昇華
「そう言えば、この術に名前ってあるの?」
これほどの大技に名前がないのは変だ。
「無いよ?」
無いのかよ…
「じゃあ私が決めていい?」
「いいけど?」
よし、これほどの大技に命名する機会は、滅多にない。
ふさわしい名前を考えないと!
でも、もう決めてるんだよね。
「『銀世界』とかどう?」
「一面に、雪が降り積もった光景のことだよね?」
「そうだね。この技は、全てを凍り付かせる技だよね?天界が、凍り付く様を見て、これを思い付いたんだよね。」
雪が降るわけじゃないけど、辺り一面が凍り付くこの技に、ピッタリな名前だと思う。
ラフィエルには言えないけど、天界が凍り付く様を見た私が感じたことは、『美しい』だった。
全てが冷気に呑まれていく様子は、とても幻想的で神秘的だった。
「わかったわ。それじゃあ、剣を上に投げて。」
「剣を上に?こう?」
私が十字剣を投げるのと同時に、ラフィエルも十字剣を投げた。
そして、術が発動する。
「うっ!?」
あまりの冷気の強さに、私は一歩下がってしまった。
その時、ラフィエルの寂しそうな顔が見えた。
「心配しないでラフィエル。私は絶対負けないから。」
「うん、信じてる。」
誰かのために行動することは素晴らしいね。
私の冷気無効を貫いて、身体を蝕む『銀世界』の冷気。
今でも苦しいけど、私はこれに負ける気がしなかった。
「大丈夫?」
ラフィエルは、かき消えそうな声で私を心配してくれた。
本当は、こんな事しちゃいけないのだけれど、そう思う前に体が動いてた。
「大丈夫、私を信じて。」
私がラフィエルに触れる前に、理性が働いて、ラフィエルの手を握るだけに留まった。
ラフィエルの手は、氷のように冷たかった。
そして、
『合格だよ、天音。』
ラフィエルの声が、遠くなっていく。
私が限界を迎えてるのだろうか?
いや、そんなとこはなかった。
「ラフィエル…体が透けて…」
それどころか、色が抜け落ちて光の粒子へ変わり、上に昇ったあと消えていく。
『どうやら、世界が合格と判断したらしい。私の役目はここで終わりなんだって。』
「そんな…っ!?冷気が!!」
『銀世界』の冷気が、どんどん弱くなっていく。
『本当は、天音が私に打ち勝つ姿をこの目で見たかった…』
「なら!」
『私じゃあ、世界の力に敵わないんだよ。だから、ここでお別れだよ。』
「そんな…」
まだ、しっかりお礼を言うどころか、ラフィエルに勝ってすらいないのに…
なら!!
「天音?」
天音は、私に背を向けて走り出した。
そして、二本の十字剣を持ってくる。
『どうせ消えるなら、せめて最後に決着を着けさせて!!』
声は、遠くなっていく一方だったけど、この言葉ははっきりと聞こえた。
天音は、剣を差し出してくる。
私は、それを受け取って、構える。
「行くよ」
この言葉が聞こえたかは分からないでも、天音は頷いてくれた。
私は、唇が歪むのが分かった。
しかし、すぐに気合いを入れ直して、天音に向かって飛ぶ。
すると、天音も飛行の術を使って飛んでくる。
その翼は、天使の持つものとそっくりだった。
『ーー!!』
もう、なんと言っているかも分からない。
でも、やることは決まっている。
「はあっ!!」
私は、持てる力を全て込めて、剣を振り下ろした。
甲高い金属音の後に聞こえてきたのは、ナニカが倒れる音だった。
骨すら残っていない。
私は、頬に一筋の氷の線が出来るのを感じた。
それを、不快に思いすぐに手で振り払うが、すぐに新しい氷の線が出来る。
私は、地面に転がっている十字剣を拾う。
その十字剣に、今度は小粒ほどの氷が幾つも落ちてくる。
甲高い金属音の後に聞こえてきたのは、ナニカが倒れる音。
その後に聞こえてきたのは、誰かの悲痛な泣き声だった。
「ここは?」
一人の天使が目を覚ます。
そこは、まるで一面に美しい星空を貼り付けた様な世界だった。
『お疲れ様』
どこから聞こえてきたのか、まったく分からない声が聞こえてくる。
頭に直接言葉を掛けられているのではない。
どこからか、聞こえてきたのは確かなのに、どこから聞こえてきたのかが、まったく分からない。
「…報酬は?」
私は、この声に心当たりがあった。
私に昇華者を育てる事を提案してきた神。
あの神の声だ。
『もちろん用意しているよ。私の分神が連れて行くから、ちょっと待っててね?』
すると、一匹の蝶が現れて、魂を運んできた。
『記憶保護はしてあるけど、要望があれば肉体も復活させてあげるよ?どうする?』
そんなの、答えは決まっている。
「お願い。あと、私達を受け入れてくれる世界へ案内して。」
私は、追加で注文した。
それくらいしてもいいくらいの仕事をした。
流石に、これくらいの報酬は欲しい。
『いいよ?じゃあ、完全な復活と幸せな暮らしが出来る世界への案内でいいんだね?』
「それでいい。私は、あの人と、あの人との間に生まれた子供と幸せな暮らしをしたい。」
『わかってるよ。じゃあ、転移させるね。』
視界が光に包まれ、気付けば雄大な自然を一望出来る山にいた。
私の隣には、全盛期の力を持った愛しき人がいた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。ご飯出来てるよ。」
数年後、旦那は人に化けてある国の騎士になり、収入を得ていた。
今、私のお腹の中には新しい命が居る。
どうやら、あの神の粋な計らいによって、私がしてきたことは、全て知っていたらしい。
最初は、天使を皆殺しにしてしまったことを叱られた。
けど、死んでいった天使よりも、私のことを優先してくれた。
「体の調子はどうだ?」
「問題ないわ。それに、もうすぐ生まれそうなの。」
「そうか。もし、何かあったら教えてくれ。陛下にも、突然抜けるかも知れない事は伝えてある。」
やっぱり、私の旦那は頼りになる。
この人を選んで本当に良かった。
私は、これ以上ない幸せを感じながら、新しい命が生まれるのを待った。
天音、こっちは元気だよ?
私は、天音が幸せに暮らせるように願ってるから。
「う、うん〜?」
いつの間にか眠っていたらしい。
…ここ、マグロの冷凍庫並に寒いんだけど?
冷気無効が無かったら、私死んでるよ?
馬鹿なんじゃないの?
「ん?」
私は、背中に変なものがあるのを、感覚的に感じた。
何処で入れたのか分からないけど、何故か空間収納に入っていた姿見を取り出す。
「え?」
そこに写っていた私の姿は、まるで別人のようだったから。
黒髪はクリーム色の長髪に、目は青と黄金のオッドアイ、肌はアルビノのように白く、まるで雪のようだった。
それよりも、
「純白の翼に、頭の上の黄金に輝く環…」
その姿は、まるでラフィエルのようだった。
そう、私はついに天使へ昇華したのだ。
「そうか、さっき寝てたのは、『進化の眠り』ならぬ、『昇華の眠り』的なあれだっのかな?」
だとしても、この冷凍庫で眠るのは馬鹿だと思う。
そんなことは、どうでも良くてね?
問題はこの姿をどうするか何だよね?
「流石に天使の姿で、人前に出たら目立つよね…」
目立つなんて話じゃない。
世間どころか、世界的にこの話で盛り上がると思う。
でも、昇華者は普通に人の姿をしてる。
つまり、人に化ける方法があるに違いない。
「この先に、オーブでもあるのかな?」
私は、いつの間にか開いていた扉の方を見る。
そして、その奥に何かあるのが見えた。
近づいてみると、それは巨大なオーブだった。
「これ、触れて大丈夫なのかな?」
こんなに大きいオーブ、一体どれだけの激痛を味わう事になるのだろうか?
私が、恐る恐るオーブにふれると、一気に情報が流れ込んできた。
「ああ、あああ、ああああああああああ!?」
この世のものとは思えない様な激痛が、私の魂に襲い掛かってきた。
オーブの情報は、魂の記憶領域に直接流れ込んでくる。
魂の痛みというのは、肉体のあらゆる苦痛の比ではない。
よく、出産の痛みは、鼻からスイカを出すようなものと言われるけど、魂の痛みは形容し難い苦痛だ。
表現が出来ない、そんな桁外れの苦痛。
「いつまで…続くのよ…」
一般的なオーブは3秒ほどで終わるが、このオーブは既に30秒は経ってる。
一体、いつになったらこの苦痛から、開放されるのか…
私はそんなことを考えながら、ひたすら耐え続けた。
東京ダンジョン災害観測施設
ダンジョンの災害をいち早く感知するための施設で、主にスタンピード発生の観測をしている施設だ。
そんな施設で、警報が鳴り響いていた。
「状況は?」
「変な状態です。とんでもない魔力を検出したことに変わりはありませんが、モンスターの生体反応が通常時とまったく変化がありません。」
「妙だな、強力な個体が出現すれば、モンスターは逃げ出す。それに、モンスターの群れが出現すれば、それを感知するはず。一体何が…」
突然の出来事に、職員は皆混乱していた。
こんな数値見たことないからだ。
もし、これがスタンピードであれば、昇華者が出てくるような大災害になる。
それを知っているからこそ、『もうダメだ…』なんて言い出す者まで現れていた。
「コレは、災害じゃないから安心して。」
「緋神さん!?」
職員の視線が一気に集まってくる。
日本の昇華者である、緋神彩が現れたのだ、誰だって注目する。
「災害じゃないというのは、どういうことでしょうか?」
「新しい強者が現れただけだよ。気にしないで、私が行ってくるから。」
そして、緋神は転移で件のダンジョンに向った。
「新しい仲間、一体どんな奴かな?」
その声は、どことなく楽しそうだった。
ついに…ついに天音を昇華者に出来た!
これで、ようやく話の舞台が広がる…
それと、ラフィエルに契約を提示した神、私の別の小説を読んで頂いている方なら、気付いていたかも知れませんね。
…ここでも、既に書いてたかな?
書いたことを全部覚えてるわけじゃないので、既にこの小説でも出てきてるかも知れませんね。
出てきてたらごめんなさいm(_ _)m