千代田ダンジョン
「そこの君、ちょっといいかな?」
真夜中、ダンジョンに向かうために、変装して歩いていると、警察に職務質問された。
「17歳、冒険者、学校はどこに行ってるの?」
「辞めました。」
「中退と、ん〜取り敢えず普通に昼に行けなかった?」
「お昼は忙しかったので。」
試練の界に行ってたからね。
それに、重傷で寝込んでたし。
「うん、今日は夜遅いし、また明日にしたら?」
「そうします。」
私は、家に帰った…ふりをした。
お母さんの許可も取ってあるんだから、わざわざ帰るなんてもったいない事はしない。
職質?
ほっとけばいいよ。
どうせ、捕まらないし、捕まっても冒険者クビになる事は無いし。
正直、警察はあんまり怖くない。
「さて、ここが『千代田ダンジョン』か…」
千代田ダンジョン
名前の通り、千代田区にあるダンジョンで、現時点で分かっている最下層が百十五階層と、日本最大級のダンジョンだ。
ちなみに、日本最大は『富士山頂ダンジョン』で、驚異の百五十階層だ。
ただ、千代田ダンジョンは、それより深いとも言われている。
あくまで、予想だけど…
「よし、いざ千代田ダンジョンへ!」
「う〜ん、ここも手応えが無いな〜」
浅い階層は、雑魚しかいないので無視して、三十階層まで駆け下りて来てみたが、まったく手応えを感じなかった。
「ボスなら手応えあるかな?」
すぐそこにボス部屋がある。
私が、ボスの扉に手をかけた時、
「誰?」
殺気を感じて、警戒を強める。
モンスターの向けてくる殺気とは、わけが違う。
なんと言うか、悪意のこもった殺気というべきだろうか?
モンスターは、純粋な殺気を向けてくる。まるで誰かに操られている様な、作り物としか思えないような殺気。
しかし、今感じている殺気は、悪意や欲望が渦巻いている。
負の感情を、沢山詰め込んだような、気持ち悪い殺気。
「こんな時間にダンジョンへ来るなんてなぁ?」
現れたのは、絶対まともじゃない事をしてそうな男だった。
ヤクザ?…いや、どっちかって言うと半グレか。
「一人じゃないね?」
「なんだ、バレてるのかよ。」
すると、ぞろぞろと仲間らしき男達が現れた。
「そうか…『ダングレ』だったけ?」
ダングレ
ダンジョンに蔓延っている、半グレの連中を指す言葉だ。
ダンジョン内での法律はあるが、殆ど形だけ。
機能している方が珍しいくらいだ。
だから、ダンジョンは犯罪の温床でもある。
それを良いことに、麻薬売買、売春、強姦、恫喝、リンチ、時には殺人までもする、要注意人物だ。
「嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ、そこで大人しくしてな。」
「俺達がたっぷり可愛がってやるからな。」
警察の目が届きにくい事を良いことに…こいつらは、いったいどれほどの人達の人生を壊してきたのか。
「ダンジョン内で死ぬと、モンスターに死体を食い散らかされて、証拠が残りにくいんだっけ?」
私は、十字剣に魔力を込める。
「おいおい、俺等と戦う気かよ?w」
「ええ、所詮雑魚の集まり、全員で飛びかかってきても、勝てる気しかしないわ。」
「ハハハハ!ずいぶんと強気だな?」
私が放っている微量の魔力にも気付けない…手応えのありそうな奴はいなさそう。
「俺等を殺すんだろ?やってみッ」
私は、不用心に近づいてきた男の首をはねた。
「は?」
奴等は、目を丸くしてる。
私も驚いている。
だって、人を殺したのに、何も感じなかったからだ。
普段、モンスターを殺すのと同じようにやって、同じような感覚しか感じない。
「フフフ…」
私が突然笑いだしたものだから、奴等はぎょっとしてる。
「人を殺すのは初めてだけ、ここまで何も感じないとは…ねぇ?」
私が近づけば、その分奴等は距離を取る。
何より、殺したときに大量の魔力…経験値が流れ込んできた。
レベルアップはしなかったが、こいつら全員殺せばいくらかレベルアップするだろう。
ダンジョンの治安は良くなって、私はレベルアップが出来る、ダングレの連中は、素晴らしいレベリング用の生物だね。
私は、逃げ道を天氷で塞ぐ。
硬度に全力を振った天氷だ、ダイヤモンドのように硬い。
「人間を殺すと、こんなに沢山経験値を得られるんだね?私のレベリングに付き合ってよ。」
そして、数分後
大量の血で紅く染まった通路が、そこにはあった。
「ほんとに何も感じない…昇華者に近づくにつれて、精神も人間のものから離れてるのかな?」
ゴブリンを殺しても何も感じないように、昇華者に近付いた事で、人間を殺しても何も感じないようになってきているんだろうか?
「罪悪感も、虫を踏み潰したくらいの罪悪感しか、感じない…」
いや、比較にされる虫が可哀想か…
ん?
普通逆じゃ…あれ?
私は、今の感情に困惑していた。
この時の私は、昇華者としての精神と人間の精神が混ざり合い、精神的に不安定になっていた。
昇華者が人間へ向ける印象は、人間がサルへ向けるものと同じだ。
自分に近いが、下等な生物という印象。
分かりやすく言えば、見下している。
そして、この時の私の精神は解離性同一性障害、つまり多重人格に近い状態になっていた。
そして、しばらく一人で狂ったかのように、ブツブツと独り言を喋っていた。
「ふぅ、落ち着け私。これは精神が昇華者の物になりかかっている影響だ、私がおかしくなった訳じゃない。」
進化…昇華の兆しが出てきてる証拠だ。
試練の界で負った傷たちは、無駄じゃ無かった!
それより今は、
「この死体をどうするかだね…」
私の扱う属性は氷、死体処理にはあまり向いてない。
「冷凍マグロみたいにして、細切れにするか?」
後は、ダンジョンの奥にでも捨てておけば、モンスターが肉を食べてくれる。
「でも、二十以上の死体を切り刻むのは、大変だろうし…」
炎魔法が使えれば、話は変わってくるんだけど…
私は氷使いだしね〜。
待てよ?
何も細切れにする必要は無いじゃないか、砕いて捨てればモンスターも食べやすいはず。
「砕けるかわかんないけど、物は試しだって言うしね、やってみよう。」
私は、死体を一瞬で凍りつかせて、
「ハァ!!」
思いっきり蹴りつけた。
すると、
「まさか、成功するなんて…それも、こんなにもうまく。」
死体は、粉々に砕け散り、大小様々な冷凍肉片に姿を変えた。
これを、後二十数回すれば、後は適当にばら撒くだけ。
楽な(?)作業だ。
私は、全ての死体を粉々にすると、空間収納にもう一度しまっておいた。
もっと深い階層で捨てよ。