ラフィエル
「チッ、浅いか…」
「浅い?これのどこが浅いのよ。」
冷気を流し込んでおいて、どこが浅いんだか…
私は、ラフィエル。
元いた世界で、唯一の天使の生き残りだ。
私のいた世界では、天使と巨人の間に戦争が起こっていた。
戦局は、天使有利。
このまま行けば勝てる。そう、思った矢先、巨人の捨て身の特攻によって、天界が襲撃された。
そこで、私は旦那を亡くした。
私の悲しみを、一緒に背負ってくれた旦那を…
「しまっ、ぐはっ!?」
「戦闘中に考え事なんて余裕そうね?」
「チッ、それが言いたいだけでしょ?この、クソガキが…」
白神天音
ある神との契約によって、彼女を天使へ昇華させることを条件に、死んだ旦那と会わせてくれると言うのだ。
もちろん、彼女はそんなこと知らない。
きっと、試練の一環として、私と戦ってるんだろう。
私は、右へ行くと見せかけて、脇腹目掛けて剣を振るう。
フェイントをかけるのは、戦闘の基本だ。
しかし、
「その攻撃は効かないって、さっきも言ったよね?」
天音は私の攻撃を、安々と防いでみせた。
たった2回見ただけで、それから一度も同じ攻撃をくらわない。
天音は、力を手に入れてから半年も経っていない。
だから、未熟なところが多い。
しかし、その才能は本物だ。
いくら本来の力を使えないとはいえ、技術はそのままの私に、既に追い付いてきている。
私のような凡人とは訳が違う。
天音は強い。
「つ!?」
「へえ?勘で防いだの?」
「運が良かったのよ。」
流石は『資格者』だ。
人間にしておくには、惜しすぎる人材だ。
だからこそ、候補者に選ばれたのだけれど。
「あれれ~?勢いは最初だけなのかな〜?」
「…うるさい!そんなことを言うなら、その性格の悪い戦い方やめなさいよ!!」
天音は、冷気を相手の身体に流し込み、内側から殺すという悪趣味な戦い方をしている。
確かに、他属性に比べて、直接的な殺傷能力で劣る氷属性ならではの戦い方だ。
だが、この技は拷問にも使われる。
冷気によって、体が内側から壊れていく苦痛に苛まれながら、死んでいく。
本来、冷気無効を持った私にこの攻撃は効かない。
しかし、それを可能にしているものがある。
「なっ!?停止結界!?」
「ようやく凍結支配に慣れてきたよ。今度は、神氷の対策もしてるけど、どれくらい耐えられるかな?」
自然系、冷気支配能力系の最上位能力、『凍結支配』
言うなら、冷気系最強能力というべき能力だ。
他の冷気系能力は、減速、鈍化の力を使って、冷気を扱うのに対して、凍結支配は『停止』を扱う。
停止…つまり、完全静止状態を操るのだ。
冷気の中でも格が違う能力なのだ。
だが、冷気は所詮付属物でしかない。
凍結支配の真骨頂は停止だ。
あらゆるものの動きを停止させる。
それは、時間や空間も例外ではない。
概念すら停止させ、凍結させてしまう。
「今の停止結界は、ラフィエルの攻撃を五回も耐えられるのか…やっと、まともに使えるようになったよ。」
「ハァ…ただでさえ厄介な能力なのに…」
ただ、天音は凍結支配の“本来の力”に気付いていない。
もし、それに気付くことができれば、他の昇華者は眼中になくなるだろう。
他に、類似の能力を扱う昇華者が居れば、話は別だけど…
教えてあげたいけど、自分で使えるようになってこそだ。
私が教えてあげられることはもう無い。
後は、私との戦闘で体感して学んでもらう。
「そう言えば、若者に席を譲れ、って言ってたね?」
「言ってたね。それがどうしたの?」
「じゃあ、力ずくで奪ってみたら?こんな老人、貴女の敵じゃないでしょ?」
天音は最初こそ、きょとんとしていたものの、すぐにニヤリと笑って、
「お望み通り、世代交代させてあげるよ!老いぼれ!!」
「やってみなさいよ!小娘!!」
これでいい。
天音が私を殺してくれれば、私の契約は完了。
天音は昇華者になり、私は報酬として愛しきあの人に会える。
お互い得をする素晴らしい話だ。
だから、私のことを全力で殺しに来なさい、白神天音。
ラフィエルとの戦闘で感じた違和感。
まるで、ラフィエルは自分が死ぬことを、望んでいる様な気配。
確かに、天界はラフィエルが氷漬けにしたせいで、天使は誰一人生き残っていない。
同族を大切にする天使からすれば、それは、耐え難い状況なのだ。
なら、ここで殺してあげるのがいいだろうね。
「くっ…」
「さっきから、力が湧き出してるみたいな感覚があるんだけど、これは何?」
「それは、貴女が私と互角に戦い、上回ってきたから本格的に昇華者になってるんだよ。昇華者として、ふさわしい魔力量まで増え続けるんじゃない?」
なるほどね。
勝利は目前ってわけか…
私がラフィエルを殺したら、私の勝利。
私がラフィエルに殺されたら、ラフィエルの勝利。
このまま行けば、私の勝利は確実だけど、そう上手くは行かないはず。
ラフィエルが、何か切り札を持っててもおかしくない。
それこそ、この状態をひっくり返す様な切り札を。
しかし、
「ようやく私の毒が回ってきたかな?」
「みたいね。動きがかなり鈍くなってきてる。」
「私の勝利が、また一歩近付いてきたね。」
この状態で切り札を使うとなると、今がその最後のタイミングのはず。
すると、ラフィエルは私との距離を取ると、剣先を下にして、魔力を練り始めた。
「いいの?これを止めないと、一気に貴女が不利になるわよ?」
「それが切り札なら、私はそれを受け止める。それを受けきれば、私はこの試練を越えたと思う。」
「なるほどね…後悔しないようにすることね。」
ラフィエルは、切り札を使う準備をしている。
それには、少々時間がかかるらしく、私も受け止める準備をすることにした。
「「…」」
集中しているせいで、お互い一言も喋らない。
しかし、常に目は合っている。
目は口ほどに物を言うと言うけど、視線を合わせるだけで意思疎通が出来るんだから、それは本当なんだと思う。
…使い方間違ってるけど。
「準備できた?」
「ええ。そっちはどうかしら?」
「いつでも来い、そう言える状態だよ?」
すると、凄まじい冷気と魔力の気流が現れる。
それは、あの時天界を飲み込んだ、冷気の爆発のように…ように?
「まさか…」
「そのまさかよ。にしても、いい顔してくれたわね。」
あれは、冷気に耐性があっとしても耐えられない。
それどころか、私達の冷気無効も突破してくるだろう。
そんな捨て身の攻撃…どうせ死ぬから、ってか?
「いいよ、その我慢比べに付き合ってあげる。」
私は、防御を解除して、ラフィエルに近づく。
そして、十字剣を重ねて、あの大爆発の術を強化する。
「いいの?」
「私は、同族を見捨てたりしない。もちろん、同族のプライドも守る。」
「同族?もう天使になったつもりなの?」
「やっぱり、天使に数えられない?」
天使の世界は厳しいからね。
種族的に人間である私が、天使に数えられるかどうか…
ラフィエルは、にっこり笑って、
「貴女は立派な天使よ。じゃなきゃ、こんなに親しくしないわ。」
「ありがとう。必ず種族的にも天使になるわ。」
「それって、本人の前で言う?」
私の言ったことは、遠回しな殺害予告だ。
けど、
「ここにいたらいつか殺される。それを分かってるのに、どうしてここを選んだの?」
「それはね…」
ラフィエルは、寂しそうにしたあと、
「天界は私が氷漬けにした。あそこに生き残りはいないの。あんなことをした以上、他の世界の天使にも受け入れて貰えない。」
「同族殺しは重罪だもんね。」
「ええ。それに、もうあの人は居ないから…」
あの人…ハルトエルのことだろう。
結婚を控えていて、幸せの絶頂期だっただろうに…
「戦争が終わったら結婚しようって約束して「それでか!!」は?」
「本当にその約束してたんだよね?」
「したわよ?」
「原因それでしょ…」
破滅の呪文『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ。』
雰囲気をぶち壊しちゃったけど、原因絶対これだろ!!
フラグ界で、もっとも有名なフラグ立ててたよハルトエル隊長…
「何のことかよくわからないけど、私には帰る場所が無いの。」
「…」
私は、気付いたらラフィエルを抱きしめていた。
ラフィエルも、抱き返してくれた。
「ありがとう、天音。続けるね。」
ラフィエルは、私を抱き合う状態で話を続けた。
「それで、いっそのこと死んでしまおうなんて考えてたの。でも、ある神…取り敢えず神って事は分かる。それしか分からないけどね。その神が、契約を持ち掛けてきたの。」
「私を、昇華者にするという契約?」
「その通り。もっと言うと、昇華者を生み出すために死ね、って事だね。」
確かに…
ラフィエルを殺さないと、私は昇華者にはなれない。
「でも、報酬があるの。あの人に、会わせてくれるという報酬が…」
顔は見えなかったけど、声からして、うっとりしているに違いない。
「それって、死んだらあの世で彼に会えるよ、って事じゃないの?」
「それくらい質問してあるわ。あの神は、彼の魂を保存しているの。天音を昇華者にしたら、その魂をあげるって…」
それで、死を望んでいいる様な気配を感じたのか…
なるほど、納得がいく。
人間なら、恋人に会うためとはいえ死ぬなんて…って、言うだろう。
でも、天使の世界では、恋人の後追い自殺は珍しい話ではない。
それくらい、愛が強いのだ。
「だから、必ず私を殺してね?」
「任せて。絶対耐えてみせるから。」
私達は、まるで普通の会話をするように、とんでもないことを話していた。




