天音の狙い
天音が出ていってすぐ
「本当にこれでよかったの?彩。」
奥の部屋から、アンナが現れた。
アンナは、気配を隠すのが上手であり、天音では感知出来なかったのだ。
「別に。あいつが勝手に住み着いてるだけで、私は許可してないからね。すぐにでも、追い出すべきだったんだよ。」
「居なくなって、清々した?」
「もちろん。やっと、あの寄生虫を追い払えたんだもん。最高の気分だよ。」
「ふーん?」
アンナは、彩の顔を覗き込んでニヤリと笑う。
「何?」
「いや、どうして泣いてるのかな〜?って。」
「…」
彩は、アンナに指摘されて、鏡を取り出す。
そして、いざ覗き込んでみると、確かに大粒の涙が見えた。
それと同時に、視界がにじみ始める。
「これは…?」
「さぁ?」
「私は、どうして泣いてるの?」
「いや、私に聞かれても…まぁ、寂しいんだじゃない?」
「寂しい?」
彩は、訳がわからなくなった。
どうして、あんな寄生虫が居なくなって、寂しいなんて思うのか。
記憶を探ってみるが、出てくるのは迷惑をかけられた事と、漫才のような楽しいやり取り、そして、あの薄情な対応。
この中で、強く印象に残っているのは天音の薄情さ。
次に強く印象に残っていたのは…あの、楽しいやり取りだった。
「そうか…私は、なんだかんだで、天音のことが好きだったのか…」
「みたいだね。でも、一度縁を切った以上、天音と仲良くするのは難しいよ?だって、天音は天使だもん。」
その時、私の胸にポッカリと穴が空いた気がした。
天使は、他種族と仲良くすることはない。
たまにそんなことがあっても、一度不仲になれば二度と相手はしてくれない。
また、仲良くなるなんてもってのほか。
もう、天音と笑うことは出来ないのだ。
「そんな…」
「…私が、言ってこようか?彩が謝りたいって言ってるよ?って。」
「お願い。私が行くのはちょっと…」
「わかってる。じゃあ、行ってくるね。」
そう言って、アンナは出ていった。
白神宅近く
「ここが天音の家…おっと、普通の口調になってる。」
アンナは、発生練習をして、いつものふわふわとした声を出す。
そして、
「よ〜し。これでオッケ〜」
ふわふわとした声を出せるようになったアンナは、天音の家に近付く。すると、
「わわっ!?」
突然、氷の槍が現れ、正確にアンナを狙って飛んでくる。
アンナは、間一髪で回避するが、家から少し離れる。
「感知系のトラップ術式…それも、昇華者だけを狙った術…」
アンナは、魔力視でトラップ術式を見る。
「家を囲むように、半球ドーム状に展開されてる。誰かがここに来ることは想定済みだっのか…」
すると、家の中とアンナの頭上から転移の気配を感じた。
そして、
「あま、むぐっ!?」
転移してきた天音が、アンナの顔を掴みまた転移する。
転移先は、山の中であり、人の気配を感じない。
「さて、要件を聞かせてもらおうか。」
「えーとね〜、彩が謝りたいって言ってて〜、あと、また仲良くしたいとも言ってたね〜」
「あっそ」
「それだけ〜?」
すると、急に天音がアンナの首を掴んだ。
そして、聖属性が溢れ出す十字剣を、アンナの心臓がある辺りに突きつける。
「アンナって、吸血鬼だよね?」
「そ、そうだね〜」
「じゃあ、このまま心臓に突き刺せば、貴女を殺せるのかな?」
「か、かもね~。本能が、これはまずいって〜、警鐘を鳴らしてるからね〜」
アンナは、冷や汗ダラダラで、なんとか天音と向き合っていた。
「で?彩が何?」
「だから〜、謝りたいって言ってて〜」
「あっそ。」
すると、天音は剣をしまって、アンナに背を向けて歩き出した。
「…どうして、あんな事したの〜?」
すると、天音は歩くのを辞めて、振り向かずに、
「その、”あんな事“がわからない。私は、彩の為を思っての事しかしてないから。」
「やっぱり〜、無意識だったのね〜」
「無意識というよりは、私にとって良かれと思って言ったことが、彩には嫌なことだったんだよ。」
「価値観の違い〜?」
間違ってはいない。
不真面目で、面倒くさがりな天音にとって、先に帰っていいというのは、嬉しい事だった。
しかし、真面目で、面倒なことも率先して行う彩にとって、『別に居なくても変わらない』なんて言葉は、『邪魔だから帰れ』と言われるようなもの。
必要とされる事が生き甲斐のような彩にとって、邪魔だと言われるのは、死ねと言われているようなもの。
彩の怒りは当然とも言える。
「それで〜?どうするの〜?」
「一回だけなら話してもいいよ。」
「彩、泣いてたよ〜?」
「だから?」
天音は、まるでどうでもいい事のように、質問で返す。
その時、アンナの顔から感情が消える。
「天音、貴女って本当に薄情者ね。」
「ふわふわしてない…それが、普通の話し方?」
すると、血で出来た剣が、天音の首目掛けて飛んでくる。
天音は、その剣を寸前のところで払いのける。
「それは、今聞くことじゃないでしょ?」
「そうだね。それで、私が薄情者だって?何を今更。」
ふっ、と、鼻で笑う天音にを見たアンナは、怒りが吹き上がってくるのを感じた。
今度は、天音の胸ぐらを掴み、思いっきり殴りかかる。
天音は、停止の力を込めてアンナの拳を止める。
「何をそんなに怒ってるの?」
「彩が…どれだけ傷付いたと思ってる?」
「さあ?」
「そう…じゃあ、死のうか?」
そう言って、アンナは臨戦態勢になる。
それを受けて、天音も臨戦態勢をとる。
お互い殺気を叩きつけ合いながら睨み合う。
まさに、一触即発の状態になっている。
「私が天音の首をはねるのと、天音が私の心臓を貫くの。どっちが速いかな?」
「仮に、アンナのほうが速かったとしても、私の停止を超えられる?」
「もちろん。あの程度の軟弱な防御なら、何百枚でも貫けるわ。」
すると、アンナが牙を見せながら、噛み付こうとする。
天音は、そんなアンナの頬に両手を当てて、アンナを止める。
「こうして見ると、アンナって可愛いね。」
「あら?嬉しいわ、天音もたまにはいい事言ってくれるわね。」
「そうでしょ?私は、この可愛い顔が、怒りと殺意と憎悪に染まったらどうなるのか…とっても気になるんだよね。」
それを聞いて、アンナは顔を顰める。
「やっぱり、貴女はろくな事を考えないわね。白神天音。」
「わざわざフルネームで呼ぶ必要あった?」
「特にないけど?」
「あっそ。じゃあ、このくだらない睨み合いもやめよう。私は、これから彩に電話するし。」
すると、アンナは天音を抱きしめて、
「余計なこと言ったら、このまま噛み殺すから。」
牙の先を、少しだけ突き刺して出てきた血を舐め取る。
「わかってる。でも、少しだけ厳しい言い方をするよ?」
「どうして?」
「怒ってる風に見せたいからだよ。そうすれば、彩は諦めるか食いつくかの二択しかなくなるからね。」
選択肢を二つに絞り、どちらかを強制的に選ばせる。
1か100か…そんな二択だ。
「言葉選びに気を付ける事ね。」
それだけ言って、いつでも噛みつけるように待機するアンナ。
天音は、スマホを取り出すと、彩に電話をかけた。
電話の呼び出し音が静かな森に鳴り響く。
そして、しばらくすると、
『あの…天音…だよね?』
「はい、そうですけど…何か?」
私は、あえて敬語を使って、彩に話しかける。
『どうして敬語なの?』
「え?普通、敬語で会話するものじゃないですか?」
『…え?』
電話の向こうで何かが落ちる音がした。
「それよりも、今度の模擬戦について話すために、『唄屋』にでも行きませんか?」
『うん…いいけど…』
「決まりですね。それでは、日時はどうされますか?」
それからも、色々と話したけど、全て敬語を使っていた。
日本人が敬語を使うのは、目上の人か、会ったばかりの人。
私と彩は同じ昇華者だから、目上の人ではない。
つまり、消去法で会ったばかりの人…他人と話すときと同じように話しているのだ。
そのことに気付いたのか、彩の声はどんどん弱くなっていく。
「本当に今日でいいんですね?」
『はい…』
「わかりました。では、また夜に。」
私は、それだけいうと、電話を切った。
すると、アンナが軽く噛み付いて、血を吸ってきた。
「そんなに気に入らない事でもあった?」
「もっと、優しくしてもよかったんじゃない?」
「優しくは出来ないよ。私の計画が破綻しかねないからね。」
「計画?」
私が、あえて彩に対して他人のような話し方をしていたのは、ある計画のためだ。
「また、一緒に暮らしたいと考えてる彩に対して、他人のように接すれば、嫌われてるって錯覚してくれる。そして、その後に少しずつ苦しめて、最後に甘い飴を差し出す。」
「すると、彩はその飴に食いついてくる…悪趣味なことするね。」
「それだけじゃないよ。精神的に弱っている時に、私だけは味方だよって言ってあげれば、私に嫌われたくない一心で何でも言うことを聞いてくれる。それを使って、軽い洗脳を掛けて私に依存させる。そうすれば、晴れて彩は私のものだ。」
それを聞いたアンナは、顔を顰めて、
「どうして、そこまでするの?」
そう質問してきた。
「どうしてか…私が楽したいから、私の代わりに働いてくれる彩に、首輪を付けたかったんだよ。」
「うわぁ…」
アンナは、信じられないというような顔をしてきた。
もしかしたら、彩に何か吹き込むかも知れない。
彩は、私の“所有物”なのに…
こんな蝙蝠女に、私の幸せな未来を邪魔されてたまるか。
もし、邪魔するようなら…
「もし、彩に何か吹き込んだりしたら、氷の十字架に磔にして処刑するから。」
「あっそ。じゃあ、私はその天使の羽根を一本一本引き抜いて、輪っかも割ってからゆっくり殺してあげる。」
「それは、とっても楽しみね。」
私達は、殺意のこもった目で微笑みながら睨み合っていた。
「いつか、貴女と本気で殺し合う日が楽しみに思うよ。」
「ほんとね。私が、沢山苦しめたあと殺してあげるから、楽しみにしててね?」
「わかってるよ。その可愛い顔をめちゃくちゃにしてあげるからね。」
私は、もう一度アンナの頬を撫でると、転移で家に帰った。