正気とは?
「朝ごはん食べないの?」
「食べるよ?」
「じゃあ、冷める前に食べちゃって。」
出された朝食は、ザ・和食という料理だった。
一汁三菜の、バランスの取れた朝食。
朝は、手軽に食べられる菓子パンがほとんどだったから、こういう和食の良さが分かる。
だって、温かいから。
菓子パンは常温だけど、こっちでの朝食は火が通ってるから温かい。
それに、私は母親の味というものを知らなかった。
あのクソ親父のせいでね。
クソ親父が、和食が嫌いだから、いつもパンとスープだけ。
味噌汁なんて、ほとんど飲んだことがない。
でも、こっちでは和食が基本だから、美味しい味噌汁が毎日飲める。
あんな奴、死んで当然だよ。
「ごちそうさま!」
「もう行くのかい?」
「早めに行かないと、いい場所を取られるんだよ。釣りみたいなものだよ。」
「そうかい、気を付けるんだよ?」
「うん!行ってきます!」
そう言って、転移でゴブリンダンジョンに飛んだ。
「ふぅ、やっぱりちょっと恥ずかしいね。」
私だって、年頃の女の子。
子供みたいに、元気に行ってきます、って言うのは恥ずかしい。
でも、小さい頃にそれが出来なかったから、今のうちにしておきたい。
大人になったら、もっと恥ずかしくなるだろうからね。
「さて、昨日の場所に飛ぶか…あそこって十六階層なのかな?」
まぁ、行けば分かるか。
私は、周りに誰もいない事を確認すると、試練の界へ入った。
「やっぱり、十六階層じゃないのか…」
転送装置に、新しい転送先が記録されていた。
どうやら、あそことのことは、『過去視の試練』というらしい。
昔起こった事を、自分の身で感じ取れって事。
そして、昔起こった事…巨人と天使の戦争。
あれがどんなものなのか、戦争とは何かを学んでこいと言うのが、今回の試練。
一応、レベルアップも出来るみたいから、あそこも一種のダンジョンらしい。
「…戦争か。平和な時代を生きる私が、戦争を見て何を感じるのか…いや、見るんじゃなくて、体感するのか。」
『平和ボケ』、なんて言葉があるこの国で生まれ育った私が、戦場で何が出来るのか。
人を殺す事は怖くない。…敵は巨人だけど。
恨まれるのも怖くない。…相手はただの記録でしかないけど。
傷付く事も怖くない。…だってすぐに治せるし。
…あれ?私って、何が怖いんだろう?
死ぬことか?
でも、最近死への恐怖が薄れてる。
昇華者は、人間とは違う。
永い寿命と、強い命があるから。
天使が、悪魔と真反対の存在なら、私が天使に昇華したら寿命が無くなる。
寿命が無いって事は、殺されないと死なないって事。
つまり、なかなか死なない。
って事は、死への恐怖が他の生物に比べて少ない。
私が怖い事って何?
…身内が死ぬこと。
永い寿命を持つ…持ってしまう私にとっては、人生百年なんて短すぎる。
お母さんも、香織も、矢野ちゃんも、モモ姐さんも、長谷川さんも、加藤さんも。
みんな私より先に死ぬ。
もしかしたら、人類滅亡後何百年も生きてるかも知れない。
或いは、何千年、何万年と…
「私は、その時正気で要られるかな?」
その時、ずっと一緒に居られる人が居てほしい。
まぁ、そんな都合のいい人いないだろうけど。
「居るとしたら、昇華者くらいか。でも、昇華者って協調性に欠ける奴しかいないって聞くしね~」
まぁ、私も協調性に欠ける奴だけど。
協調性があったら、簡単に人を殺したりしないはず。
私は、“昔から”人を殺す事に抵抗が無い。
あるように振る舞う事はあっても、殺るときは殺る。
殺すと処理が面倒くさいから殺さないだけで、別に嫌だからなんて理由は持ってない。
「天使になった後も、平気で人を殺すのかな?いや、天使は排他的な種族だから、むしろ今まで以上に殺すかもね。」
昇華者になれば、法なんて面倒な足枷が消える。
これのせいで殺せない事もあった。
正直、不快でしかなかった。
普通の人なら、嫌な奴が居たら距離を取るんだろうけど、私の場合は殺そうとする。
でも、実際に行動に移したのは数回だけ。
法が邪魔で仕方なかったから。
人含め生物を殺す事に、あんまり抵抗が無いんだよね、私。
「これなら、戦争も大丈夫そう。さて、行くか。」
私は、目の前の記録氷に触れる。
そして、また光に包まれた。
「よし、揃ってるな。」
気が付くと、昨日の場所にいた。
「天音、記憶喪失は治ったか?」
「まだに決まってるじゃない。そんな簡単に治るものじゃないでしょう?」
「お前、急に口が悪くなったな…」
「戦争に向けて、気持ちを切り替えてるんです。発言も攻撃的でしょ?」
「そ、そうか…」
「私の気が変わる前に早く行きましょう。」
「気持ちだけで、こんなにも変わるものなのか…」
ハルトエル隊長が困惑してるけど、関係ない。
私の気が変わる前に、戦場に向かいたい。
実際に戦闘になれば、気が変わる事は無いからね。
…これから戦場へ行く兵士の考え方じゃないね。
やっぱり、私は普通じゃないのかな?
まぁ、普通じゃないからこそ、昇華者に選ばれたんだろうけど。
「よし、行くぞ。列を崩すなよ?」
「「「はい!」」」
私達は、ハルトエル隊長を先頭に、楔形の編隊を組んで飛んだ。
何処に行けばいいのか知らないけど、取り敢えずハルトエル隊長に付いていけば良いでしょ?
…今更だけど、記憶喪失の奴を戦場に連れて行くとかイカれてるでしょ。
普通、置いてくよね?
そんな奴置いてけよ。
まぁ、試練だからなんとしてでも私を戦場に行かせるだろうけど。
断り続けたら、精神誘導とかされるのかな?
だとしたらめっちゃ怖いね。
「天音、大丈夫?」
「大丈夫だよ?遅れたりしないから。」
「疲れたりしたら言ってね?一緒に飛んであげるからさ。」
「うん、ありがとう。」
うん、絶対エリアエルには頼まない。
だって、前科あるもん。
私を引きずり回したという前科が。
それに、疲れる事はないと思う。
どういう訳か、魔力がいつもの比じゃないくらい多い。
それに、身体能力も上がってる気がする。
きっと、天使レベルまで力が引き上げられてるんだろう。
じゃなきゃ、戦争について行けないだろうしね。
…もしかして、この天使もアンデッドなのか?
アンデッド化して、そのまま利用してるなら、当時の力が残ってるんだろうけど。
「今は調べられないし、別にいっか。」
「ん?どうしたの?」
「別に。大した事じゃないから気にしないで。」
余計な事を考えるのをやめて、飛ぶことに集中しようと思った時、
「もうすぐ天界を抜けるぞ?音が凄いから、それが嫌なやつは結界でも張っとけよ?」
黄金の渦が、雲の間に見えてきた。
あれが、天界と下界を繋ぐ門なんだろう。
音がどれくらい大きいのか知らないけど、うるさいのは嫌だから、結界を張るか。
周りを見ると、いつの間にか沢山の天使が飛んでいるのが見えた。
戦争は、数が物を言う。
全員、戦争に向かう兵士なんだろうね。
先頭の天使達が渦に入っていく。
私も、その一人として黄金の渦に入った。




