黒と昇華者
『黒』の体が崩れ始めた。
「ふぅ、人型とはいえ、こんなに簡単に勝てるなんて、私も強くなったね。」
正直、無傷で勝てるとは思わなかった。
そこそこ傷付けられるのは、覚悟してたけど、無駄だったみたい。
私が、『黒』から興味を失って、視線を外したその時、
「ロロロロロロロロ!!」
起き上がった『黒』が、私の鳩尾目掛けて、手刀を突き刺してきた。
「ぐっ!!」
私は、なんとか体をよじって、心臓への直撃を回避する。
しかし、右の肺を貫かれた。
「ごふっ!?」
肺の中に、血が入り込んでくる。
私は、吐血してしまい、辺りに血を撒き散らす。
「ロロロロロロロロ!!」
『黒』は、私が苦しんでいることに、目もくれずもう一度飛び掛かってきた。
「クソが、近寄んな!!」
私の剣は、『黒』の体を切り裂くが、浅い。
直前でスピードを落として、回避しようとしたのだ。
回避しきれなかったようだが、『黒』は明らかに強くなってる。
「ゲホッ!!クソッ、こんなにも速く成長するモンスター…厄介過ぎる!これが『黒』の危険性か!」
『黒』の危険性は、高い成長率。
戦いの中でどんどん成長していく。
いずれ、自分より強くなってしまう。
「それまでに、ゲホッ!邪気を全て浄化する必要があるのか…」
幸い、青氷柱の直撃を2回食らってる。
それも、2回目は長時間当てた。
青氷柱の威力を考えるなら、相当量のは邪気を浄化出来てるはず。
「クソッ!回復魔法の効きが悪い、こんな力まで…」
きっと、邪気や負の感情が回復を邪魔してるんだろう。
それを浄化する隙きは貰えないだろう。
「なら、自分で作ればいい!天氷・氷山壁!!」
分厚い天氷の壁が、『黒』と私のあいだに出来る。
「浄化!!」
出来た隙きを使って、邪気を浄化する。
すると、一気に回復が進んだ。
「どうせ、誰も来ない。なら、使っても問題ない!!」
私は、天使装備を身に着ける。
これで、『黒』の攻撃を防げる。
ノーガードカウンターで攻撃する事も出来るだろう。
念の為、後ろの道を氷で塞いでおく。
その直後、『黒』が天氷の壁を破壊して来た。
「来いよ、私も本気だ。」
「ロロロロロロロロ!!」
そして、私は距離を詰めてくる『黒』に剣を構えた。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ、『黒』の気配は感じない。」
「本当ですか?」
実際は居るのだが、それ以上に強い聖属性使いが、『黒』の近くにいる。
そいつが討伐してくれるだろう。
そいつが何者か気になるけど、今はどうでもいい。
久々にゆっくり出来るんだ、ちょっとくらいさぼっても大丈夫でしょ?
「…もし、『黒』が出たって報告が来たらどうするつもりですか?」
「ちゃんと討伐するから大丈夫。」
私は、そう言って転移で帰った。
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫じゃないだろうな。」
「え!?」
報道陣の一人が声をあげる。
「『黒』は既に出現してるだろう。」
「なら何故!?」
「あの人、緋神さんがそういったなら、『黒』の心配が無い、何かがあるんだろう。」
あの人は、仕事はきっちりするが、自分の手出しが必要ないと判断すると、絶対働かない。
「あの人が働かないって事は、あの人が動かなくても解決するって考えてるはずだ。」
「?」
どうやら、分かってないらしい。
「つまり、緋神さんが動かなくても、『黒』を倒せる実力者が、既に『黒』と戦闘を始めてるって事だ。」
「え!?それ、大丈夫なんですか!?」
「あの人が大丈夫って言ったんだ、きっと大丈夫だ。駄目だったら、責任を取って『黒』を倒してくれるだろうしな。」
世間は納得しないだろうな…
「人の命が、掛かってるんですよ?」
「そうだな。」
「誰か、向かわせたりしないんですか?」
誰かを向かわせる…ねえ?
「『黒』は、最下級でも討伐にBランクが十人以上いる、危険な存在だ。緋神さんが手を出さないって事は、人型までだろう。」
「それが?」
「人型の討伐には、Aランクがこれまた十人はいる。今からフリーのAランクの冒険者を探すのか?」
「そうですよ!」
「集まる頃には、決着は着いてるだろうな。」
おそらく、『黒』の勝利で。
それなら、わざわざ救援を派遣したところでもう遅い。
緋神さんの言う、実力者に賭けてみよう。
「不満はあるだろうが、他の昇華者が同じ状況でも、なかなか動いてくれないと思うぞ?」
「どうしてですか?」
「…昇華者に頼りすぎないためだ。」
危険なモンスターが出現した時、いつも昇華者に頼っていては、昇華者が不在のとき、誰が危険なモンスターを討伐するのかという話になる。
「いつまでも昇華者に頼るなと、あの人は遠回しに言ってるんだ。他の昇華者も同じだと思うぞ。人類は、昇華者に頼りすぎてるからな。」
危険なモンスターを討伐してきたのは、いつも昇華者だ。
昇華者が出現してから、数百人の犠牲を出すようなモンスターの相手は昇華者に任せっきりだった。
「人類が滅びる時、それは、昇華者に見捨てられた時だな。」
危険なモンスターを倒せる人材が居なくなり、人類は剣を失うだろう。
冒険者という剣を。
剣が無ければ攻撃は出来ない。そうならない為に、昇華者という最強の剣の代わりを見つけないといけないのだ。
「『黒』に勝てる実力者か、是非とも生きて帰ってきてほしいものだ。」
「ハァ…ハァ…クソッ!まだ再生するのか!」
私は、既に満身創痍だった。
体力を使い果たし、まるで重機のタイヤが付けられているように、体が重たい。
『黒』は、私の装備を突破出来るくらいに強くなり、私は全身傷だらけだった。
魔力だけは、大量に残っていた。
「こうなったら、残った魔力全部ぶつけやるよ!!」
私は、魔力を全て注ぎ込む勢いで、十字剣に魔力を込める。
当然、『黒』はその隙きをついて、攻撃してくる。
「ぐぅ!」
『黒』の放った蹴りで、私の体は吹き飛ばされる。
それでも、私は十字剣に魔力を注ぎ込む。
今度は、私の髪を掴んで壁や地面に叩きつけ始めた。
「ぐぅぅぅ!!」
私は、それを気合で耐える。
それに、今の状況は好都合だ。
『黒』が近くにいる。
十字剣に魔力を注ぎきった、後は放つだけ。
どうやって?
こうやるのさ!!
私は、溜め込んだ魔力で氷爆を使った。
「『ホワイトアウト』」
十字剣から、凄まじい聖属性の冷気が放たれる。
『黒』は、そのエネルギーの気流に耐えきれず、あっという間に消滅した。
しかし、魔力を注ぎ込みすぎたために、なかなか止まらない。
私は、装備のお陰で1ダメージも無い。
放たれた冷気は、あっいう間に階層を包み込み、上下ともに三階層分が、凍り付いた。
私は、魔力の使い過ぎと体力の消耗でその場に倒れ込んでしまった。
「結局昇華者に助けられたのか。」
凍り付いた五十二階層に、一人の男性が立っていた。
さっき、地上で緋神と話していた男だ。
「白神天音、日本の新しい昇華者。」
男は、天音を抱えると、転移石を使ってどこかへ転移した。
「あ、帰ってき…天音ちゃん!?」
「加藤、お前が面倒見とけ。」
「ええ…」
「局長命令だ。それに、仲良いだろ?」
そう、この男の名前は、『一条 和輝』
ダンジョン管理局局長である。