山登り
「う〜ん…何したらこんな値段になるの?」
「美味しいお寿司を、お腹いっぱい食べた。」
「だとしても、十五万はおかしくない?」
「お寿司って、結構高いよ?」
だとしても、いくらの寿司をいったい何貫食べたら、こんな値段になるんだよ…
おかしいでしょ、十五万だよ?
自転車が買えるよ?
「明細見るよ?正直に話すなら今のうちだけど?」
「…パチンコで、十万ちょっとすりました。」
「はぁ…」
いくら、貸しがあったとはいえ、人の金でパチンコに行くかな普通。
元々、私が作った借りだから、強くは言えないけど、一応言っておかないと…
「私が言うのもなんだけど、人の金じゃなくて、自分のでしてほしかった。」
「普段私のお酒勝手に飲んでるくせに、よく言うよ。」
「それはごめん。でも、たった数時間で十万以上消費するのはヤバいと思うな〜」
「…」
前に、数万のワインを勝手に飲んで、めちゃくちゃ怒られたこともあったけど、彩はそれ以上の浪費をしてる。
でも、借りを作った私も悪いから、それは言わないでおく。
「まあ、今回の件は、私が借りを返す為に渡したから、返せとは言わないけど、今度からは自重してね?」
「わかった。また、天音に貸しを作って、今度は数十万使うね。」
「まじでやめて。」
彩に毒されて、十七歳で酒と煙草をやってるけど、パチンコは良さがわからなかった。
競馬とか、競艇ならわかるけど、パチンコはよくわかんない。
そこで、人の金を十万以上消費する、彩の思考もよくわかんない。
「昇華者って、ヤバい奴しかいないんですか?」
「少なくとも、全員何処か歪んでるね。」
「確かに、まともな感性をしてる奴は居るけど、そいつもかなりのエコノミストで、サハラ砂漠を緑地化するとか言ってたからね。」
「…それって、あのエルフ?」
「そうだよ。言ってることヤバいでしょ?」
サハラ砂漠を緑地化って…その前に、ヨーロッパの原生林再生をしろよ。そっちのほうが、絶対環境にもいいだろうし。
というか、あいつまともに見えて、かなりヤバい奴なのか…
「まあ、目の前の昇華者も、パチカスとサイコアル中予備軍だからね。昇華者にまともな奴が居ないのは、間違いじゃないね。」
「パチカスさん、アル中とニコチン中毒忘れてますよ。」
「あん?家から追い出してやろうか?」
「すいません、許してください。」
所詮、私は彩のヒモだから、追い出されるのはかなりまずい。
別に、何処かに家を買えばいいんだけど、お金がかかるから彩の家に居候してる。
「先輩…堕ちましたね。」
「あの天音が、今じゃヒキニートか…」
「ニートじゃないよ。一応、冒険者登録は解消してないからね。」
「解消しても、ダンジョンに入れるし、魔石を買い取ってもくれるよ?」
それすると、本格的にニートになるから嫌だ。
けど、契約費がどうのこうので、そこそこお金取られてる。
…いっそのこと、開き直ってやろうかな?
「取り敢えず、今日はどこ行くの?私も暇だから参加したいんだけど。」
「…」
「わかってるよ、自腹にするから。」
「ならいいけど…」
今日どこ行くか…
「一応、世界遺産登録された、キラウエア火山に行こうと思ってるけど…」
「登山用具は?」
「みんな用意してるけど?」
「…じゃあ、飛んでいくわ。」
何処か、拗ねてるように感じるのは気のせいかな?
別に、転移で取りに行けばいいのに。
…もしかして、
「もしかして、そもそも持ってないの?」
「うん、登山なんてしないし、山なら飛んでいけるし…」
「山登りも楽しいのに…」
数回しかした事ないけど、私は登山が好きだ。
険しい山道には、あっと驚くような出会いがあったり、沢山歩いて汗を掻いたり、山頂から見える絶景に見惚れたり。
山登りは、色々な楽しさがあって、いつになっても飽きない。
「取り敢えず、お母さん達を呼んで出発しよう。」
「私は歩かないからね?」
「それは好きにしてよ…」
何故か拗ねている彩を連れて、私達はハワイ島に転移で向かった。
フェリーに乗らなくていいから、やっぱり転移は便利だ。
「フェリーで船酔いするかと思ってたが、転移で移動すればらくらくに何処へでも行けるな!」
「どうせなら、転移で山頂まで行きたいけど、せっかく登山用の服も買ってあるんだし、筋肉痛は覚悟で登りましょう。」
「そうですね。たまには運動しないと、この歳じゃ衰える一方ですからね。」
大人たちは、筋肉痛を覚悟で登るらしい。
これからも健康でいてもらうためにも、ここで少し運動してもらおう。
「じゃあ、登ろっか。」
「私は飛んでいくけどね〜」
「…ちょっと、黙ってて。」
さっきから、彩に雰囲気をぶち壊されてる。
…この悪魔は、そのために来たのか?
そして、なんとも言えない雰囲気の中、登山をすることになった。
「ハァ…ハァ…ちょっと、もう一回休憩しない?」
「さっき、休憩したばかりなんだけど…」
「ちょっと、歳を感じるよ…」
お母さんを筆頭に、大人たちはだいぶ疲れていた。
まあ、私は昇華者だし、香織や矢野ちゃんはダンジョンに潜ってるから、体力はかなりある。
彩は…フワフワ浮いてるから、疲れてないと思う。
物理的にも、精神的にも浮いてるけどね。
「やっぱり、転移で山頂まで行こうよ。」
「登山の醍醐味…」
「ほらね、山登りなんてっ!?」
「ちょっと黙ってろ。」
私は、彩の胸ぐらを掴むと、殺意を載せて睨みつける。
そして、乱雑に放り投げる。
「もうちょっとだけ登ろう。そこからなら、転移で行ってもいいからさ。」
「う〜ん…まあ、ちょっとだけなら…」
お母さんは、しぶしぶだけど登ってくれる事になった。
でも、次は無理そう…
「天音、お母さん達は彩さんに任せて、私達だけで登らない?」
「いいね。連れてきたのは、無駄じゃなかったね。」
「ほらね、やっぱり私がいてよかったでしょ?」
「チッ」
「あ?」
あー…よくない。
このままだと、喧嘩になる。
早めに出発するか。
「じゃあ、そう言うことだから、彩に転移で山頂まで送ってもらってね?」
「はいはい。登山は、私達みたいな年寄りには厳しかったみたいね。」
「普段から、もうちょっと運動してれば登れたんじゃないの?」
図星だったのか、お母さんは困った顔をしてる。
お母さんは、どうせ時間があるんだから、ウォーキングくらいすればよかったのに。
「じゃあ、私が山頂まで送って来るね。」
「よろしく。」
「それだけ?何処かで一人くらい落としちゃうかもよ?」
は?
あーそう、そんなこと言うんだ?
どうして私を怒らせるような事しか言わないんだか…
まあ、関係を悪くしたくないから、何も言わないようにするけど。
「わかりましたよ。よろしくお願いします。」
「急に敬語になるわね…」
いや、お前がそうしろって、言ったんだろうが。
何?このパチカスは私と喧嘩したいの?
どうせ、もうすぐ模擬戦をするんだから、それまでくらい我慢してほしいんだけど…
「そうだ、聞いておきたいことがあるんだけど…」
「何?」
「もし、私が転移先で、天音のお母さんを傷つけたらどうす?」
彩が、お母さんを傷つけたら、か…
「取り敢えず、その場で治療しておいて。」
「え?それだけ?」
「それと、慰謝料として、両手の親指をもらう。」
すると、彩の顔から不思議そうな表情が消えて、悪魔らしい歪んだ笑みが浮かび上がってきた。
「やっぱり、天音は天使なんだね。」
「私は天使だよ。身も心もね。」
この意味が分かるのは、昇華者くらいだろう。
人類はまだ知らない。
天使がどんな存在か。
でも、もうすぐ知ることになるだろうね。
いつか、私の…天使の残虐性が知れ渡る時が来るだろうから。
「じゃあ、傷一つない状態でお母さん達を守っておくよ。そこは約束するから。」
「もし、意図的に傷つけたら、指じゃなくて首をもらうからね?」
「おぉ怖い怖い。まあ、心配しないで、私は優しい悪魔だから。」
彩は、そのままお母さん達を連れて、山頂まで転移した。
私は、それを見送ると、
「じゃあ、私達も行こっか。」
二人連れて、登山を再開した。