転移魔法
「いたた…」
回復魔法で全て治したつもりだったけど、筋肉の修復が不充分だったらしい。
筋肉痛で、体中が痛い。
もちろん、私なら治せるが、痛みに耐える訓練としてあえて治さないでおく。
そもそも、魔力操作の影響で再生能力が上がってるから、今日中には良くなりそうだ。
「『黒』みたいな化け物に出会わなければ、この状態でも問題ないはず。一日でも早く昇華者になるために、ここでの努力は惜しまない!」
そう言って、私はカロリーフレンドを取り出した。
確か、タンパク質の多い物を筋肉痛の時に食べるといいって、聞いた事がある。
保健の授業か何かで言ったはず。
「授業は、中学校までなら受けて損はないね。」
今時、ハイリスク・ハイリターンのダンジョンで、高校生が大金を掴むなんて話はよくある。
冒険者に学歴は関係ないから、ダンジョンでお金を稼ぐなら、高校に行く理由は無い。
私も高校辞めたし。
ただし、ハイリスクだけあって、死者、重傷者が跡を絶たない。
実際、直近で同い年の奴が死んでたし。
「人に対しての興味が、だいぶ薄れてる…まだ、そんなに時間は経っていないはずなのに。」
もしかして、『黒』との戦闘で、急激に成長したとか?
戦闘では、激情は必要な要素だが、それ以上に冷静さが重要だ。
極限の戦闘で、かなり深く集中したせいで、精神的な昇華が進んでしまったのだろうか?
それとも、“あの事”を思い出して冷徹な気持ちになったから、昇華が進んだのかも知れない。
「どちらにせよ、今の私には関係ないで。後回した。」
私は、次なる階層である五十三階層を目指す。
五十二階層?
そんなものは無かった、いいね?
「まさか、ここまで凍り付いてるとは…」
私は今、五十五階層に来ている。
五十三と五十四は凍り付いてたので、無視してきた。
けど、五十五階層まで凍り付いてるとは思わなかった。
「『ホワイトアウト』…威力間違えたかな?」
今思えば、『黒』は相当なダメージを負ってるんだから、魔力を全て注ぐ必要は無かった。
半分でもオーバーキルだ。
「一瞬で消滅してたし…うん、威力間違えたな。」
いくら焦っていたとはいえ、もう少し冷静に考えて行動すれば良かった。
上下七階層を凍り付かせるって、私も強くなった。
そのうち、ダンジョンを氷漬けにしそう。
ん?
「あれは?」
ダンジョンの壁の一部が、凹んでいるのを見つけた。
壁の一部というより、レンガの一つが凹んでるというべきか。
「トラップか、隠し部屋か、触って見ないと分かんないか。」
私は、取り敢えず近づいてみる。
すると、
「っ!?」
ガコッ!
という音と共に床が開く。
そして、その下には、大量の槍?のような鋭い棒があった。
しかし、床も凍り付いてるから、落ちる事は無かった。
「階層を凍らせてて良かった…」
危うく串刺しになってるところだった。
やっぱりトラップかな?
でも、トラップを超えた先に〜、とかあるかも知れない。
凹んでるレンガを触ってみると、壁がまるで幻だったかのように消えて、通路が現れた。
「やっぱり、隠し部屋だ。」
もちろん、中も凍り付いていた。
それから、色々トラップがあった。
横から矢が飛んできたり、上から酸が降ってきたり、オーガが出てきたり、全部凍ってたけど。
矢は氷に阻まれ、酸は凍ってたし、オーガは新鮮なまま冷凍されていた。
「本当に階層を凍らせてて良かった。」
凍り付いて、トラップが一切機能していなかった。
だから、大した障害もなく奥まで辿り着いた。
「技能玉か、能力玉だね。」
今は、スキルよりも魔法の技能が欲しいけど…
私が、オーブに触れると、オーブは発光して私の中に入ってくる。
「っ!?まさか…」
どうやら、技能玉だったらしい。
そして、中に入っていた技能は魔法、それも…
「転移魔法キタ~!!」
私が一番欲しかった魔法、転移魔法の技能玉だった。
今までにないくらい、嬉しかった私は、変な踊りを始めた。
この喜びを抑えきれなかったのだ。
「取り敢えず、家に向かって使ってみよう!!」
私は、転移魔法を構築する。
やってて分かったけど、転移魔法の構築は、他の魔法の比じゃないくらい難しい。
数十の魔法を同時展開しているような気分だ。
「転移!」
転移魔法の術式を完成させた私は、家に向かって転移を発動する。
すると、一瞬視界が真っ白になった後、いつものリビングに居た。
机や椅子を触って、夢幻でない事を確認した私は、
「フフ、フフフ、フハハハ!!」
まるで、悪役のような笑い声をあげる。
転移魔法を成功させた事に、笑いを堪えきれなかったのだ。
これで、一度行ったことがある場所に、いつでも行けるようになった。
試しに、修学旅行で行った沖縄に飛んでみる。
すると、また視界が真っ白になった後、南国の空気を感じた。
青い海、青い空、白い砂浜。
間違いなくここは沖縄だ。
「お母さんのお土産に、ちんすこうでも買って帰ろうかな?」
私は、お土産屋が無いか街の方へ向かった。
「天音、これどうしたの?」
「沖縄のお土産だよ?」
お母さん、そんな『はあ?』って感じの顔しないで。
私は、実演として、お母さんの背後に転移する。
「え!?天音!?」
「ここだよ。」
「きゃあああああ!!」
突然消えた私が、後ろから声をかけたからなのか、お母さんが悲鳴をあげた。
「な、何今の…」
「転移魔法だよ。ダンジョンで転移魔法の技能玉を見つけたんだよ。」
「え?転移魔法ってあの?」
お母さんも、転移魔法を知ってるらしい。
まぁ、有名な魔法だし当然知ってるか。
「今度は、北海道でイクラとか、ウニとか、ホタテとかの海産物を買ってきて。」
「はいはい。」
そのうち、海外に行けるようになりたいな~
…密入国になるか。
確か、転移魔法保持者の証明書があれば、密入国にならなかったはず。
管理局に行って、局長にお礼も兼ねて、証明書を発行してもらうか。
「あ!会社に財布忘れた!」
「お母さんの会社って、私一回行った事あるよね?」
「入口まで来たことあったわね。」
人が多い所に転移するのはあれだけど、顔を隠して行けば問題ないかな?
「ちょっと変装するから、それが終わったら、転移で会社まで送るから。」
「ありがとう!持つべきものは優秀な娘ね!!」
…私をタクシーか何かと勘違いしてないかな?
それか、運送業者か。
変装と言っても、前にした不審者服を着ただけなんだけどね。
「じゃあ、絶対私の名前を呼ばないでね?」
「分かってるよ、さあ、行きましょう!」
私は、ノリノリのお母さんと手を繋いで、転移魔法を発動する。
転移した先では、やっぱり沢山の人がいて、みんな驚いた表面でこっちを見ている。
「早く取ってきて、待ってるから。」
「はいはい。」
お母さんは、会社の中に走っていった。
「急に出てきたよ?」
「転移魔法だよ、あの人転移魔法が使えるんだ!」
「転移魔法?」
「本物?」
「私、転移魔法初めて見た。」
周りがうるさくッ!
私は、反射的にそいつに掴みかかる。
「お前、写真撮っただろ?」
「いえ、私は、「ああ?」ひっ!」
私が、魔力を放ちながら睨みつける。
「肖像権って知ってるか?写真一枚撮るにも許可がいるんだよ。お前がやった事は盗撮だ、さっさと写真消せ、この犯罪者が!」
私は、乱暴に胸ぐらを掴んでいた手を離す。
周りにも聞こえるよう、わざと大きい声で話したんだ、今から写真を撮る馬鹿はいないはず。
「どうしたの?」
お母さんが帰ってきた。
「別に、盗撮をした犯罪者に怒っただけだよ。」
「そうなんだ。」
お母さんの目が冷たい。
犯罪者真っ青になってるし。
「帰ろっか。」
「うん」
また、転移魔法で家に帰った。