模擬戦の予行練習
「それで、ここには何しに来たの?」
「そうだった!模擬戦をする前に、軽くお互いの実力を見ておこうって思ってね。本気は出さなくていいよ。何なら嘘の情報を流してくれたっていいし。」
相手の力をがどんなものか、ある程度予想するための情報交換って訳か…
本気を出すつもりはないけど、嘘の情報を流したりもしない。
対策をしっかりとした上で、本気で勝負したい。
「真っ直ぐな目…正々堂々と戦うってこと?」
「もちろん。搦手を使った戦いもいいけど、やっぱり正々堂々本気で戦いたい。その方が楽しいしね。」
「違いないね。なら、私も正々堂々とするよ。」
そう言って、彩は片刃の変わった剣を取り出した。
刃のついている方は普通だが、刃がない方…峰と言っていいのかわからないけど、そこの方がかなり歪だ。
まるで、燃え盛る炎を模したような峰。
鞘があるなら、見てみたいような方をしている。
「綺麗だよね、その十字架の剣。」
「でしょ?骨董品として飾ってもいいくらいの美しい剣だよ。」
「水晶の剣…凄い脆そうだけど、マイケルの一撃を剣先で止めてたよね。」
ん?
…ああ、あの時の事か。
「理由はわかってるでしょ?」
「もちろん。『停止』だよね?時折、停止を混ぜてちょっかいかけてくるから、力の性質は大体把握してる。」
「そうなんだ…じゃない、停止結界は効かないかな?」
「把握してなくても、加速のゴリ押しで突破出来るから問題ないよ。」
う〜ん
無意味とわかってはいるけど、こうやって面と向かって言われると、来るものがあるね。
加速かぁ…
いや、加速を上回る力で停止させればいいのか…
ゴリ押しには、ゴリ押しで対抗する。
まあ、それは本番にしよう。
「じゃあ、そろそろ始めよっか?」
「わかった。こっちの準備は出来てるよ。」
「そっか、じゃあ…」
彩は、私に剣を突きつけて戦闘態勢にはいる。
私もそれに合わせて、気持ちを切り替える。
緊迫した空気が流れる。
「来い」
「じゃあ、遠慮なく!!」
私は、彩の言葉を受けて一気に駆け出し、一瞬で距離を詰める。
そして、停止を乗せた十字剣を、彩の首目掛けて全力の半分程度の力で振るう。
当然、その程度の威力では速度も出ず、簡単に止められる。
ここまでは狙い通り。
私は、剣に込められた停止の力を放出する。
「っ!?」
「油断したね。」
反撃をしようとしていた彩は、停止の力を浴びて彫刻のように動きを止める。
「『動力凍結』」
私の停止は、大きく分けてニ種類ある。
一つが、物質を停止させる、『物質凍結』
もう一つが、魔力や能力を含む様々なエネルギーを停止させる、『動力凍結』
今使ったのは『動力凍結』で、これを当てると体の動きを強制的に止めることが出来る。
物が動くということは、何かしらのエネルギーが存在するということ。
『動力凍結』をは、エネルギーを停止させることに特化した停止の力。
体を動かそうとするエネルギーを0にして、相手の動きを止める。
彩なら対策は容易だろうけど、他の昇華者は違う。
何せ、体を動かすためのエネルギーが0になるから、一切の行動が取れなくなる。
…うん?
もしかしなくても、これってかなりのチートなんじゃ…
「あれ?彩?」
彩がまったく動いてない。
心配になって、体に触れてみると、びっくりするほど冷たかった。
氷ほどじゃないにしても、普通ならあいり得ない体温だ。
まさか…
私は最悪の事態を想像してしまう。
「彩…」
私はとんでもない事をしてしまったのかも知れない…
しかし、魔力が激しく動いている。
触れていてわかるほど、どんどん体温が上がっていく。
「さ、寒い…」
「彩!!」
そして、ようやく彩が動き始めた。
嬉しさのあまり抱きついてしまったけど、それくらい心配だった。
「初見殺し過ぎない?加速をギリギリで発動してなかったら、ほんとに死んでたよ?」
「ごめん…まさか、こんなに威力が高いとは思わなかったから…」
私は、彩を殺しかけた。
その理由はなんとなく分かる。
『動力凍結』は、エネルギーを0にする技。
体温と言う名の熱エネルギーを0にしてしまったのだ。
しかし、彩はギリギリで加速を使い、なんとか動力凍結を中和した。
そのおかげで、最悪の事態は免れたものの、かなりのダメージを与える技だということを理解した。
かなりのダメージというよりは、即死攻撃なんだけどね…
「取り敢えず、その技は人に向けて使っちゃ駄目だから。」
「うん、私もそう思う。」
「使うなら、せめて改良してからにしてね?」
「わかった。これ、彩でも耐えきれなかった?」
「停止を中和出来ないと、間違いなく即死するね。」
やっぱりか…
これがどういった技なのかわからない相手には、最恐の初見殺しになる。
そもそもの話、昇華者の持つ能力に類似する力がないと、知っていてもどうしょうもない。
何せ、中和しても昇華者が死にかける程の威力があるからね。
「取り敢えず、その技は禁止ね?」
「うん、私も使わないようにする。」
万が一彩が中和出来なかったら、その時点で彩は即死だ。
そうなれば、私は責任を取って腹を切る。
そんなことが起こらないように、『動力凍結』は使わない。
「じゃあ、仕切り直して…私から行くね。」
「え?…ッ!?」
加速を併用しているであろう彩が、とんでもない速度で距離を詰め、首目掛けて剣を突き出してくる。
刺突攻撃
峰?の形も相まって、当たれば確実にやばいであろう刺突が、
正確に首を捉える。
申し訳程度に停止結界を張り、一瞬でも刺突を止めようとするが、まるで、元から何も無かったかのように結界が貫かれる。
「不意打ちだったけど、実戦だとこれくらい当たり前だからね?」
彩は、首の薄皮を切って剣を突きつけてくる。
血が出るほどじゃないけど、確実に薄皮は切れてる。
「もしかして、さっきの仕返し?」
「それもあるけど、天音に危機感を持ってほしくてね。不意打ちとか、奇襲にいつでも対応出来るように、常に警戒しておいた方がいいよ?」
警戒心を持つことは大事だけど、常に警戒してると精神的に疲れる。
…彩と居るときは警戒を解いておけばいいか。
「さて、じゃあ今度こそ真面目にやるよ。」
「コイントスでもする?地面に落ちるのと同時に戦闘開始なら、不意打ちも出来ないだろうし。」
「そうだね。コインは?」
コインか…
五百円玉じゃあダメかな?
「これじゃダメ?」
「五百円玉?う〜ん、欠けたらどうするの?」
「じゃあ、彩がコイン出してよ。」
「いや、私コイン持ってないし…」
ダメか…
いい案だと思ったんどけどな〜
「スマホのアラームとか…」
「余波で壊れそうじゃない?」
「そっか…」
スマホもダメ。
「投げて、落ちたときに音が鳴ればいいんだよね?」
「そうだね。それも、しっかりと聞こえる音で。」
「じゃあ、天音が氷を作って投げたら?」
「氷か…やってみる。」
氷をコイントスの変わりに…
出来るだけいい音が鳴るように、簡単に割れるように…
私は、割れやすくて、音の大きいであろう氷を作り、投げてみる。
氷は、最初こそ重力に逆らって上に飛んだものの、やがて力を失い、重力に従って落ちてくる。
そして、地面に触れるといともたやすく割れて、氷にしては大きな音を立てる。
「これなら大丈夫だね。…聞こえたよね?」
「もちろん。じゃあ今度こそ、ホントのホントに始めましょう。」
「うん。…いくよ?」
私は、もう一度作った氷を投げる。
そして、戦闘態勢に入り、氷が落ちてくるのを待つ。
集中しているせいか、氷の動きがゆっくりになり、もう何分も経っているような錯覚をする。
しかし、まだ一秒経ったくらいだろう。
やがて氷が落ちて、さっきとは比べ物にならないほど大きな音を立てる。
そして、それを待っていた私達は同時に踏み込んだ。