黒い影
「ガアァ…」
オーガが心臓を貫かれ、倒れる。
五十一階層に戻ってきた私は、思考の海を漂っていた。
錯乱した母親を見たとき、可哀想としか思わなかった。
それも、他人の飼い犬が死んだときくらいの。
直球に言うと、どうでもいい。
昇華者に近付いている影響だろうか?
人間に対する興味が薄れてる。
確かに、牛や豚に人間と同じくらいの感情を抱いた事は無い。
所詮、家畜は家畜だから。
野生動物も同じだ。
「人間を同族だと思わなくなってる?…まぁ、もうすぐで人間をやめるけど。」
人をやめようとしていることに、私は大して動揺していなかった。
人を殺した事で、精神の昇華が進んだからだ。
むしろ、それを普通だと感じる程に。
「これ以上考えても、時間の無駄かな?」
さっきまで、我が子を失い、錯乱する母親を見ていたというのに、天音は至って冷静だった。
天音が昇華しようとしている存在、『天使』
仲間や、同族を思う気持ちは強いが、他種族とは関わらず、否定的。
そもそも、他種族に興味を示さない。
だから、天音は人間に対する興味が薄れている。
もっとも、天音がその事を知っても、興味を持たないだろう。
天音は、五十二階層に向かって歩き出した。
「ようやく見つけたぞ、五十二階層への階段。」
天音は、十五分程で階段を見つけた。
途中、何度もオーガに出会ったが、天音の障害にはならなかった。
「五十二階層は、何が居るのか…人間は嫌だな。」
これ以上、人間に関わっていい事なんて無い。
ただ、時間を無駄にするだけ。
階段を降りている途中、私は奇妙な気配を感じた。
「ナニカがダンジョンに入って、すぐに出た?」
人間とは違う、けど、モンスターでもない。
「昇華者?」
このダンジョンの攻略に来たのか?
でも、そんなニュースなかったけど…
私は、気配を抑えて行動することにした。
今気づかれるのは、なんか嫌だ。
「取り敢えず、こっちに来ない事を祈ろう。」
私は、昇華者が来ない事を祈りながら、五十二階層に降りた。
「期待外れ」
私は、五十二階層に失望していた。
五十一階層とほとんど変わらない。
トラップも、モンスターも、大きさも。
これならさっさと次の階層に降りた方がいい。
私が、さっき見つけた階段に向かおうとしたその時、
「っ!!」
冷気無効を持つ私が、背筋が凍るような寒気に襲われた。
何か、ヤバい奴がいる。
私は、階段まで走った。
そして、階段が目前という所で、
「ロロロロロロロロ!!」
奇妙な声をあげる、何か、と遭遇した。
かろうじて人型の、黒い靄とドロドロの液体で出来たモンスター。
死の気配を感じない事から、アンデッドではない。
それ以上に、寒気の正体。
コイツは、負の感情の集まりだ。
怒り、憎悪、殺意、敵意、嫉妬、怨念。
そういった、負の感情の集まり、それが人型を作っている。
それに、凄まじい邪気を感じる。
「負の感情と邪気から生まれた、異形のモンスター…『黒』か?」
『黒』
世界各地のダンジョンで確認される、異形のモンスター。
負の感情と邪気で身体が構成され、物理攻撃が一切通じず、魔法も、高威力のものか、聖属性と光属性以外ほとんど効かない厄介なモンスター。
「人型なのは幸いか…」
『黒』は、強さに応じて姿を変える。
順番は、獣→人間→鬼→吸血鬼→悪魔(天使)→竜
吸血鬼以降は、人間による討伐が確認されていないので、倒せるのは昇華者だけ。
竜に至っては、四人の昇華者が集まってようやく討伐したほどだ。
「聖属性の使い手でよかった。天氷で氷漬けにしてやるよ!」
私は、『黒』に天氷を飛ばす。
しかし、当然避けられる。
「白吹雪じゃないと、当たらないか…」
天氷は、ジャンプして回避すれば、当たらない。
白吹雪は、全体に吹雪みたいに散るから、防御されなければ絶対当たる。
結界を破壊するだけの力が無い代わりに、全体をカバー出来る攻撃範囲があるという訳だ。
「ロロロロロロロロ!!」
私が白吹雪を発動する前に、『黒』が攻撃してくる。
直接的なタックル、私は、ぎりぎりまで引き付けてから、回避する。
「そんなのに当たるとでも?天氷・青氷柱!!」
こういう攻撃の後は、大きな隙きが生まれるのが相場だ。
一直線にしか攻撃出来ない代わりに、威力の高い青氷柱を選ぶ。
青白い光線が、『黒』に向かって飛来する。
『黒』は、避けようとするが、もう遅い。
青氷柱の速度の方が断然速いからだ。
「ロロロロロロロロ!!」
青白い光線が『黒』の身体を貫く。
『黒』は、これまた奇妙な悲鳴をあげる。
しかし、胸に風穴を開けたにも関わらず、『黒』はピンピンしてる。
それどころか、再生まで始めた。
「負の感情と邪気の集まりだから、いくら傷付いても再生するのか…なら、邪気を使い果たすまで攻撃するだけの、簡単な作業ね!」
私が、距離を詰めようと走り出すと、『黒』も距離を詰めてきた。
好都合、一直線な攻撃に合わせて、足を斬る!
私は、一定な距離まで近付くと、剣を振って『黒』の足を切り落とす。
「ロロロロロロロロ!!」
「ダルマになってろ!」
腕も切り落とす。
これで、コイツは身動出来ない。
後は、再生する前にとどめを刺すだけ。
「ん?再生はさせないよ、天氷。」
切った手足を天氷で凍らせれば、再生出来ないはず。
「さて、じゃあさようなら。」
私は、青氷柱を至近距離で撃ち続ける。
「どこまで耐えられるかな?」
その後も、しばらく『黒』に青氷柱を浴びせ続けた。




