夏休み ハワイ・ワイキキビーチ
7月下旬
私は、私の家族と、香織の家族と、矢野ちゃんの家族の三つの家族でハワイに来ていた。
「あの〜白神さん…」
「なんですか?」
香織の父親、『柊 武』さんが、申し訳無さそうにやってきた。
「本当に、そちらで全額負担してもらって良かったんでしょうか?」
「いいですよ。お金を稼ぐ宛はあるので。」
それに、今回の旅費は、私の給料から出ているものじゃないからね。
「天音、今回の旅費って、どうやって稼いだの?」
「ダンジョンで私に突っかかってきたバカ共の財布と、経営費?みたいなものから出してる。」
「それって、強奪した金で私達旅行してるの?」
「バカ共が汚いことして集めた金だよ。私達が正しく使って汚れた金を綺麗にしないと。」
香織と矢野ちゃんは納得したような顔してるけど、大人達はそうはいかなかった。
「ちなみに、ダングレはどうなったのですか?」
「柊さん。世の中知らない方が身のためなこともあるんですよ?」
「き、聞かないでおきます。」
ダングレは、今頃ゴブリンの餌にでもなってるよ。
そのうち消化されて、クソになって出てくるよ。
その頃には、胃酸で醜い考えが溶かされて、綺麗になってるだろうよ。
「ダンジョンで目に余ることをすれば、私が粛清しに行くから、二人も気を付けてね?」
「そんなことしないよ。」
「私達がそんなことすると思いますか?」
「うん、大丈夫そうだね。」
今後もダンジョンを荒らすやつがいれば、私が粛清して回ろう。
冒険者が減ったら困るからね。
主に、私の仕事が増えるという意味で…
「そう言えば、天音って水着買ったの?」
「買ったよ?白くてフリフリのついた水着。」
「なるほど、天使に昇華したからそれなのね。」
「というか、世間的には先輩が何に昇華したのか気になるって話で持ちきりですよ?公開しないんですか?」
「そのうちするよ。」
私が天使に昇華したということは、国の上層部くらいしか知らない。
昇華者がいる国は上層部にそのことが知れ渡ってるけど、一般人は知らない。
だから、謎の昇華者とか言われてたりする。
「そんなことより、もうすぐでビーチに着くよ?」
お母さんが指差す方向を見ると、観光客で溢れかえった、ワイキキビーチが見えてきた。
「別のビーチにしたほうが良かったかな?」
「他もそんなに変わらないと思うよ?」
「まあ、ハワイだしね。」
海と砂浜からの照り返しが凄い…
日焼け止めしてなかったら、私の白雪のような肌が黒くなってたね。
あ、暑さは大したことないんだよ?
私が冷気を放って、快適な温度まで下げてるから。
「見て、あの人汗すごいよ?」
「うわ、服びしょ濡れになってる…」
「私達は、天音が冷気を放ってるから、汗一つ搔いてないけどね。」
「白神先輩、様々ですね。」
「ふふふ、もっと私を崇めてもいいのよ?」
氷使いの便利なところは、夏は自分で温度を変えられるし、冬は冷気耐性があるから大したことないところだ。
つまり、全シーズン快適に過ごせる。
いやー、氷使いになって良かった。
「凄い人の数ですね…」
「何万はいるんじゃない?」
「十万以上居るかもね。」
夏真っ盛りだけあって、観光客だらけで、いい場所が見当たらない。
冷気で無理矢理退かすか?
いや、それをすると私の評価がやばいことになる。
「良さそうな場所探して、シーツを敷きましょう。」
「そうですね。場所取りは大人の仕事ですから。」
どうやら、大人陣で場所を探しに行くらしい。
なら、私達は先に着替えてきますか…
「3人で着替えに行きましょうよ!!」
私が何か言う前に、矢野ちゃんが楽しそうに言ってきた。
その視線は、香織の方へ向いている。
…彼女の水着姿が早く見たいのか。
「矢野ちゃんって、意外とむっつり?」
「なっ!?そんなことないですよ!!」
「優花は、むっつりというよりヘタレ…」
「え?」
「なんでもないわ。気にしないで。」
香織は、矢野ちゃんの不満げな視線をスルーして、更衣室を探している。
私は、飛行の術を羽無しで発動して、浮かび上がる。
そして、意外と近くに更衣室を見つけた。
「更衣室あったよ。」
「「…」」
「どうしたの?」
降りてくると、口を開けて、ぽかんとしている二人の姿があった。
「流石昇華者って感じだね。」
「平然と空を飛んでましたね…」
「空くらい飛ぶよ。昇華者だもん。」
よくよく考えてみると、昇華者に空飛べるやつ多すぎない?
天使、悪魔、吸血鬼、妖精、竜、ハーピー、インキュバス…
昇華者が十三人いるから、半分以上が種族的に空を飛べる。
「昇華者って、みんな空飛べるんですか?」
「半分以上は種族的に飛べるね。残りは…多分、エルフくらいかな?」
「凄い…」
「まあ、全員転移出来るから、空飛べるってそんなにだよ?」
でも、飛行の術を使える人間っていないか…
何気に転移魔法よりも貴重かも。
「取り敢えず、近くに更衣室があったから、早く着替えに行こう。」
「「あ、はい。」」
私は、二人を引っ張って更衣室に向かった。
「おいあれ…」
「すげー…」
「肌白いな…アルビノか?」
「でも、目は赤くないぞ?」
更衣室を出た私達…主に私が、周囲からの視線を集めていた。
私の水着姿がかなり…ね?
今更だけど、よくこんな水着買おうと思ったなって、後悔してる。
「ちょっと見て!あの人凄くない?」
「似合ってるけど…ね?」
「…あれ?あの人って…」
どうやら、女性の視線も集めていたらしい。
どうりで視線を感じるなと思った。
でも、やっぱり水着が不味かったらしい。
「あの!」
さっき、何か言っていた女の人がやってきた。
「白神天音さんですよね?」
「そうだけど?」
「あの昇華者の?」
「昇華者を騙ったら殺されるよ?」
すると、ぷるぷると震えだして、
「ファンなんです!!あの、サインとかありますか?」
「え?」
「どうしました?」
「私にファンなんていたんだ…」
知らなかった…
というか、昇華者になってからまだ一ヶ月も経ってないよ?それなのにファンとかいるの?
それなのに、ファンって何に対してのファンなんだろうか…
「ファンって言うけど、何に対してのファンなの?」
「何に対して?…色々ですね。」
「色々…」
それ、簡単にファン辞めるやつでしょ…
大丈夫かな?
「サインはやってないよ。お土産になりそうな物は…氷とか?」
「氷…溶けませんか?」
「溶けない氷を作ればいいの。」
停止の力を込めれば、溶けない氷が出来るはず。
私は、停止の力を込めた氷を作り出す。
形は…羽根でいっか。
氷を、羽根ペンみたいなの形にする。
「凄い…」
「落としても簡単には割れないけど、出来るだけ大切にしてね?」
「これ、溶けないんですか?」
「溶けないよ。これを溶かせるのは、世界に一人しか居ないからね。」
そう、一人しかいない。
「白神さんですか?」
「この氷は、私でも溶かせないよ。言ったでしょ?世界に一人しか居ないって。」
この氷は、停止の力が込められている。
つまり、停止の力を中和すれば溶かせるというわけだ。
それができるのは、停止と正反対の力を持つ、加速だけ。
つまり、この氷を溶かせるのは、昇華者・緋神彩、彼女一人なのだ。
「分かりました。宝物にします!!」
そう言うと、嬉しそうに走り去って行った。
「天音に、ファンなんていたんだね…」
「きっと、私の本性を知ればファンを辞めるよ。」
「先輩の本性は、異常ですからね。」
それでも私のファンを辞めないなら、養ってあげてもいいね。
結婚はしないし、付き合うつもりもないけど、彼女が一生不自由なく暮らせるくらいは養ってあげてもいいね。
「さぁ、泳ぎに行きましょう!!」
「今度は、香織も勝負する?」
「絶対勝てないから辞めとくわ。」
水泳で私に勝ちたいなら、フィンランドにいる、アイナでも連れてくることね。
彼女は人魚だから、絶対私よりも早い。
ん?
「昇華者が近くにいる?」
私は、昇華者特有の魔力を感じて、周囲を見回す。
すると、
「あれー?もしかして天音?」
海から、貝のビキニをつけた人魚が現れた。
当然、そんなことになれば、周りがざわつき始める。
「アイナ。北欧の海にいるはずの人魚が、どうして太平洋のど真ん中にいるの?」
「せっかくの夏だから、ハワイまで泳いできたの。」
「とんでもない距離を泳ぐね…」
バルト海から、ハワイ沖まで泳ぐとか、流石人魚というべきか…
その間何食べてたんだろう?
「ご飯は何食べてたの?」
「海賊の精気を…ね?」
「あっ…(察し)」
人魚は、美しい見た目と歌声で男を誘き寄せて、その精気を喰らうという恐ろしい存在だ。
アイナの餌食になった海賊達…可哀想とは思わないね。
「この人…人魚って、昇華者の?」
「そうだよ?」
「さっきから、何話してるの?」
「え?…あっ、そうか…」
私達昇華者は、どの世界でも通じる神々の言語、『神界語』を使ってるけど、人間にはその言葉通じない。
「あれは、『神界語』って言って、どこの世界でも使える、神々の言語なんだよ。」
「神々の言語…」
「どの世界でも通じる…規模が違い過ぎるね。」
神々の言語なんだから、どの世界でも使えて当然だよね?
だって、神々の言語なんだもん。
翻訳して、世界で使えるようにしたらどうだろう?
そうすれば、いずれ世界の公用語になるかも知れないからね。
…文化の多様性が失われるか。
「天音。その二人はお友達?」
「そうだよ。こっちが私の親友で、こっちが親友の彼女。」
「彼女?レズカップルなの?」
「そう、だね。」
急に、レズカップルなんて言われるからびっくりしたけど、百合カップルなんて言うのは、日本だけだよね…
「どこまで行ってるの?」
「人の恋愛事情に、そんなに首突っ込むのは、良くないと思うけど?」
「そう?私は、どんどん行っちゃうタイプなんだけど…」
流石、漁師の娘だけあって気が強い。
でも、人の恋愛事情に首を突っ込むのはどうかと思う。
これも、文化の違いなのかな?
…いや、違うか。
「ところで天音。さっき何しようとしてたの?」
「矢野ちゃん…この子と泳ぎで勝負しようと思ってて…」
「新手のいじめ?」
「違うって!!」
確かに、やってることはいじめと変わらない。
だって、圧倒的に体力も身体能力もある昇華者が、人間と勝負するなんて、公開処刑みたいなものだよ。
別に、公開は要らなかったね…
「じゃあ、私と勝負する?」
「いじめ?」
「ふ〜ん?天使って、案外腰抜けなんだね?」
「なんですって?」
私は、強い怒りを感じて、若干周囲の温度が下がる。
2度くらい下ったかな?
「私を馬鹿にするのはいいけど、天使を馬鹿にするのは許せないね。」
「良かった、天音がやる気出してくれて。」
正直、負けることはわかってる。
でも、天使の尊厳のためにも、私はここで引いたりしない。
仲間を腰抜けだとは言わせない。
私がそうでない事を証明してみせる!!
「ちょっと、アイナと勝負してくるから待ってて。」
「あっ、はい。」
私は、軽く準備運動をすると、海に入る。
「どこまでにする?」
「じゃあ、500メートル地点に目印を作って?」
「500メートル?この辺かな?」
私は、氷で目印を作る。
すると、周囲から感嘆の声が聞こえてきた。
「じゃあ、往復してどっちが速いか競争ね?」
「いいよ。いつでも行ける。」
「じゃあ、あの二人のどっちかに合図を出してもらって。」
アイナは、香織と矢野ちゃんを指差す。
「分かった。ねえ!ちょっといい?」
私は、久しぶりに人前で大声を出した。