昇華者になって
「取り敢えず、これくらいでいいかな?」
緋神彩が、確認を取るように辺りを見回す。
異論は無いらしい。
緋神彩は、パンッ!と手をたたくと、
「じゃあ、解散にしようか!」
その言葉に、何人かの昇華者は転移していく。
いや、大半の昇華者が転移した、といったほうが正しい減り方だ。
「みんな、帰るのが早いね〜」
残ったのは、緋神彩、アンナ、マイケル、チェンの四人だけ。
それに、マイケルは帰る準備をしてる。
…もしかして、私ってあんまり興味持たれてない?
「よし、じゃあ俺も帰る。」
準備を済ませたマイケルが、こっちへやってきて私の方を見る。
「俺は、できるだけ天使を悪く言わないにしないようにする。だが、お前が巨人を悪く言えば、確実にお前を殺しに行くから、覚悟しとけよ?」
「分かってるわ。」
マイケルは、私に釘を刺したあと、転移していった。
「嫌われてるね~」
「しょうがないと思うよ?戦争してたんでしょ?」
「それどころか、私が力を受け継いだ天使は、巨人を何千と殺してる天使の英雄…巨人の怨敵だったから。」
「なるほどね~」
すると、性懲りもなくアンナが噛み付いてきた。
私は、さっきと同じように血に冷気を乗せる。
「ああ〜!頭がぁ〜!!」
「アンナって、学習しないよね。」
さっきと同じように頭痛を訴えるアンナを見て、緋神彩が呆れている。
「緋神さん、私はこれからどうすればいいですか?」
「彩でいいよ。それに、敬語も要らない。」
「じゃあ、遠慮なく…彩、これからどうしたいい?」
硬っ苦しい言い方は嫌いだ。
そう言ってくれて嬉しかった。
「私の家に来る?外はマスコミが大騒ぎだろうからね。」
「じゃあ、行く。」
「私も行っていい〜?」
「血はあげないよ?」
「ちぇ〜」
そう言うと、踵を返して、
「また、その冷た〜い血、飲ませてね〜?」
この吸血鬼…もしかして、冷気系の能力も持ってるのか?
この私が寒気を感じるなんて…
「じゃあ、帰ろっか?」
「うん」
私は、彩の家に転移させてもらった。
緋神の家
「た、タワマン…」
豪華所に住んでるだろうとは思ってたけど、まさかタワマンの最上階だったとは…
「タワマンの最上階は、上り下りが不便って言うけど、私は転移が使えるから全然不便じゃないんだよね〜」
「なるほど…」
「ジュースと水どっがいい?」
「じゃあジュース。」
というか、お茶はないのかな?
麦茶くらいあると思うんだけど…
「は?」
「はい、ジュース。」
「は?え…は?」
彩が出してきたジュース、それはチューハイだった。
分かりやすく、カシスオレンジのイラストと、『お酒』と描かれたマークのある缶。
「…これがジュース?」
「ジュースだよ?」
「他にない?」
「他の?」
今度は、レモンサワーが出てきた。
「…」
「梅酒の方が良かった?」
「いや、そういう問題じゃない。」
すると、持ってきたレモンサワーを開けて、そのまま飲み始めた。
「そうか…彩って二十歳なのか…」
「失礼な。私は十九歳だよ。」
「は?」
え?ん?あれれ〜?
私の耳がおかしくなってなかったら、この人十九歳って言ってたような…
…二十歳未満で飲酒してんの?
「それ、大丈夫なの?」
「法律のこと?昇華者は憲法よりも強いんだから、問題ないよ。」
「法の支配…」
民主主義を否定するような存在だね、昇華者。
「私達は、その外側にいるんだよ。そして、あくまで日本に協力してるだけ。」
「あー…つまり、彩は日本に協力してるだけで、日本に属してない。だから、日本の法に従う必要はない、ってこと?」
「そゆこと。理解が早くて助かるね。というか、昇華者は何処かの国に属してる事はないからね。あくまで協力してるだけ。」
よく理解できたな私。
というか、それじゃあ私も日本に属してないってことになるの?
私、日本人じゃなくなったの?
「だからね、お酒は別に飲んでもいいんだよ?」
「いや…」
「ほらほら、減るもんじゃないんだしさ。」
社会的な信用が減るでしょ…
まあ、私は人殺し騒動で信用がかなり落ちてるけど…
「じゃあ、ちょっとだけ…」
「カシスオレンジの他に、ライチもあるよ?」
「大丈夫、カシスオレンジにするから。」
私は、差し出された缶を開ける。
そして、人生で始めてお酒を飲んだ。
感想としては…
「アルコールの入ったジュース…」
「でしょ?チューハイはそんなもんだよ。」
なんというか、彩がジュースって言ってた理由が分かった気がする。
ノンアルコールのこれがあったら、普通にジュースとしてありそうな感じだもん。
「まだまだあるから、好きなだけ飲んでね?」
私は、なんだかんだ美味しくて、酔っ払うまで飲んでしまった。
そのせいで…
「天音…もう辞めたら?」
「うるさい!!悪魔の分際で、天使である私に指図するな!!」
「酒癖悪すぎ…」
「何だと〜!!」
その結果…
彩に、散々迷惑を掛けた挙げ句、そのまま転移して帰ろうとしたらしい。
酔っ払った私を帰らせて、問題になっては困るということで、彩がベットを貸してくれた。
アルコールが回り始めた頃、彩が度数の高いお酒を持ってきたらしい。
それを私が飲んでから、おかしくなったと言われた。
「取り敢えず、天音の前で二度と度数の高いお酒は飲まないわ。」
「私も、チューハイとかだけにしておきます…」
「飲みはするのね…」
二十歳未満に酒を飲ましちゃいけない理由が分かったかも知れない。
私、完全にお酒の味覚えちゃったからね。
ついつい、また飲みたくなる。
アルコール依存症になりやすいから、って理由があったはずなんだけど、そのうち私もアル中になってそう。
「取り敢えず、度数の高いお酒は控えてね?」
「それは分かってるの。でも、途中からチューハイじゃあ物足りなくなって…」
「うん、早くもアル中になってきてるよ。」
「はっ!?」
やばい、時既に遅しかも知れない…
そんなことを考えながら、家に転移して帰った。
自宅
「天音!!」
家に帰ってくるなり、お母さんが抱きついてきた。
確かに、何日も帰ってきてなかったからね。
それに、私はその数日で昇華者になってるし…
お母さんには、迷惑をかけすぎた。
「良かった…何ともないのよね?」
「私は大丈夫だよ。それに私、遂に昇華者になったんだよ?」
「ええ、知ってるわよ。テレビで見たわ。」
お母さんは、涙を滝のように流しながら、私を褒めてくれた。
こういう時、私を怒らない辺り、やっぱり私のお母さんは優しい。
…何処かのクソ親父と違って。
「…お酒臭い。」
「え?」
「どこ行ってたの?」
あ、やばい。
これ、絶対怒ってる。
「えっと、彩…日本の昇華者の、緋神彩の所に行って匿われてたの。」
「ふ〜ん?」
「そこで、ジュースとしてお酒を出されて…」
「それで飲んだと?」
「…はい。」
どうしよう、昇華者になっても、母親には勝てないのかな?
母は強しと言うけど、昇華者すら怯ませるなんて…
すると、お母さんはため息をついて、
「天音、貴女の好きにしなさい。貴女は昇華者になったんだから、自己管理くらいはしっかりしなさいよ。」
「え?」
「お酒もタバコも好きにしなさい。でも、薬物には手を出すんじゃないよ?」
「え?…娘が二十歳未満どころか、未成年飲酒したんだよ?もっとこう、怒るとか…」
すると、お母さんは、また、ため息をついて、
「昇華者が二十歳未満で飲酒をするなんて、珍しい事じゃないのよ。天音は知らないかも知れないけど、緋神さんは未成年飲酒で問題になったことがあるの。」
「知らかった…」
問題になったのにお酒飲んで、更には未成年に進めるとか…
あの人大丈夫かな?
「その時こう言ったの。『私は、日本が生まれ故郷だから日本に協力してる。でも、世界には私を歓迎してくれる国なんてごまんとある。そこに行く事だって出来るんだよ?私は今は日本に協力してるけど、居心地が悪いと他の国に行くからね?』ってね?」
「あの人そんなこと言ってたのか…」
「それから、飲酒喫煙を、好きにするようになったらしいわ。だって、だれも止めないもの。」
それであんな事を…
ってことは、私も飲酒喫煙を好きにしても、誰にも文句言われないってこと?
「昇華者は、人間よりも内臓も強いだろうけど、ほどほどにするのよ?」
「は〜い」
「じゃあ、一つやって欲しい事があるの。」
「うん、いいよ。」
やっぱり、うちのお母さんは優しい。
そんなことなかった…
「昇華者へと至った感想はございますか!?」
「昇華者になって感じた事を何か!!」
「国や管理局による隠蔽は、やはりこのためだったのでしょうか!?」
「白神さんは、これからどうされるご予定なのでしょうか!?」
お母さんの言っていた、やって欲しい事。
家の前で待機してる、マスコミの対応だった。
「特に何も…」
「高難易度ダンジョンなどの攻略を行うご予定は?」
「『黒』が現れた際には、対応してくださるのでしょうか!?」
「今後の抱負はなにかございますか!?」
めんどくせー
高難易度ダンジョンの攻略?
気が向いたらする。
『黒』が現れた際の対応?
彩にやらせればいいじゃん。というか、自分達でどうにかしろよ。
今後の抱負?
知るかそんなもん!決めてないつーの!!
「取り敢えず、家の前集まられると迷惑です。帰ってください。」
「しかし…」
「聞こえなかったか?」
殺気を込めて言い直せば、マスコミは一歩下がった。
ハァ…面倒くさ過ぎる。
「とにかく、家に来られても取材に応じる気はないので。」
それだけ言って、私は家のドアを閉めた。
翌日、このことがニュースになり、『いつまでも家に押し掛けて迷惑を掛けるなんて!!』と、マスコミがまた炎上していた。
その結果、家にマスコミが来ることはなくなった。
代わりに、テレビに出演してほしいという、電話が鳴り止まなくなった。
数日後
『それでは、本日のゲストである、白神天音さんに話を伺いたいと思います。白神さ〜ん!』
映像が切り替わり、天音が別室でリモートで待機してるのが映し出される。
そして、テレビが切られる。
「え?切っちゃうの?」
「恥ずかしいじゃん。自分がテレビに出てるなんて…」
「朝のニュース番組だよ?これからもお世話になるのに。」
「もう行きたくないんだけど…」
私は今、彩の家に来ている。
この家にある、フカフカのソファーに座って、ジュースでも飲みながらくつろぎに来たのだ。
今、冷蔵庫には私が持ってきたジュースが大量に置かれている。
「人ん家の冷蔵庫を、勝手に占拠しないでほしいね。」
「どうせすぐに無くなるんだし、別にいいでしょ?」
「それで、いつまで家に居候するつもり?」
「一生」
「それは無理。」
ここは、大都会東京。
電波環境はいいし、夜でも明るいし、欲しいものはすぐ近所に売ってる。
現代っ子の私には、最高の場所だ。
それと、一人暮らしは嫌だったから、彩の家に居候することにした。
「一人暮らしすれば良かったじゃん。」
「家事が面倒くさいからヤダ。」
「ここに、ろくに働きもせず、ダラダラしてるヒキニートが一人…」
「テレビ出演である程度稼げてるし、映画出演のオファーも来てるしね。…ほぼエキストラと変わらない役だけど。」
やることは簡単。
モンスターと戦う、氷使いを演じればいいんだって。
それで、私にオファーが来たのかって話だけど…
「でも、お金ってほとんど実家に送ってるんでしょ?生活費は?」
「ATMがいるから大丈夫。」
「追い出してやろうか?」
「ごめんなさい、私が悪かったです。許してください。」
「悪魔に媚びる天使とか…墜ちたわね。」
せっかく昇華者になって、一息つけるんだから、少しくらい他力本願寺してもいいでしょ?
天使が、他力本願寺とか言うの変かな?
「そう言えば、バチカンからなんか来てたよ?」
「宗教勧誘?」
「さあ?」
どうやら、カトリックの総本山から、何か来てるらしい。
私は、封筒を受け取って、中身を確認する。
「えーっと、なになに?」
私は、一通り目を通したあと、クシャクシャにまるめて捨てた。
「何だったの?」
「簡単に言うと、『キリスト教はいつでも貴女を歓迎していますよ〜』だって。」
「ふ〜ん?私のときはそんなの来なかったのに。」
「当たり前でしょ?悪魔なんだから。」
だって、神の敵だよ?
そんなのを受け入れるのは、悪魔崇拝者だけだよ。
「そう言えば、『悪魔教会』とか言う所から、賄賂が届いたね。」
「そうなんだ~…私も宗教立ち上げて、金儲けしようかな?」
「それは不味いと思うな〜」
流石にそれは怒られるか…
でも、天使を崇拝する新興宗教とか出てきそう。
出来てたら、ちょっとだけ金銭支援してあげようかな?
「取り敢えず、宗教関連はデリケートだから、気を付けてね?」
「分かってるよ。引っ越しの準備もしておくね。」
「…やっぱり追い出そうか?」
「ごめんなさい、許してください。」
「悪魔に土下座する天使が目の前に…堕ちたね。」
ふん!昇華者になった私の抱負は、他力本願だ!!
例え相手が悪魔でも養ってくれるなら関係ないのよ。