お酒とバチカン
「彩〜」
「なに?」
ソファーでゴロゴロしていた私は、ポテチを箸でつまみながら、彩を呼ぶ。
「夏の終わり頃に美味しい食べのもって何?」
「8月なら、ぶどうとかじゃない?」
「ぶどうか〜…買ってきて。」
「ハァ…」
あの一件以降、彩があんまり怒らなくなった。
買ってきてと言っても、ため息をつきながら買いに行ってくれる。
せっかくだし、私も炭酸水とウイスキーでも買ってくるか。
…いや、昨日買ったんだっけ?
冷蔵庫を開けてみると、二つとも置いてあった。
「彩の為に、用意しておこうっと。」
私は、コップを二つ持ってきて、氷とウイスキーを入れる。
そして、炭酸水を入れ始めたとき、
「巨峰とシャインマスカットを買ってきてよ。」
彩が帰ってきた。
「あ、ハイボール作ってるの?」
「うん。わざわざ買いに行かせちゃったからね。つめた〜いハイボールをだして、『お疲れ様』って言えるようにするためにね。」
「天音…」
こうやって優しくしてあげると、彩は凄く喜んでくれる。
それに、最近は私も家事をするようになった。
確信はないけど、彩も見直してくれてると思う。
「あれ?そのウイスキーって、天音が買ってた凄く高いやつじゃ…」
「え?…あっ」
「あっ(察し)」
空気が凍りつく。
やってしまった…
普通ウイスキーは、昨日全部飲んじゃったんだった…
最近のお酒のラベルは、安いものでも高級感のあるやつばっかりだから、普通に気付かなかった…
「あー…どんまい」
「やめて、中途半端に慰めないで。」
悲しすぎる…
少しずつ飲むはずだったのに…
「ま、まあ、天音の所持金なら、またすぐに買えるでしょ?」
「このウイスキーが高い理由。今月いっぱいで作ってる所が看板を下ろすからだよ…」
「あっ(察し)」
二本買っていて、一つは寄った勢で飲みきってしまった。
もう一つがこれ。
「私が別のウイスキー買ってあげるから…」
「飲んでみて?」
「え?…なにこれ!?」
彩が、ウイスキーを一口飲んでみて目を見開いている。
「知る人ぞ知る、美味しいお酒を沢山扱ってる店だったんだよ。加藤さん…加藤副局長ね?に教えてもらったの。」
「え?ほんとに看板を下ろすの?」
「店を継いでくれる人が居ないんだって。店主もかなりの御高齢だから、体力的に厳しいらしいよ?」
「まじか〜…まだ売ってるかな?」
「ウイスキーは人気商品だからわかんないけど、日本酒とか焼酎なら残ってるんじゃないかな?」
それを聞いた彩は、ぶどうをほったらかして家を飛び出して行った。
…転移でね?
「せっかくハイボール作ったのに…」
私は、一人寂しくぶどうをつまみながら、キンキンに冷えたハイボールを呷った。
数分後
ワインを買ってきた彩は、とても良い笑顔だった。
「嬉しそうだね?」
「ワインが残ったのよ。私の大好きなワインが!」
「悪魔の好物が、神の血とも呼ばれるワインだってことを、カトリックの人が知ったら、どう思うかな?」
「十字軍編成されないよね?」
カトリックか…
「バチカンに行ってくるね。」
「え?今から?」
「うん。手紙が何通も来て鬱陶しいでしょ?」
「まあね。…たまに、天使様を解放しろとか訳わかんない手紙が来るね。」
そんなのが来てたのか…
手紙を送ってくるなって言うことを伝えとかないと。
…そう言えば、どうやって行けば…
「どうやってバチカンまで行くの?」
「考えてなかった…」
「ノープラン…」
「そうだ!」
私は、スマホを取り出して、ある人物に電話する。
『なに〜?』
「急で悪いんだけどね、バチカンまで行ったことある?」
『あるよ〜?』
「じゃあ、連れて行ってほしいんだけど?」
『オッケ〜』
通話終了
「アンナ?」
「うん。連絡先を持ってるのって、彩とアンナだけだからね。」
「友達少ないんだね…」
彩は、何故か憐れむような目で私のことを見てきた。
いや、彩だって友達少ないでしょ…
私に『離れないで』って泣きついてきくせに…
「来たよ〜?」
「普通に喋れば?」
「そっか…ここには彩と天音しか居ないもんね。」
うん、違和感が凄い
でも、これを口に出したらアンナがブチ切れて襲いかかってくる気がするから辞めておこう。
ん?
「あー…通行料は払うから大丈夫だよ。」
「…(ジー)」
「え?私も?」
「税金の徴収に来ました。」
「…血税ってこと?」
血税(物理)
「さぁ、早く血を吸わせるんだ!」
「普通に喋るアンナって、凄い元気だよね…」
「そうだね…」
私は、首筋に牙を突き立てられてる彩を放置して、身支度を整える。
…帽子どこだったかな?
「どこ行くの?」
「帽子を探しに行く。」
「寝室にほったらかしてあったよ?」
「ありがとう。」
彩に言われて寝室を覗くと、確かに帽子があった。
私お気に入りの、真っ白な帽子。
「全身白だね…天音が純白って、違和感凄いよね。」
「わかる」
「おいコラ」
まるで、私が不純な天使みたいじゃないか。
私はしっかりと純真だっての。
性格面は置いておくとして…
「こんなイカれ野郎が天使なんだよ?」
「天使って、大体こんな感じだよ?」
「そっか…天使って、やばいしゅ「あ?」いえ、なんでもないです。」
極寒の殺気をアンナに向けると、すぐに言葉を訂正してくれた。
まったく、天使の前で、天使を馬鹿にするなんて肝が据わってるね。
「私の準備は出来たから、早く転移してくれない?」
「通行料もらってないんだけど?」
「はいはい。」
私は、無防備に首を晒す。
すると、にんまり笑ったアンナが噛み付いてきた。
生命と魔力が流れ出していく感覚に包まれる。
アンナ曰く、吸血中に相手を快楽で包むことは出来るらしい。
その方が抵抗されないから楽だろうけど、麻薬と似たようなものなので、啜り殺す時以外は使わないようにしてるらしい。
「快楽以外でなにかないの?血を吸われる感覚って、愉快なものではないんだけど…」
すると、「ぷはっ!」と言って吸血を辞めるアンナ。
「吸血時に快楽を与える方法って、快楽物質を流し込んでるわけじゃなくて、精神に作用してるんだよ。だから、精神力の強い昇華者には快楽すら効かないね。」
「なるほど…じゃあ、吸血されるたびに、あの気持ち悪いのを感じるのか…」
「気持ち悪い…」
「あっ、別にアンナが気持ち悪いわけじゃなくてね?」
アンナは、分かりやすく落ち込んでる。
アンナって、見た目がかなり若い…というか幼いから、落ち込んでる姿を見ると、どうしても励ましたくなる。
…もしかして、私ってロリコンなのかな?
「取り敢えずバチカンに連れって。」
「あれ?私を励ますのは?」
「どうせ演技でしょ?…わー、大丈夫?(棒)」
「もういい…」
どうやら、アンナは拗ねてしまったらしい。
私の雪のような腕を掴むと、すぐに転移してくれた。
「ここがバチカンだよ。私は、彩とワイン飲んでくる。」
「あのワイン…飲ませてくれるのかな?」
「そんなに高いワイン?」
「高いというより、もうすぐ二度と手に入らなくなる。」
彩は、ああいう珍しい物を、使わずに残しておきたいタイプだから、一本は必ず保存しとくと思う。
「う〜ん…家で女の子に、血を分けてもらおうっと。」
「は?」
「ん?」
この蝙蝠女は、今なんて言った?
家で女の子に?
家族ではないよね…
となると、そこら辺で拾ったアンナ好みの人間…
「あー…さっきの話は忘れて?」
「わかった、聞かなかったことにする。」
パンドラの箱は、開けないに越したことはないけど、開けたのならすぐに閉じたほうがいい。
自分に災いが降り注ぐ前に蓋をして、離れるのが一番だ。
アンナは、自分から離れていったけどね?
「さて、ローマ法王か…いったいどんな人なんだろうね。」
私は、ローマ法王が居るバチカン宮殿に向かった。
謁見の間
「貴女が白神様でよろしいですか?」
「ええ。私が白神天音よ。」
宮殿に近付いて、帽子を外したらスッと中に通されて、トントン拍子でここまでこれた。
きっと、いつ来てもいいように、準備してたんだろうな~
「ご要件は何でしょうのか?」
「いや、何回も手紙が送られてきたから、挨拶くらいはしておこうかなって。」
今更だけど、私一切敬語使ってないんだけど…
それに、相手はローマ法王だよ?
世界三大宗教の一つ、キリスト教のトップだよ?
…キリスト教って一纏めにしてもいいのかわかんないけど。
そんな法王に対して、敬語は使わないし、使う気配も見せないし、言ってること適当だし…
勢いで来るんじゃなかった…
「えーっと…法王さんだよね?」
「はい。私が法王ですが?」
「私、こんな態度でいいのかな?」
「白神様は天使なのでしょう?」
天使かぁ…
「確かに天使だけど、キリスト教の信仰する天使とは似ても似つかない別物だよ?それどころか、神に使えてないし、他の天使からも距離を置いて暮らしてる、はぐれ天使だし…」
「しかし、この世界に現れた仕組みは、神がお創りになられたものではないのですか?」
「…」
いくらローマ法王といえど、それについては話せない。
これは、人間には決して知られてはいけないことだから。
これについて深堀されるくらいなら、キリスト教の天使と同一視されて、勘違いされていたほうがマシだ。
「どうなさいました?」
「私の話は忘れて。私の扱いについては、そっちで決めていいよ。」
「宗教的な材料に使うかも知れませんよ?」
「世界三大宗教かなんだか知らないけど、私には関係ない話だよ。そもそも、昇華者は宗教の話に首を突っ込むべきじゃない。人間とは、住んでる世界が根本的に違うから。」
宗教のゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだ。
近付かない方がいい。
「あと、手紙を送るのは止めてもらえると嬉しいね。宗教勧誘みたいで怖いから。」
「かしこまりました。」
「あと…」
私は、殺気を剥き出しにして法王や周りの人間を威圧する。
「彩とは、私が個人的に接しているの。変な手紙を送らないで。」
「は、はい…」
これで、家に手紙が来ることは減るだろうね。
あと、彩宛のよくわかんない手紙も。
天使である私が、悪魔である彩と暮らしているのは、日本では色々な方向で話題になるだろう。
…私と彩のカップリング小説とか出てきそう。
しかし、宗教色の強い国ではそうはいかない。
すると、彩に迷惑がかかる。
だいぶ私の言うことを聞いてくれる(従順になってきてる)とはいえ、出来るだけ迷惑はかけたくない。
「一応、ここに転移出来るようになったから、必要に応じてここに転移してくるかも。」
私は、一方的にそういった後、すぐに転移した。
というよりは、面倒ごとから逃げたが正しいかな?
これを読んでる人の中に、キリスト教徒居たら、私は終わりです。
天音みたいに手紙が送られてくるんじゃないかな?
…天音と違って、歓迎はされないでしょうけど…