現実
「やっと骨のあるやつが出てきたか。」
ここは、五十一階層。
さっき、五十階層のボスを倒してきたばかりだ。
ちなみに、私の言う骨のあるやつって言うのは、オーガの事だ。
五十一階層では、オーガが出てくるらしい。
まぁ、試練の界の巨人に比べれば、まだまだ弱いけど。
「ん?」
私は、そう遠くない距離に、人がいる事に気付いた。
こんな時間にどうしてここに…ブーメランが刺さったような気がしたのは、気のせいかな?
取り敢えず、こっちからは接触しないでおこう。
「さて、次の獲物を探すか!」
私は、人の気配を無視して進む事にした。
「大丈夫だ、絶対助けが来るから。」
俺は、ダンジョンに彼女を連れてくるんじゃなかったと、後悔していた。
俺は『柊木 誠』
こっちは俺の彼女の『上杉 夏海』
俺は、夏海とのデートでダンジョンを選んだ。
ダンジョンデートなんて、危険だって事は分かってたのに…
少し前に、危うく二人の死者が出るところだった、というニュースが流れてたのに。
「私、知ってるよ?」
「ん?何を?」
知ってるって、何を…
「ダンジョンで迷っても、救助は来ないって。」
「っ!」
その通りだ、ダンジョンに救助は来ない。
死んでも統計にしかならない。
そんなのの為に、危険なダンジョンに救助に向かう必要は、正直ない。
「…そうだな、ダンジョンに救助は来ない。だから、信じるしかないんだ、救助が来るって。」
「それじゃあ、解決にはならないでしょ?」
「いいや」
解決はしないかも知れない。でも、
「可能性が、0.001%でもあるなら、いつかそれは可能になるんだ。だって『可能』性だから。」
可能だから、可能性って言うんだ。
「でも、諦めたら可能性もクソもない。0には、100を掛けても0だから。可能性が100%でも、行動しないと0だからな。」
「だから、最後まで信じるの?」
「ああ」
これで、少しは希望を持ってくれると嬉しいんだが…
その時、
「っ!?」
足音が近付いてきた。
間違いなく人間の物ではない、モンスターだ。
きっと、さっき見たオーガだろう。
俺は、夏海を後ろに隠して、息を殺す。
「グゥゥゥ…」
オーガが、奇妙な声をあげながらすぐそばを歩いている。
俺じゃあオーガには勝てない、でも、夏海を逃がすための時間稼ぎくらいは出来る。
オーガは、俺達に気付かずに去って行ったその時、
夏海のスマホから、アラームが鳴った。
「え!?あ、目覚まし時計!」
夏海は、すぐにアラームを切ったが、もう遅かった。
「グルアアアア!!」
オーガが、雄叫びをあげて襲いかかってきた。
「逃げるぞ!!」
俺は、夏海の手を引いて走り出した。
しかし、逃げられたのは最初だけで、すぐに追いつかれた。
「クソッ!」
俺は、覚悟を決めて、
「走れ!夏海!」
持っていた槍を構える。
「誠くん!」
「いいから走れ!すぐに行く!!」
すると、夏海は涙目になって走り出した。
これでいいんだ…後は、コイツが夏海に追い付かないように、一秒でも時間を稼ぐ!
「来いよ…」
恐怖で、身体の震えが止まらなかった。
だが、ここで逃げたら夏海が襲われるかも知れない。
「俺はなぁ、逃げるわけにはいかねえんだよ!」
すると、俺の覚悟を感じたのか、オーガは武器を構える。
日本のオーガは、武士の血が流れてるって言うが、マジで流れてるんじゃねえか?
「ふぅ・・・うおおおおおおおお!!」
俺は、雄叫びをあげてオーガに飛びかかった。
「うぅ…誠くん…」
私は、走りながら涙が止まらなかった。
誠くんがオーガに勝てないのは、目に見えてる。
きっと命懸けで囮役をしてくれてるに違いない。
なら、誠くんのためにも、必ず生き残らないと!
しかし、
「オーガ!?」
私の前にオーガが現れた。
別個体…さっきのオーガは棍棒を持ってた。
けど、このオーガはナタを持ってる。
逃げ出そうとしたけど、足がもつれてこけてしまった。
そこへ、ナタを振り上げたオーガが近付いてくる。
「誠くん、ごめん…」
私は、目を閉じる。
死を覚悟したその時、
「大丈夫?」
私は、声を掛けられて目を開ける。
そこには、首が無くなったオーガの身体があった。
「え?」
誰かが助けてくれた、私は声がした後ろに振り返ろうとした時、
「こっちを見るな、話だけ聞く。」
女性の声、声質的に同い年くらいだろう。
それよりも、私の首には剣が当てられている。
「分かりました…あの!誠くんを!私の彼氏を助けてほしいんです!」
しかし、返事が返ってこない。
「あの、どうしたんですか?」
「その、誠くんって人は、どれくらい強いの?」
どうしてそんな事を聞くのだろうか?
「誠くんは、Eランクです…」
私がそれを言うと、女性はため息をついた。
「私の感知できる範囲内に、貴女以外の人間の気配を感じない。」
え?
「つまり、よほど気配を消すのが上手い。」
誠くんにそんな力はない…まさか!?
「或いは、」
「やめて…」
聞きたくない、嘘だ…
しかし、女性は続ける。
「既に絶命しているか。」
「ーー!?」
私は、声にならない金切り声を上げた。
嘘だ…誠くん死んだ…
嫌だ、絶対嘘だ…
嘘に決まってる、この人は嘘つきなんだ!
「行きましょう、彼の亡骸が魔物に食われる前に。」
誠くんは死んでない!亡骸なんて言わないで!
けれど、心の叫びが実際に声になる事は無かった。
「そんな…」
姿をひたすら隠す怪しい女性に連れられて、ついた先で見たくないものを見た。
誠くんの遺体だ。
「あ、ああ、ああああああああ!!」
私は、彼の亡骸に抱きついて泣いた。
それからは、周りの事なんて、まったく頭に入って来なかった。
ダンジョンでこれ程大泣きすれば、魔物が寄ってくる。
あの、怪しい女性がいなければ、私も死んでいただろう。
泣き止んだ私は、彼の亡骸を抱えたあの女性に連れられて、ダンジョンを出た。