女子会
「あ、帰ってきた。」
私は、転移の気配を感じて、日本酒を隠す。
これは、私のお酒だ。
天音に飲ませるわけにはいかない。
「そのお酒…」
「ん〜?」
「いえ、なんでもないです。」
私は、何か話しかけてきたアンナを黙らせる。
そして、天音が転移で帰ってくる。
「ただいま」
「おかえり」
ん?
何か嫌なことでもあったかな?
「取り敢えず、手紙は少なくなると思うよ。」
「そうなんだ…凄い不機嫌そうだけどどうしたの?」
「理について聞かれた。」
それを聞いて、私とアンナが眉をひそめる。
「で?なんて答えたの?」
「無理矢理話を変えて答えたなかった。」
「それが正解だと思うよ?」
ローマ法王といえど、可能性を考えると、理については話さない方がいい。
世界には、知らないほうが良いこともある。
「最近は言われてないけど、昔は昇華者は世界を滅ぼそうとしてる、なんて陰謀論が囁かれてたね。」
「昇華者が世界を、か…」
天音は、少し考えたあと、フッと笑った。
「どうしたの?」
「いや、昇華者が本気で殺し合えば、その余波で地球に壊滅的な被害を齎すかもね。」
「天音なら、海をすべて凍らせる事もできるでしょ?」
「そうね。やろうと思えばできるけど…でも、それをするとね?」
私の頭の中に、ある人物の顔をが浮かび上がってくる。
アイナだ。
「あの魚女が黙ってないだろうね。」
「魚女…」
天音とアイナは仲が悪い。
どれくらい仲が悪いかというと、目があっただけで喧嘩になるくらい悪い。
「アイツのことは思い出したくない。話を変えましょう。」
「そうだね…今後、バチカンに行くことってある?」
「ん〜…呼ばれれば行くかな?」
「自分からは行かないと…」
まあ、天音はキリスト教徒じゃないから、あそこには要はないか…
「自分から行くとすれば、何かしらやってほしい事がある時くらいかな?」
「例えば?」
「う〜ん…キリスト教での私の扱いとか?」
あー…
いつの間にか、変な役割を与えられてたら困るだろうしね。
それに、キリスト教の天使と天音は関係ない。
もし、キリスト教の教えが正しかったとして、本当に天使が居たとしても、はぐれ天使である天音からすれば、特に興味はないだろうね。
「それに、宗教のあれには近付きたくないから。」
「面倒事に巻き込まれそうだから?」
「うん。宗教うんぬんは、どう扱っていいかわからないから、近付かない方がいい。」
私は、宗教の嫌われものだから、特に気にしてなかったけど、天音は天使だ。
神の御使いうんぬんで、色んなところから声がかかる。
「そう言えば、彩は悪魔崇拝の人達から何か言われてないの?」
「あー、最近は言われてないね。前にも聞いてきたよね?」
「聞いたね。こんな短期間じゃなにか来ることもないか…」
そんなに頻繁に来てたら、面倒くさくて直談判に行くと思う。
…天音の正体が天使だってことがバレたら、かなりうるさくなるだろうけど、その時は、天音に責任を押し付けよう。
「今、良くないこと考えてなかった?」
「え?どうして?」
「…ならいいけど。」
私達がこういう反応をする時は、大体図星だ。
天音もそれをわかって、見逃してくれた。
私も見逃してあげてるからね。
「優しいね」
私は、さっきからずっと不機嫌な天音の頬を突く。
天音の頬は、予想以上にプニプニしてて、肌もスベスベだ。
赤ちゃんみたい。
しかし、反応がないので両手で頬をいじってみる。
「私、帰った方がいい?」
突然、天音の頬をいじり始めた私を見て、何を勘違いしたのか、帰ろうとするアンナ。
「別に、イチャついてるわけじゃないからいいよ。ただ、天音で遊んでるだけ。やってみる?」
「じゃあちょっとだけ…」
アンナが頬に触れようとしたとき、
「あれ?…力使ってる?」
「使ってる」
「触らせてくれないの?」
「なんか、嫌だったから…」
いや、アンナがなにをしたって言うんだ…
アンナ、落ち込んじゃうよ?
「腹いせに、死の間際まで吸ってやろうか?」
「その前に、アンナの自慢の歯をへし折るから大丈夫。」
「出来る出来ないはいいとして、天音なら本気でやりそうだから怖い。」
「私を何だと思ってるのよ…」
確かに…
天音ならやりかねない気が…
「ハァ…ヤケ酒していい?」
「駄目に決まってるでしょ?誰が酔っ払った天音の世話をすると思ってるの?」
「チッ」
天音は、なんだかんだ言って我慢してくれる。
最近は、我慢強くなった気がする。
あの一件以降、家事にも協力してくれるし、ご飯時に帰ってくると食事が用意されてる。
しかも、結構美味しい。
「そう言えば、天音って飲み会とか誘われないの?」
「私一応十七歳何だけど?」
「あー…年齢的にね…」
余計なこと聞いたかも。
すると、急に天音が冷気を放ち始める。
これは…怒っている証拠だ…
「そう言えば…どうして、早く帰ってこなかったの?」
「それは…飲み会があったから…」
「連絡くらいくれても良かったんじゃないの?待てども待てども帰ってこないから、心配したし、寂しかったよ?」
確かに、帰ってきた私にかけられた第一声は、『どこ行ってたの?』だった。
いや、アニメの奥さんかよ…
しかも実害もあって、あの時の次の日は、口をきいてもらえなかった。
まあ、常に近くにいたし、私がどこかに行かないか見張ってたあたり、独占欲的なあれかな?
「あの時はさ〜、アニメの奥さんが、飲み会から帰ってきた旦那を怒る気持ちがわかったよ。せっかくご飯作ったのに、外で食べてきた挙げ句、介護もしないといけないからね?」
「まだ怒ってる?」
「怒ってる。次やったら許さないって、レベルで怒ってる。もし、連絡も入れずに飲み会してきたら、参加者全員3枚におろしてくる。」
さすが天使、身内への執着心がすごい。
特に、はぐれ天使ともなると、心細いからか身内には、とことん甘くする。
…そんなもんだ印象ないげど。
「なんか…あれだね。アニメで出てくる奥さんと、束縛の強い彼女を混ぜたみたい…」
「嫌なブレンドだね…」
「アンナ、まず貴女から3枚におろそうか?」
「私は魚じゃないから、刺身にしても美味しくないよ?」
「食べないっての」
吸血鬼の三枚おろし…
そもそも、人型の吸血鬼をどうやって三枚におろすんだろう?
「で?まだ何か?」
「別に、なにもないけど?」
「あっそ。彩、一緒にマスカット食べよう。」
そう言って、明らかに凍り付いているマスカットを取り出した。
「それは?」
「前に、シャーベットが食べたいって言ってたでしょ?」
「言ってたけど…なんか違う気が…」
「…スムージーにする?」
「そうだね。」
天音は、軽くしょんぼりしなからキッチンへ向かった。
その姿が、遊んでもらえなくてしょんぼりしてる子犬みたいで、可愛かった。
「ブドウも入れる?」
「じゃあお願い」
「私の血は?」
「入れて!!」
「いや、入れなくていいから。」
天音の余計な発言に、アンナが食いつく。
スムージーに血が入ってて喜ぶのは、アンナくらいだ。
私、別に血なんて食べないし…
「どうするの?」
「入れて入れて!!」
「入れていい?」
「天音は、私よりもアンナを優先するの?」
「…じゃあ入れない。」
身内が全ての天使には、こう言えばうまく操れる。
天音にとって、私は家族みたいなものだからね。
「ずるい…」
「じゃあ、アンナも天音にとって特別な存在になれば?」
「どうやって?」
「首輪を付けて、リードを天音に渡す。」
「…犬になれと?」
天音の性格上、それくらいしないと身内判定してくれない。
あの時、天音が私のことを操り人形にしようとしてたことは知ってる。
でも、天音の操り人形になってでも、一人にはなりたくなかった。
一人になる事と、天音の操り人形になる事。
私にとって苦しいことは前者だ。
一人は嫌だ…
「もしかして、自分から受け入れた?」
「なんのこと?」
「…一生あいつの奴隷だよ?」
「あいつ?天音のこと?」
その言い方…少し不快だね。
「もし、その”あいつ“が天音なら、今すぐ取り消して?」
「…」
「なに?」
「いや、もう手遅れだな〜って。」
なにそれ
私は、望んでこうなったのに、それを同情されるなんて…
勝手な妄想はしないでほしい。
私の気持ちも知らないで…
「まあ、せいぜい悔いが残らないようにしなよ。どうせ、いつかころ「出来たよ〜」…何でもない。」
「言われなくてもわかってる。その時までにはどうにかするから。」
それは、問題の先送りでしかないけど、非情な現実から目を背けたいのは、誰だって同じだ。
アンナだって、血を吸って現実から背けてる。
なんでも、血を吸うと落ち着くんだって。
「天音って、意外と料理出来るんだね。」
「人間だった頃は、朝昼晩とお弁当を毎日作ってたからね。それに、家事全般もできるよ?」
「他になにか出来ることとかある?」
「ん〜?裁縫とか、マッサージとか、ピアノとか?」
「意外と多芸だね。」
そう
天音って、意外と多芸なのだ。
基本的に、どんなことでも必要最低限の技術を持ってる。
まあ、だらけきってるから、ほとんど使う機会はないけど。
「もしかして、このクッションって、天音が作ったの?」
「ああ。クッションが無かったから、暇つぶしに作ってたやつだね。」
「暇つぶし…」
天音が作ったクッションは、とても可愛らしく女の子が好きそうなデザインのものだ。
市販の物と比べると硬いけど、天音が作ったということで、私が使ってる。
「あれ?穴あいてない?」
「ホントだ…もしかして?」
「あー、この前酔っ払った時には角出してたような…」
そう言えば、穴があいて、怖くなって隠してたような…
いやいや、そんなことないはず…
「直しておくね?」
「ありがとう。」
「よしよし。ちゃんと謝れて偉いね〜」
「私、そんな子供じゃないんだけど…」
頭を撫でられて、嬉しいことは嬉しいんだけど、子供扱いされてるみたいで恥ずかしい…
「…飲んでくれないの?」
「飲むよ?ちょっと、気持ちを落ち着かせてただけ。」
「子供扱いされて嬉しいなんて…そういう趣味だったの?」
「違うから!!」
アンナが、変なふうに解釈しそうになってる。
別に、私にそんな趣味はない。
ないったらない!!
「早く飲まないと、ぬるくなっちゃうよ?」
「だったら、この蝙蝠女をどうにかして。」
「え?」
「アンナ。その心臓を十字剣で貫いてあげるから、動かないでね?」
「いやいやいやいや!!そんないきなり…」
「せいっ!」
「っぶな!?」
天音は、十字剣を取り出して、アンナの心臓目掛けて突きだす。
十字剣には、かなりの聖属性が込められており、アンナといえど喰らえばただでは済まない。
「家と家具を壊さないでね?」
「わかってる。そんな危ないことしないよ。」
「いや、今まさに私にしてることが、危ないことだから!」
天音は、楽しそうにアンナとじゃれてる。
アンナからすれば、命の危機を感じてるだろうけど…
「うん、美味しいね。」
「そう?嬉しいな〜」
「私は、その物騒な剣をしまってほしいな〜」
「あー、もうやめてもいいよ?」
すると、天音はピタッと止まって、十字剣をしまう。
アンナは目に見えてホッとしてる。
「ハァ…また命を狙われそうだから帰るね。」
「そう?またね。」
「今度は、確実に心臓に当てるから、楽しみにしててね?」
「いや、当てなくていいから。」
アンナは、身震いをしながら転移していった。