『黒』の正体と縁切り
「ここで最後かな?」
私は、最後の避難所と思われる、街の集会所みたいな所に来ていた。
「アジア人?君、避難し遅れた人かい?」
「いいえ、アメリカ政府の要望で、避難所に水や食料等の生活必需品を届けに来た、日本の昇華者ですよ。」
「そうですか…ん?」
避難所の職員?らしき人は、私の顔をまじまじと見つめてきた。
「私の顔に何か?」
「いえ…その…昇華者、なんですよね?」
「はい。そうですけど?」
ああ…
私が昇華者だって事が信じられないのか、…
「取り敢えず、持ってきた物を出したいので、余裕のありそうな人を集めてきてください。」
「は、はい!」
すると、職員らしき人は、集会所に戻っていった。
そして、一分ほど待った頃、
「呼んできましたよ。」
中から、ざっと二十人ほどの男性が現れた。
「ありがとう。じゃあ、これが水で、これが食料品で、おむつ、タオル、あとティッシュと、これが…ナプキンだったかな?」
「凄い量ですね…」
「私も中に運びましょうか?」
「あ、はい。じゃあ、お願いします。」
迷いもしないとは…
流石アメリカ人だね。
日本人とは、文化の違いを感じる。
「じゃあ、そっちをお願いしますね。私は、水を持っていくので。」
私は、水の入ったダンボールを5つ重ねて、それを3つ並べて持ち上げる。
片手で一つずつ持って、3つ目のダンボールを挟んで持ち上げる。
一般人では、持ち上げる事も難しいやり方だ。
まあ、私は昇華者だからね。
筋力も人間比じゃない。
「凄いですね…やっぱり本当に昇華者なんですね…」
「昇華者!?」
「ええ。私は昇華者だけど?」
「アジア人か?となるとデーモン…」
「違うよ。私は、最近昇華者になったばかりの方。」
アジア人で、女の昇華者となると、彩か私だけのはず。
そして、私よりも3年長く昇華者をしている彩の方が、イメージは強いはず。
「で?この水はどこに置けばいい?」
「ああ、奥の倉庫に置いてください。」
「わかった、奥の倉庫…ん?」
見た感じ、奥に倉庫なんて見えないんだけど…
「倉庫はこっちだ。」
「ああ、そっちから行くの…」
どうやら、倉庫には横の廊下から行くらしい。
にしても、細い廊下だ…
一人通るのがやっとくらいじゃん。
「よし、どんどん持ってきてください。」
「おう!任せな日本の昇華者さんよ!!」
謎に対抗心を燃やしてキビキビと動き出す男性陣。
いつの間にか、バケツリレーのフォーメーションが出来上がっていた。
そして、あっという間に片付け終わった。
「ハァ…ハァ…どうだ、日本の昇華者さんよ。」
「凄いね。こんなに早く終わるとは思わなかった。」
「ハハッ!だろうな!!」
ほんと、謎に対抗心を燃やしてるよね…
ん?
「この気配は…」
私は、気配のする方向へ走った。
確か、この方向にはダンジョンがあったはず。
「珍しい…スタンピードでもないのに出てくるなんて…」
私は、十字剣を取り出して、民間人を攻撃しているヤツに斬りかかる。
「ロロロロロロロロロッ!?」
「聖属性がこもった剣だからね。結構効くんじゃない?」
民間人を攻撃していたヤツの正体。
それは、『黒』だ。
邪気と負の感情の塊である『黒』
聖属性の攻撃は効果バツグンだ。
「取り敢えず、右腕を一回切り落とすね。」
「ロロロロロロッ!!」
私は、一瞬で『黒』の右腕を切り落とす。
どうせ、すぐに再生するから大丈夫。
それと、この『黒』は人型か…
「人型かぁ…苦戦してたあの頃が懐かしいな〜」
「ロロロロロロロロロ!!」
私は、昔を懐かしみながら、左腕を切り落とす。
ついでに、胸部を細切れにしておいた。
『黒』を倒す方法は一つ。
ひたすら攻撃を続けて、魔力を使い果たすのを待つ。
『黒』の肉体を構成している、邪気と負の感情は、魔力で出来ている。
つまり、体が魔力で出来ているようなもの。
そのため、魔力が尽きれば再生することが出来ない。
「そして、邪気も負の感情も、聖属性に弱い。」
「ロロロロロロロロロッ!!」
「おっと?」
右腕を再生させた『黒』が反撃をしてきた。
まあ、私には当たらないけどね。
そう言えば、『黒』って何なんだろう?
鑑定すればわかるかな?
私は、鑑定を使ってみた。
そして…酷く後悔した。
緋神宅
「ただいま〜」
「おかえり。天音の様子はどうだった?」
すると、アンナが困った顔をして、
「天音は…彩を傷付けた事に気付いてないよ。」
「え?」
「そもそも、気にも止めてない。」
「え?…え?」
私は、天音の薄情さに驚くよりも、アンナがふわふわと喋っていないことに驚いていた。
「アンナ…貴女、普通に喋れたの?」
「え?…そ、そんなこと無いよ〜?」
「いや、もう手遅れだから。」
「チッ」
え?舌打ち?
アンナが?
なんと言うか、この数秒で、アンナのイメージがガラガラと音を立てながら崩れていった気がする。
「もういいわ。普通に話すから。」
「違和感が凄いわね…」
「このことを他の昇華者とか人間に話したら、彩の全てを吸い尽くすからね?」
「き、肝に銘じておきます。」
普通に話すようになったアンナは、いつものふわふわとした雰囲気がなく、クールな女性という感じに見えた。
けど、細目で見てくるからちょっと怖い。
いや、ふわふわしてる時から細目だけど…
「そう言えば、『黒』と戦ってたよ?」
「天音が?」
「そう、人型だから一方的に倒せるだろうけど…鑑定してないかな?」
「あー…あの、胸くそ悪い鑑定結果ね。」
『黒』の正体
そもそも、『黒』という名前は、『黒塗り』から来ている。
あまりの鑑定結果に、世界が情報を隠蔽…黒塗りにしたのだ。
そして、『黒』の正体というのは…
『成れの果て
ダンジョンに近付いたことのある人間の魂が集まったモノ。
ダンジョン内で死亡。或いは、一度でもダンジョン内に入った事がある者は、死後、魂がダンジョンへと送られ、成れの果ての構成材料となる。』
「何…これ…」
『黒』の正体は、『成れの果て』
その『成れの果て』の正体は、一度でもダンジョン内に入った者の死後、魂が集まったモノ。
『黒』…いや、『成れの果て』が、邪気と負の感情で出来ているのは、ある種のアンデッドだったから。
死者の魂が、囚われ、無理矢理モンスターにされる…
なんて…胸くその悪い…
「ロロロロロロロロロロロロ!!」
「っ!?」
私がボーッとしている事をいい事に、『成れの果て』が攻撃してきた。
私は、考え事をしていたせいで、回避がギリギリになってしまった。
「殺していいのか…いや…」
ここで『成れの果て』を殺さないと、魂は囚われたままになる。
そうなると、囚われ人達は、『成れの果て』の材料として苦しみ続ける事になる。
「大丈夫…今、私が助けてあげるからね。」
「ロロロロロロロロロ!!」
私は、『成れの果て』の攻撃をいなしながら、ある術の準備をする。
それは、天使が使う術で、邪気払いの大技だ。
「取り敢えず、足を切り落とせば動けないよね?」
私は、『成れの果て』の足を切り落として、動けなくする。
そして、強度を最大にした氷で、『成れの果て』を拘束する。
「さて、そのまま大人しくしててね。」
すると、空に巨大な魔法陣が出現する。
天空魔法陣に気付いた周囲の人達が、急に騒がしくなる。
「邪気に囚われし哀れな魂よ…私が慈悲の死を与えよう。」
ラフィエルの記憶が現れたのか、無意識にこんな事を言ってしまう。
普通に恥ずかしい。
…さて、浄化するか。
「光天術『浄化天柱』」
私が技名を言うのと同時に、黄金の光の柱が『成れの果て』目掛けて落ちてくる。
「ーーッ!?」
『成れの果て』が何か言っていたようだが、降り注ぐ光の柱の轟音に掻き消されて、何を言っているかわからない。
どうせ、『ロロロ』しか言ってないだろうから、光天術の説明をしておこう。
光天術は、天使固有の術で、主に光と聖属性で出来ている。
つまり、アンデッド等の邪属性に特効を術なのだ。
そして、アンデッドに近い存在である『成れの果て』にも、当然特効をがある。
「光の柱が消える頃には、何も残ってないだろうね。」
これで、『成れの果て』の中に囚われていた人達が開放される事を祈ろう。
いくら、他種族に興味が薄い天使といえど、これは胸くそ悪い。
冥福くらいは祈っておくか…
「にしても、『黒』か…もしかして、『黒塗り』?」
『黒』の正体が、『成れの果て』と気付かれないようにするために、事実の隠蔽…黒塗りを行った。
そして、その『黒塗り』から転じて、『黒』という名前が使われるようになった…とか?
「彩なら知ってるかな?」
私は、そのまま転移で彩の家に向かった。
「彩〜、『成れの果て』って知ってる?」
「…」
「彩?」
何度か話しかけてみるが、返事がない。
怒ってる?
あっ!
「はい、私のカード。好きに使って。」
「…」
あれ?違うのかな?
てっきり、まだカードを貰ってない事を怒ってるのかと…
「天音」
「あ、やっと喋って「荷物をまとめて出ていって。」…え?」
遠回しにも、オブラートにも包んでいない言い方で、私を追い出そうとしている。
そんなに、カードを渡さかった事が気に入らなかったのかな?
すると、不思議そうな顔をする私を見て彩が、
「天音。貴女は本当にどうしょうもないほど薄情ね。」
「薄情…確かに私は薄情だけど…」
「お金の話はしてない。カードも必要ない。」
「え?」
私は、その言葉に、彩が怒っている理由が、ますますわからなくなった。
だって、他に彩を怒らせるような事を言った覚えはないから。
私は、彩に対して“悪い事”はしてないし…
むしろ、面倒な後始末を肩代わりしてあげたりと、“いい事”しかしてないはずなんだけど…
「…アンナの言う通り、気にも止めてないのね。」
「もしかして、私、彩を傷付けるような事を言ってた?だったらごめ「気付いてすらいない…」それは…」
「人の気持ちもしないで…もういい、今度の模擬戦の後、そこで縁を切る。重要な事以外で、二度と私に近付かないで。」
どうやら、私の気付いていないところで、彩を傷付けていたらしい。
それも、絶縁を持ちかけられるほどの…
「わかった。」
「出ていく気になった?」
「うん…今まで迷惑しかかけてなかったからね。それに、よほどのことがない限り、貴女には近付かない。これも約束する。」
「そう…じゃあ出ていって。」
私は、彩のためにも、早足で荷物をまとめる。
そして、挨拶もせず転移で出ていった。