、少し離れたところに小さな氷の山を作って指差す。
アンナは私の指示に従って氷の山まで歩いていくと、準備オッケーとでも言いたいかのように手を振ってくる。
丁度術式が完成した私は、停止領域を発動して軽く周囲を冷やしたあと…
「良いよ!」
アンナに聞こえるように、大きめの声でそう言う。
すると、アンナは血でいくつもの剣を作り出すと、私目掛けて射出してきた。
(念の為、剣を構えておくか…)
万が一、剣が停止領域で止まらずに私のところまで飛んできても良いように、私は十字剣を構える。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
「……止まったね」
剣は、停止領域に入った瞬間目に見えて減速し、私から50センチほど離れた場所で動きを止めた。
しかも、まるで上から吊るされているかのように、そのまま宙に浮いている。
「……自由落下も停止させてるのかな?」
停止領域は、空気以外のあらゆる物体の動きを止める。
きっと、自由落下も停止して落下しなくなってるんだろうね。
「凄いね!剣が浮いてるよ!」
「あっ!近付いちゃダメ!!」
「えっ!?」
変わったものや、興味深いものを近くで観察したがるアンナは、無用心にそういうモノに近付く癖がある。
今回もそれと同じで、アンナは停止領域で止まった血の剣の様子を見に来た。
すると、当然停止領域に足を踏み入れる事になるわけで…
更に、私が来るなって言ったせいで、そこで歩みを止めてしまった。
その結果、停止領域に囚われ、身動きが取れなくなったアンナは、奇妙な体勢で私に出す求める。
「そうやって無用心に近付くから…」
「えへへ…ゴメンね?」
「はいはい」
わざと可愛く振る舞うアンナを軽くあしらうと、停止領域を発動するのを止めて、物体の停止を解除する。
すると、血の剣が地面に落下し、アンナも解放される。
「おお!動けるようになった!」
アンナは私の周りをぴょんぴょん跳ね回って、動けることに感動している。
最初は見過ごしていたが、段々ウザくなってきて、もう一度停止領域を発動する。
「むっ!?今度は止まったりしな、い?」
停止領域を発動すると、最初こそ動いていたアンナも、少しずつ動きが鈍って、また身動きが取れなくなった。
その様子を私はまじまじと観察し、停止領域の効力を調べる。
「今の出力だと、意外と停止までに時間がかかるね…彩の能力も計算に入れると、今以上に出力を上げたほうが良いかも…」
「そりゃあ良かった。いいデータが取れたんじゃない?」
「そうだね」
「だから、私を開放して?」
「もう少し、効力の調整をしてからね?」
私は、少し術式をいじって出力を上げる。
そして、その術式をしっかりと覚えたあとに、アンナを開放した。
開放されたことにアンナは喜んでいたけれど、残念ながらもう少しだけ実験体になってもらう。
今度は、さっき出力を上げる為にいじった術式を展開し、血の剣の射出と、全力ダッシュで停止領域に入ってもらった。
結果は、血の剣はさっきよりも早く止まり、アンナも全力で走っているにも関わらず、私のもとまで到着する前に止まってしまった。
「これだけ出力を上げてもここまでこれるのか……もう少し、出力を上げるか、術式を見直すか…」
「そうだね。だから早く開放して」
「はいはい」
私は停止領域を止めてアンナを開放すると、キンキンに冷やした水を上げる。
「ありがとう。…欲を言えば、血が良かったけど…まあ、普通の水でもいいっ!?」
「どうしたの!?…って、なにそれ?」
ペットボトルから流れ出した水は、何かにぶつかると同時に凍りつき、シャーベットのようになってしまった。
「く、口の中が凍る…」
「もしかして…過冷却されてる?」
過冷却水と言って、色々と条件を満たすと0度を下回っているのに凍らない水が完成する。
過冷却水は、衝撃と共に凍結し、色々と面白いことが出来る。
例えば、過冷却水で満たした容器の中に何かを入れると、その部分から水が凍結し始める。
それを利用して、氷使いごっこが出来るし、何かに掛けてその部分を凍らせる事で、あたかも魔法で氷を生み出したかのような事が出来る。
私は氷使いだから、別に過冷却水で遊ぶ必要はないけど…まさか、ペットボトルの水が過冷却水になってるとはね。
「ごめんごめん。そんなに冷えてるとは思ってなくてさ……代わりに、私の血を飲んでいいよ?」
「いいの!?じゃあ遠慮なく〜」
アンナは私の首に噛み付くと、チュウチュウと血を吸い始めた。
気持ちよくはないし不愉快な感覚ではあるけれど、自分から飲んでいいと言ってしまった手前、嫌だとは言えない。
だから、甘んじて受け入れているけれど…
「せめて、快楽を感じられたら良いのに…」
昇華者は精神力が強いから、アンナの精神干渉が効かないらしい。
精神干渉の中でも、アンナが特に慣れている快楽の干渉でさえ昇華者は弾いてしまうんだと。
だから、この不愉快な気分から開放されたかったら、アンナが精神干渉の練度を磨くのを待つしかないのだ。
「飲み終わったら再開するからね」
「ひょうかーい」
血を吸いながら話されると、喋ったときの吐息と唇の動きで首がくすぐったい。
しかし、それで変な声が出るとアンナが何してくるか分かんないから、絶対に声を出さない。
ましてや、彩にバレたりしたら一巻の終わりだ。
ここは耐えるしかない。
吸血を終えて、お腹いっぱいになったアンナは、また私から距離を取って私の停止領域の練習に付き合ってくれた。
それから30分ほど練習したあと、私達は転移で家に戻る。
帰ってくると、彩が何やら不満げな顔でソファーに寝転がっていたから、上から覆い被さって抱きつき、イチャイチャしてあげた。
途中で居づらくなったアンナが、いつの間にか逃げてたけど…その内また会いに来るだろうから、別に放置でいい。
こうやってじゃれ合っている彩と、もうすぐほぼ殺し合いと変わらない模擬戦をすると考えると……なんだか不思議な気持ちになる。
その日までに、少しでも今より強くなって、彩をギャフンと言わせる。
そして、彩をクタクタになるまでこき使ってやるんだぁ。
そんな野望を胸に、私はじゃれ合いながらも魔力を練り続けた。