招待状
予行練習から数日
彩は仕事で居ないのでソファーでゴロゴロしていると、転移の気配を感じた。
「アンナ転移便で〜す」
「…どうしたの?」
「やめてよ、そういう真顔で返事するの。恥ずかしいじゃん」
恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに…
そんな事を考えていると、アンナは空間収納から手紙を取り出して渡してきた。
「手紙…というよりは招待状?」
「そうだね。フレディからだよ。舞台が完成したんだって」
「舞台?…ああ、模擬戦用のコロシアム?」
「そうそう」
模擬戦をすると決め時に、フレディがコロシアムを作ると言い出した。
フレディの試練の界の中にコロシアム的な物を作って、そこで勝負してほしいとのことだ。
それに、コロシアムをには、復活装置…リスポーンポイントのようなものがあって、それを使えば生死を気にせず本気で戦えるらしい。
まあ、あくまで“模擬戦”だけどね。
「そう言えば、観客席も用意するって言ってたけど、人間も入れるのかな?」
「多分ね。フレディは、ああ見えてかなり金に意地汚いからね。いい儲け話が舞い込んできたみたいな感覚何じゃない?」
「意外…あのイケメンが金の亡者なんて…」
「人は見かけによらないってやつだよ。…フレディだけは飲みに誘わない方がいいよ?」
理由はなんとなく察しがつく。
「そうするよ。まあ、他の昇華者と飲むことがあるかどうか知らないけど」
「確かに。天音はすぐに敵を作るから、誰も一緒に飲んでくれなさそう」
「別にいいよ。私には彩が居るし」
私は一人暮らしをしてるわけじゃない。
だって、彩が居るから。
…最近は本当にペットみたいになってきたけどね。
「そう言えば、“アレ”はもう飲んだの?」
「飲んだよ。飲んだ後の記憶が無いのよね。気が付いたら、全裸の彩が磔にされてた。…私の氷でね」
「…もしかして、希釈せずに飲んだ?」
「うん…」
そっか、あのお酒はアンナが持ってきた物だもんね。
媚薬入りのお酒なんて、どこで仕入れてきたんだか…
そうだ、媚薬入りと言えば…
「アンナ、これに見覚えはない?」
私は、空間収納からチョコを取り出す。
彩が食べた、媚薬入りのチョコだ。
「なにそれ?」
知らないという反応をしてるけど、目が泳いでいる。
「媚薬入りのチョコ。これもアンナが持ってきたんじゃないの?」
「知らないね。彩が変な店で買ってきたんじゃない?」
自分から言うつもりはないと…
なんとも白々しい吸血鬼だこと。
「そっか…知らないならいいけど。とりあえず、彩が食べ物に変なのを混ぜないように見張っておかないとね」
「ちなみに、媚薬入りの食べ物を出された事はある?」
「無いね。最近は私を惚れさせるというよりは、私に甘える事に全力を注いでるみたいだし」
彩は顔が整ってるから、甘えてくるとそれに応えたくなる。
要は、甘やかしたくなるって事。
愛してもらえないなら、甘やかしてもらおうという魂胆なんだろう。
「彩は、天音に身も心も差し出したんだね。」
「そうだね。彩は私の人形であり、ペットであり、奴隷だからね。まあ、その全てに『お気に入り』が付くけどね?」
彩は私のモノ。
誰にも渡さない。
すると、アンナがこんな質問をしてきた。
「ふ〜ん…じゃあ、私が彩を盗ったらどうするの?」
私から彩を盗る?
「え?そんなのやることは一つでしょ?」
そして、内に秘めていた殺気を剥き出しにして、十字剣をアンナの心臓に突き刺す。
十字剣を刺したまま体当たりをして、アンナを後ろに突き飛ばす。
そこには、氷で出来た十字架があった。
そして、アンナを磔にする。
「いっ!?」
「どう?磔にされた気分は?」
実際に効果があるのかは知らないけど、アンナは苦しそうな顔をしている。
十字架で苦しんでいるというよりは、十字剣の聖属性のオーラに苦しんでるんだろうね。
「さっきの質問の答えはこれだね。必ず見つけ出して、何が何でも殺す。わかったかな?」
「ええ…よく分かったよ。だから、せめて十字剣だけでも抜いて」
アンナは、苦痛で顔を歪めながら、十字剣を抜くよう頼んできた。
「私から彩を盗るなんて事、二度と言わないって約束出来る?」
「もちろん。絶対そんな事言わないわ」
私は、アンナの胸を軽く抉った後、十字剣を抜いた。
吸血鬼とはいえ、このくらいでは死なないはず。
「私がこんなだから忘れてるかも知れないけど、天使に手を出すなって言われてない?」
「そうだね…天使の身内への執着心を舐めてたよ。反省してるわ」
彩は、私の大事な宝物。
どうせなら、リードで繋いで何処にも行けないようにしたいけど、それをすると私が色々と動かないといけないから、今のままでいい。
それに、疲れて帰ってきた彩を労るのは結構楽しいからね。
もちろん、私の欲求も満たされる。
すると、誰かが転移してくる気配を感じた。
「ん?家主が帰ってきたかな?…何処行くの?」
「玄関だよ。いつも出迎えに行ってるからね」
私が玄関に着くと、そこには既に彩がいた。
今日もずいぶん疲れている様子。
「ただいま、天音。…アンナが来てるの?」
「おかえり、彩。招待状を持って来てくれたんだよ。今は磔になってるけど」
「え?」
靴を脱いだ彩は、小走りでリビングに向かう。
「ほんとに磔になってる…」
氷の十字架に磔にされたアンナを見て、彩は目を丸くしてる。
「助けてもらえると嬉しいんだけど…お願いできる?」
「いいよ。天音がこれを解いたりはしないだろうし」
彩は、アンナを拘束している氷の杭を引き抜く。
「それで、天音に何したの?」
「『私が彩を盗ったらどうするの?』って聞いたら、殺されかけた」
アンナから帰ってきた返事を聞いて、彩の手が止まる。
そして、数秒後に無言で氷の杭を抜き始める。
「え?もしかして、彩にとっても地雷だった?」
「…じゃあ、アンナはずっと私と一緒に居てくれる?私が何しても一緒に居てくれる?どんな事があっても見捨てない?」
「ちょっと待って。天音、あんた彩に何したの?」
…私が悪いみたいな言い方だね。
何したか…
「特に何も…」
「何もしてなかったら、こんな事にならないはずなんだけど?」
氷の杭が抜けて、自由に動けるようになったアンナが、私に迫ってきた。
「天音に聞いても無駄だと思うよ。無自覚でやってる事だから」
「無自覚?」
「天音は、私の事を恋人として扱ってくれない。愛してくれない。だから、天音に愛してもらおうと思って…こうなった」
彩は、自分の事を一向に愛してくれない私を見て、焦っている。
『いつか捨てれれるんじゃないか?』そんな不安が、彩を歪めてしまった。
多分、そんな感じだろう。
「私が彩を愛してないみたいだけど、まったく愛してない訳じゃないんだよ?」
「本当に!?」
それを聞いて、凄い勢いで私に迫ってきた彩は、期待で目をキラキラさせている。
「その、恋愛感情というよりは、ペットを可愛がる方だけど…」
「…」
「ごめんね、期待させちゃって」
私は、彩を抱きしめて、頭をなでてあげる。
すると、絞め殺されそうな力で抱きついてきた。
「く、苦しい…」
「…」
だが、彩は離してくれない。
「あ、彩?せめて、もう少し力を抜いてほしいんだけど…」
「…」
すると、彩は更に力を入れて抱きついてくる。
やばい、吐きそう…
「彩!本当に離して!!じゃないと胃の中身が…」
「…」
しかし、彩に届いていない様子。
彩が私から離れる気配は一切ない。
「アンナ…助けて…」
「助けてって…下手に近付いたら殺されそうなんだけど…」
「大丈夫、私が止めるから…」
それを聞いて、アンナは嫌そうにしてしながら彩の腕を掴み、思いっきり引っ張る。
すると、彩が私から離れ、アンナを突き飛ばす。
そして、剣を取り出してアンナの首目掛けて振り下ろす。
「辞めなさい!!」
私はギリギリのところで彩の腕を掴み、なんとか彩の剣を止める。
あと少し遅れていたら、アンナの首は飛んでいただろう。
それくらいギリギリだった。
「し、死ぬかと思った…」
「間に合って良かっ!?」
「…」
…また、彩が抱きついてきた。
「…招待状は受け取ってもらえたし、私帰るね。」
「え!?待って!置いてかないで!!」
「お幸せに〜」
「行かないでーーー!!!」
しかし、私の悲痛な叫びとは裏腹に、アンナは行ってしまった。
その後、2回くらい吐いた。